竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる

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「これは、ちょっとした旅行気分だな」

 イナリが出ていった後、僕は和室でのんびりしていた。
 ここは魔界にある獣人旅館。
 風情ある客室、い草の香り、窓から見える庭園、安らぎのひととき……。

「ああ、とても居心地がいい」

 とりあえず浴衣に着替えようと思い、押入れを開けた。
 なかにあったのは淡いピンクの浴衣と朱色の帯。
 はらり、と僕はワンピースを脱いだ。
 浴衣の袖に腕を通し、朱色の帯を蝶々に結び、ふと顔をあげる。
 姿見に女装した僕が映っていた。小花が散った浴衣が美しい。

「僕は男だ……」

 と、自分に言い聞かせるが、淡いピンクの浴衣が色白の肌によく似合っていて、満更でもなく笑みがこぼれる。
 突っ立ていてもなんだし、くるくるっと回ってみた。
 
「僕は男なんだけどな……」

 両腕を曲げ、ポーズをとる。町娘ふうのやつだ。

「くそっ、なんで僕がこんなことをっ!」

 するとそのとき、襖の向こうから、

「あの」

 と女の子の声があがった。
 はい、と僕が返事をすると、襖がゆっくりと開く。
 そこには、獣人旅館の巫女であるミミが座り、にっこりと笑いながら、
 
「夕食の用意ができましたにゃ、広間に来てくださいにゃ」
 
 と、告げた。
 わかりました、と僕が答えるとミミは立ち上がって歩き出す。
 僕は、彼女の横をついて歩くことにした。
 すると、ミミは何やら興奮した様子で、にゃんにゃんと鳴いてスキップしている。
 どうしたの? と訊くと、妙な答えが返ってきた。
 
「本日のお客様は豪華にゃ」
「え? 僕以外にもいるの?」
「にゃ」
「どんな人? いや、人じゃないか」
「にゃんと! 蝙蝠人様の御一行だにゃ」
「へー、コウモリか~、なんだか怖そうな獣人がいるんだね」
 
 にゃ、とミミは頷くと、手を振った。
 
「じゃあ、あたしは料理を配膳しなくてはならないので、さよにゃら~」

 さよにゃら~と僕も手を振ってマネした。
 獣人旅館は、ふつうに経営をしているようだ。
 省みれば、僕は自分のことしか考えていなかった。
 ここはお宿、他に客がいるのはあたりまえか……。
 郷に入っては郷に従え。

「よし、思い切って、楽しんじゃおう、今から夕食らしいし、いったいどんな料理が出るのかな? うわぁ、楽しみ」

 すたすたと、広間までの廊下を歩く。
 ふと窓の外を眺める。
 日が沈み、漆黒の夜の帳が下りていた。
 吸い込まれそうなほど深い闇が広がっているが、それとは裏腹に、館内は明かりが灯って神々しい。 
 綺麗に磨かれた柱、ぽつぽつと廊下の隅に置かれた行灯あんどん、温かみのある淡い暖色、和風出汁わふうだしの香り……。
 
「これは美味しい料理が期待できそうだ……じゅるり、いかん、ヨダレが……」

 思わず、口もとを手の甲でぬぐう。
 僕は歩みを早め、広間に向かった。
 たどり着くと、イナリがいた。

「こっちこっち」

 といって手招きする。
 それにならい、敷かれていた座布団の上に、ちょこんと座った。
 
「お腹が空いたでしょ、アヤ様」

 と、イナリは訊く。
 たしかに、お腹はペコペコだった。
 腹時計を触ってみれば、おそらく午後八時近いだろう。
 しかし、館内には時計がないので、今、何時かわからない。
 ここでふと、人間界のことが心配になった。
 突然いなくなった僕を、祖母は母に相談したり、行方不明として警察に届けていないか心配になる。
 家族、会社、警察などが、僕を探していたりして……。
 暗澹たる思いはぬぐえない。
 すると、隣に人影が歩み寄る。
 見上げると、リュウだった。
 
「その浴衣、似合うぞ、アヤ」

 そう僕に告げた彼は、どっかりと座布団の上に座る。

「あ、ありがとう……」

 と、僕は返事をした。
 さわやかにリュウは笑う、どうやら怒っていないようだ。
 僕は、ほっと胸をなでおろす。
 彼は紺色の浴衣を着ていた。
 分厚い胸板が、チラッと見えていて、なんとも言えない男の色気があって正直、羨ましい。
 いいなぁ、かっこいい身体をしている。
 それに比べて僕なんか、ピンクの浴衣が似合う貧相な男、とほほ、自分が情けない。
 僕は苦笑いを浮かべていると、ミミが料理を運んできた。
 懐石料理だった。
 色鮮やかで美しく映える。
 インスタにあげたいが、生憎スマホは充電切れ、ああ、食べるのがもったいない。
 そんなことを思いながら懐石料理を目に焼きつかせていると、すすっと襖が開かれた。
 広間の奥から、水着姿の若い男と女たちが現れる。

「蝙蝠人たちか……」

 リュウがささやく。
 ふぅん、といった僕は彼らを観察した。
 頭には角、背には黒い翼、棘のような尻尾が生えていて、くるくると踊っている。
 そんな彼らは、座布団の上に座ると、ふつうに食事を始めた。
 総勢十名ほど男女混合の団体で、酒を酌み交わしては、やんややんやと楽しそうに舌鼓を打つ。
 
「蝙蝠人って、いつもこんな感じですか?」
「ああ、妖艶なやつらさ。西洋では女はサキュバス、男はインキュバスと呼ばれている」

 リュウは懐石料理に箸をつけながら言う。
 蝙蝠人の女はビキニスタイル、男はローライズのパンツというかなりセクシーな姿で、なんとも刺激が強すぎる。
 かぁ、と赤面してしまった僕は、思わず箸で摘んでいた煮物を、ぽろっと器に落としてしまった。
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