12 / 43
11
しおりを挟む「これは、ちょっとした旅行気分だな」
イナリが出ていった後、僕は和室でのんびりしていた。
ここは魔界にある獣人旅館。
風情ある客室、い草の香り、窓から見える庭園、安らぎのひととき……。
「ああ、とても居心地がいい」
とりあえず浴衣に着替えようと思い、押入れを開けた。
なかにあったのは淡いピンクの浴衣と朱色の帯。
はらり、と僕はワンピースを脱いだ。
浴衣の袖に腕を通し、朱色の帯を蝶々に結び、ふと顔をあげる。
姿見に女装した僕が映っていた。小花が散った浴衣が美しい。
「僕は男だ……」
と、自分に言い聞かせるが、淡いピンクの浴衣が色白の肌によく似合っていて、満更でもなく笑みがこぼれる。
突っ立ていてもなんだし、くるくるっと回ってみた。
「僕は男なんだけどな……」
両腕を曲げ、ポーズをとる。町娘ふうのやつだ。
「くそっ、なんで僕がこんなことをっ!」
するとそのとき、襖の向こうから、
「あの」
と女の子の声があがった。
はい、と僕が返事をすると、襖がゆっくりと開く。
そこには、獣人旅館の巫女であるミミが座り、にっこりと笑いながら、
「夕食の用意ができましたにゃ、広間に来てくださいにゃ」
と、告げた。
わかりました、と僕が答えるとミミは立ち上がって歩き出す。
僕は、彼女の横をついて歩くことにした。
すると、ミミは何やら興奮した様子で、にゃんにゃんと鳴いてスキップしている。
どうしたの? と訊くと、妙な答えが返ってきた。
「本日のお客様は豪華にゃ」
「え? 僕以外にもいるの?」
「にゃ」
「どんな人? いや、人じゃないか」
「にゃんと! 蝙蝠人様の御一行だにゃ」
「へー、コウモリか~、なんだか怖そうな獣人がいるんだね」
にゃ、とミミは頷くと、手を振った。
「じゃあ、あたしは料理を配膳しなくてはならないので、さよにゃら~」
さよにゃら~と僕も手を振ってマネした。
獣人旅館は、ふつうに経営をしているようだ。
省みれば、僕は自分のことしか考えていなかった。
ここはお宿、他に客がいるのはあたりまえか……。
郷に入っては郷に従え。
「よし、思い切って、楽しんじゃおう、今から夕食らしいし、いったいどんな料理が出るのかな? うわぁ、楽しみ」
すたすたと、広間までの廊下を歩く。
ふと窓の外を眺める。
日が沈み、漆黒の夜の帳が下りていた。
吸い込まれそうなほど深い闇が広がっているが、それとは裏腹に、館内は明かりが灯って神々しい。
綺麗に磨かれた柱、ぽつぽつと廊下の隅に置かれた行灯、温かみのある淡い暖色、和風出汁の香り……。
「これは美味しい料理が期待できそうだ……じゅるり、いかん、ヨダレが……」
思わず、口もとを手の甲でぬぐう。
僕は歩みを早め、広間に向かった。
たどり着くと、イナリがいた。
「こっちこっち」
といって手招きする。
それに倣い、敷かれていた座布団の上に、ちょこんと座った。
「お腹が空いたでしょ、アヤ様」
と、イナリは訊く。
たしかに、お腹はペコペコだった。
腹時計を触ってみれば、おそらく午後八時近いだろう。
しかし、館内には時計がないので、今、何時かわからない。
ここでふと、人間界のことが心配になった。
突然いなくなった僕を、祖母は母に相談したり、行方不明として警察に届けていないか心配になる。
家族、会社、警察などが、僕を探していたりして……。
暗澹たる思いはぬぐえない。
すると、隣に人影が歩み寄る。
見上げると、リュウだった。
「その浴衣、似合うぞ、アヤ」
そう僕に告げた彼は、どっかりと座布団の上に座る。
「あ、ありがとう……」
と、僕は返事をした。
さわやかにリュウは笑う、どうやら怒っていないようだ。
僕は、ほっと胸をなでおろす。
彼は紺色の浴衣を着ていた。
分厚い胸板が、チラッと見えていて、なんとも言えない男の色気があって正直、羨ましい。
いいなぁ、かっこいい身体をしている。
それに比べて僕なんか、ピンクの浴衣が似合う貧相な男、とほほ、自分が情けない。
僕は苦笑いを浮かべていると、ミミが料理を運んできた。
懐石料理だった。
色鮮やかで美しく映える。
インスタにあげたいが、生憎スマホは充電切れ、ああ、食べるのがもったいない。
そんなことを思いながら懐石料理を目に焼きつかせていると、すすっと襖が開かれた。
広間の奥から、水着姿の若い男と女たちが現れる。
「蝙蝠人たちか……」
リュウがささやく。
ふぅん、といった僕は彼らを観察した。
頭には角、背には黒い翼、棘のような尻尾が生えていて、くるくると踊っている。
そんな彼らは、座布団の上に座ると、ふつうに食事を始めた。
総勢十名ほど男女混合の団体で、酒を酌み交わしては、やんややんやと楽しそうに舌鼓を打つ。
「蝙蝠人って、いつもこんな感じですか?」
「ああ、妖艶なやつらさ。西洋では女はサキュバス、男はインキュバスと呼ばれている」
リュウは懐石料理に箸をつけながら言う。
蝙蝠人の女はビキニスタイル、男はローライズのパンツというかなりセクシーな姿で、なんとも刺激が強すぎる。
かぁ、と赤面してしまった僕は、思わず箸で摘んでいた煮物を、ぽろっと器に落としてしまった。
10
あなたにおすすめの小説
転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!
黄金
BL
幼馴染と一緒にトラックに撥ねられた主人公。転生した場所は神獣八体が治める神浄外という世界だった。
主人公は前世此処で生きていた事を思い出す。そして死ぬ前に温めていた卵、神獣麒麟の子供に一目会いたいと願う。
※獣人書きたいなぁ〜で書いてる話です。
お気に入り、しおり、エールを入れてくれた皆様、有難う御座います。
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話
NANiMO
BL
人生に疲れた有宮ハイネは、日本に滞在中のアメリカ人、トーマスに助けられる。しかもなんたる偶然か、トーマスはハイネと交流を続けてきたネット友達で……?
「きみさえよければ、ここに住まない?」
トーマスの提案で、奇妙な同居生活がスタートするが………
距離が近い!
甘やかしが過ぎる!
自己肯定感低すぎ男、ハイネは、この溺愛を耐え抜くことができるのか!?
悪役令息に転生したらしいけど、何の悪役令息かわからないから好きにヤリチン生活ガンガンしよう!
ミクリ21 (新)
BL
ヤリチンの江住黒江は刺されて死んで、神を怒らせて悪役令息のクロエ・ユリアスに転生されてしまった………らしい。
らしいというのは、何の悪役令息かわからないからだ。
なので、クロエはヤリチン生活をガンガンいこうと決めたのだった。
婚約破棄されて森に捨てられたら、フェンリルの長に一目惚れされたよ
ミクリ21 (新)
BL
婚約破棄されて森に捨てられてしまったバジル・ハラルド。
バジルはフェンリルの長ルディガー・シュヴァに一目惚れされて、フェンリルの村で暮らすことになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる