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しおりを挟む和室に戻っていた僕は、座卓でほお杖をついていた。
花台に飾られた山茶花を見つめていると、はぁ、と深いため息が漏れる。
「なぜ男の僕が、男の生贄にならないといけないんだ?」
僕は目の前にいるイナリに、こう問いかける。
彼は一口だけ茶をすすると、ふぅと吐息を漏らす。
「申し訳ありません。アヤ様を美少女だと勘違いしたもので……」
イナリは、深々と頭を下げた。
金髪のなかにある、モフモフとした狐の耳が、ピクッと動いている。うーん、可愛いから憎めない。
「あのさ、そもそもなぜ僕が召喚されたの?」
いろいろ訊きたいことは山積みだが、まずは僕が生贄として選ばれた理由について尋ねた。
すると、イナリは長い前髪をかきあげてから、言葉を紡ぎ始める。
「リュウ様が愛した女性のルーツを探しましたら、アヤ様、あなたに辿り着きました」
「ルーツ?」
「ええ、祖先のことです」
「つまり、僕のご先祖様を手繰っていくと、リュウと愛しあった女性がいるってこと?」
「御名答です」
僕は何だか寒気がした。
おばあちゃんの、そのまたおばあちゃんの、さらにさらにと考えを巡らすと、僕の存在がぐるぐると輪廻する。
「仏壇でお参りしているときに、召喚したのはなぜ?」
と問えば、イナリは粛々と答える。
「瞑想をしているときが、召喚するのに都合がいいのです。よって、私はじっとアヤ様の様子を空から見ながら、チャンスをうかがっていたのです」
「ねえ、イナリ……」
「はい」
「見ていたんならさ、僕が女かどうかくらいわかるだろ?」
イナリは大仰に首を振った。
本当にわからなかったらしく、僕のことを完全に女だと思い込んでいたようだ。
「魔界から人間界の様子は見えますが、朧げなのです。それでも、アヤ様は猫を助けていましたよね?」
「ああ、ほっとけなくて……」
「アヤ様、なんて優しい人……ですから、あなたならきっとリュウ様を慰めてくれると、私は確信しています」
「慰め? いや、草が生える。あんな自信満々な男に必要か?」
「はい。リュウ様はああ見えて、本当は甘えん坊で、孤独なのです。私たちよりも遥かに貴重な存在。伝説の竜なのです。仲間がいないのです。つまり、同種で抱きしめ合うパートナーがいないのです……ううう」
イナリは急に泣き出してしまった。
え? ちょ、僕が泣かしたみたいな構図になっている。
イナリの美しい顔が涙で濡れていた。
そこまでリュウのことを思っているのだろう。
世話焼きを通り越して、もはや、お母さんみたいだな、と思った。
「なのでアヤ様、リュウ様のことを見捨てないでください」
「……う、うん、まあ、殺されたくもないから協力はするけど」
「ありがとうございます。では、アンケートにご協力ください」
「いいけど」
「アヤ様って何歳ですか?」
一八、と僕は答えた。
すると、イナリはびっくり仰天。
「え! 一八歳にしては童顔すぎますよ、アヤ様」
「ほっといてっ」
僕はプイッと横を向いた。
変な質問だったらもう答えないからな。
と思いつつ湯呑みに口をつける。
その様子を見たイナリは、うふふと微笑んだ。
「では次の質問です」
僕は茶をすすりながら、イナリの言葉を待った。
「経験人数は?」
ブー、と茶を噴いてしまった。
あわてて湯呑みを置く。
「ノーコメント……」
「っということは、処女っと……あ、童貞ですね、失礼しました」
「いやいや、まてまて、ノーコメントと言っている」
「……はい、童貞ですね」
僕はがっくりと肩を落とした。否定もできない。
するとイナリは、コンコンと喉を鳴らして笑う。
この狐め。
いつか、ぎゃふんと言わせたい衝動に駆られた。
「アヤ様、では好きな人はいますか? 付き合っている人はいますか?」
「い、いない……」
「あら、それはお寂しい。女の子はやっぱり、恋をしなくてはいけませんよ」
「僕は男だってば……」
「あ! そうでした。では、最後の質問です」
イナリは、ぽんと手を叩く。
その仕草に、僕はイラッときた。
心を落ちつかせようと湯呑みに手を伸ばし、口をつける。
鉄観音のさわやかな香りを楽しみ、一息ついた。
「ふぅ、早く質問して」
「はい、アヤ様。ズバリ、男性のことを好きになれますか?」
ブー、とまた茶を噴いてしまった。
イナリは、コンコンと笑いだす。
僕は湯呑みを叩きつけるように座卓に置くと、怒鳴った。
「好きになるわけない。むしろ男なんて大ッ嫌いだっ!」
あらあら、とささやいたイナリは、茶で濡れた座卓を手ぬぐいで拭いていた。
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