異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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42 ルウナのお願い

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 ルウナは、じっと俺を見つめていた。
 紫の髪が、火の光を拾って淡く揺れる。
 月みたいな瞳が、俺を正面から捉えた。

「ナオキ」
 ルウナは短く言って、首を傾げた。

「まだ帰らないなら」
「お願いしていい?」

 静かな声なのに、妙に断れない空気がある。
 ガルドが無言でこちらを見た。エルネスも背筋を伸ばした。シルフィは「ん?」という顔をした。

「……何ですか?」

 ルウナは、少しだけ考える素振りをしてから言った。

「ドラゴンの鱗が欲しい」

「……は?」

 俺の口から、完全に素の声が出た。

「鱗」
 ルウナは繰り返す。
「一枚でいい」
「倒す必要はない」
「取るだけ」

「え、待って」
 俺は頭を掻く。
「ドラゴンだぞ? あの赤いやつだぞ?」

「うん」
 ルウナは平然と頷く。
「赤いやつ」
「強い」
「だから倒さない」
「鱗だけ」

 理屈が雑なのに、妙に筋が通ってるのが腹立つ。でも、どうやって?

 ガルドが低く言った。

「……方法はある」

 エルネスが身を乗り出した。

「え、ガルド様、あるんですか?」

「高台だ」
 ガルドは淡々と続ける。
「宝石を餌にすれば、飛んでくるはず」
「距離を取って、打つ」

 シルフィがぱっと顔を明るくした。

「ごるふ」
「さいきょう」

「武器じゃないけど……あはは」
 俺が笑うと、

「さいきょう!」
 シルフィは一切譲らなかった。

 エルネスは少し怖そうに眉を寄せた。

「宝石に反応する……ドラゴンも、魔族みたいに……」

 ガルドが頷く。

「……同じ匂いを追う」

 ルウナは楽しそうでもなく、怖がりもせず、ただ頷いた。

「合理的」
「じゃあ、お願い」

 お願い、って言い方が軽い。
 でも、ここまで来たら分かる。

 このエルフは感情じゃなく、収集と観察で世界を見ている。
 世界を救うとか救わないとか、そういう温度の話じゃない。

 俺は息を吐いた。

「……わかった」
「鱗だけな」
「倒さない、取るだけ」

 ルウナが満足そうに一言。

「うん」

 そして、さらっと言った。

「……じゃあ、私は留守番してるね」
「森も、家も、放っておけないし」

 そう言って、また机の上の古文書に視線を落とす。
 いつもの仕草。いつもの距離。

 だが、その背中に、ためらいがほんの少しだけ混じっているのを、エルネスは見逃さなかった。

「ルウナ様」

 エルネスは一歩、前に出る。
 声は静かだが、芯がある。

「よろしければ……」
「一緒に、お出かけしませんか」

 ルウナの指が、頁の端で止まった。

「お出かけ?」

「はい」
 エルネスは微笑んだ。
「城には、宝物庫があります」
「古文書も、結晶も、枝も……」
「きっと、ルウナ様が“知らないもの”も」

 一瞬の沈黙。

 ルウナはゆっくり顔を上げ、月のような瞳でエルネスを見る。

「……それは」
「反則だね」

 小さく、くすっと笑った。

「収集家に、宝物庫の話をするなんて」

 立ち上がり、日傘を持ち直す。
 布地がさらりと音を立て、淡い光を反射した。

「たまには」
「森の外も、いいかもね」

 エルネスの目が、ぱっと明るくなる。

「本当ですか?」

「うん」
 ルウナは日傘を開いた。
「太陽は苦手だけど」
「好奇心の方が、少し勝った」

 傘の影が二人を包む。
 紫の髪と白い装束が、森の緑に溶け込むように揺れた。

「では、参りましょう」
 エルネスが言う。
「高台へ」

「そのあと、城にもね」
 ルウナは軽く頷いた。
「今日は、弟子に付き合う日だ」

 俺はふと、奥の部屋を見る。
 神秘の水は、まだ少し残っていた。

 蒸留器の底で、淡く光る液体が静かに揺れている。
 妖精を包み、羽を癒し、声を取り戻させた奇跡の名残。

 俺はその光を見つめたまま、隣に立つガルドに言った。

「……飲まないのか?」

 ガルドは、視線を外さずに答える。

「飲まない」

「本気か?」
 思わず声が強くなる。
「それを飲めば、右腕が治る」
「また剣が振れるんだぞ?」

 一瞬、沈黙。

 ガルドは、右手を見つめた。
 拳を握る。
 わずかに、震える。

「……うむ」

 それだけだった。

 後悔も、迷いも、そこにはない。
 あるのは、選んだ結果を背負う覚悟だけ。

 その様子を、ルウナが静かに見ていた。

「ふたりとも」
 穏やかな声で言う。
「焦りすぎだよ」

 ルウナは小さな小瓶を取り出し、神秘の水をそっと注いだ。
 月光のような液体が、ガラスの中で淡く揺れる。

「必要になったら」
「そのとき、飲めばいい」

 小瓶を、ガルドの手に渡す。

 ガルドは一瞬だけ驚き、それから深く頷いた。

「……預かろう」

 それだけで、十分だった。

 俺は息を吐く。
 妖精は元気に羽ばたき、エルネスはほっとしたように微笑む。

 ルウナが、日傘をくるりと回した。

「さて」
「準備はいい?」

 ガルドが前に出る。

「いこう」
「ドラゴンの鱗を取りに」

 俺はゴルフバッグを背負い直した。

「了解」

 妖精が俺の肩で、踊るように飛ぶ。

「ティーアップ!」
「いこう!」

 森の奥で、風が鳴った。
 遠く、赤い翼が空を裂く気配がする。

 物語は、いよいよ核心へ向かって動き出していた。




 森を抜けると、空が広かった。

 木々の影を抜けた瞬間、視界が一気に開ける。光がまぶしく、さっきまでの暖炉の火と古文書の匂いが、夢だったみたいに遠ざかる。鳥が鳴き、風が草をなで、世界は何事もなかった顔を続けている。

「……馬車あるな」

 俺が言った。

 街道の端に、見覚えのある馬車が止まっていた。御者台に腰かけている背中も、見覚えがありすぎる。

「おまえらのことが気になってな」
 振り返ったのはドランだった。
「いや、正確に言うと“面白い匂い”がしてな」

「また暇か?」
 ガルドが即座に切る。

「おまえらといる方が回る」
 ドランは胸を張る。
「面白い話が転がってるんだよ」

 俺は肩をすくめた。

「強化したいんだろ?」

「話が早い!」

「鉱物が目当てだもんな」
 ガルドが淡々と言う。

「そうだよ!」
 ドランは一切隠さない。
「で、収穫は?」

「収穫というか……ルウナ、こっちに来てくれ」
 俺は一歩横にずれる。

 そこに、日傘を差したルウナが立っていた。

「……?」

 白い肌に紫の髪。風に揺れる耳。太陽を避けるように傘の影に佇むその姿は、人というより、古い物語から抜け出してきた月の精霊みたいだった。

 ドランの動きが、ぴたりと止まる。

「…………え、え?」

 一秒。
 二秒。

 次の瞬間。

「め、女神様ぁぁぁ!?」

 ドランが馬車から転げ落ちた。

「いや、違いますよ」
 俺が即座に言う。

「い、いや待て!」
 ドランは慌てて立ち上がり、膝を払って、姿勢を正す。
「失礼しました! まさか……まさか生で拝めるとは……!」

 深々と頭を下げる。

「このような場所にお越しになるとは……」
「世界が、今、ここで動いている……!」

「……?」
 ルウナは首をかしげた。
「なに? この人間……」

「その“なに”が尊いんです!」

 ドランは本気だった。
 工房主として、商人として、そしてこの世界の理屈で生きてきた人間として、目の前の存在がどれだけ異質か、直感で理解している。

「ナオキ……」
 ドランが俺を見る。
「おまえが来てから、飛んでもないことばかり起きてる」

 指を立てて、空を示す。

「魔族が減った」
「鉱物が回った」
「港ができた」
「国が動いた」

 次に、ルウナを見る。

「……いや」
「国どころじゃねぇ」

 にやりと笑った。

「世界が回ってるぜ!」

 俺は頭を掻いた。

「大げさだな」
「俺は普通にゴルフしてるだけだ」

「それが問題なんだよ!」

 ドランは笑いながら叫ぶ。

「誰も剣を振らずに!」
「誰も血を流さずに!」
「経済と秩序を回すやつがどこにいる!」

 ガルドが、静かに言った。

「……距離だ」

「そう!」
 ドランは食いつく。
「距離だ!」
「誰も傷つかずに届かせる! 最高だ!」

 シルフィが肩の上でくるっと回る。

「ナオキ」
「すごい」

(やめろ、照れる)

 ルウナは日傘を少し傾け、ドランを見下ろした。

「……あなた」
「騒がしいね」

「はい!」
 ドランは即答だ。
「ですが、悪い騒がしさじゃありません!」

 ルウナは、ふっと笑った。

「まあ」
「退屈よりは、いいかもね」

 その一言で、ドランは完全に落ちた。

「……生きててよかった……」

 俺はため息をつく。

「で、ドラン」
「高台まで行ける?」

 ドランは立ち直りが早い。

「もちろんだ!」
「女神様……じゃなくて、ルウナ様もご一緒なら、なおさらだ!」

「送ってやる」
「乗れ」

 俺たちは馬車に乗り込む。

 ガルドが窓の外を見て、いつもの調子で言った。

「……魔族の気配はない。このままだと、全滅するかもな」

「ドラゴンが魔族を食べてるからな」
 俺が言うと、

「げっ、ドラゴンは魔族を食べるのか! なんとかせんと……」
 ドランが言った。

「はい、ブロックもカイも飢え死にしてしまいますよ、うふふ」

 エルネスが小さく笑う。
 ルウナは窓から空を眺めていた。

「人間たちは都合がいいね……」

 馬車は再び動き出す。
 ゴトゴトと街道を揺らしながら、澄んだ青空の下を進んでいく。

 その青のどこかに、赤い翼がいる。

 俺はゴルフバッグの肩紐を握り直した。

(倒さない)
(鱗だけ)
(……普通にゴルフするだけ)

 今日もいつも通り。

 ただ、相手がドラゴンで、
 隣にエルフがいて、
 工房主が女神に土下座してるだけだ。

 ――本当に、普通だ。
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