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しおりを挟む狐目をさらに細め、微笑みを浮かべるイナリは、淡々とした口調でアヤに語り始めた。
「アヤ様、よかったですね」
「あ、イナリ! やっぱりあんたがリュウさんを起しにいったんだな?」
「まあまあ、アヤ様は素直じゃないですから、私がサポートしてあげなくては、と思いまして」
「はあ? んもう、ほんっとお節介なんだから、お母さんかよっ」
コンコン、と笑うイナリ。
「アヤ様のツッコミはよきです。人間界でも、ぜひその調子でいてください」
「ん? どういうこと?」
「もっと自分らしく生きてください、ということです」
え? とアヤは大きな瞳をさらに見開いた。
微笑んでいたイナリだったが、いつになく真剣な眼差しに変貌すると、また語り始める。
「古来から竜人への生贄は、魅力的な人間でないといけません」
「僕は魅力なんてないと思うけど……」
「いいえ、そんなことはありません。召喚したあの日、アヤ様は猫を助けましたよね?」
「うん、おばあちゃんに飼ってもらったけどね、それがどした?」
「良いことをすると、人間は魅力的になるのです。ですから、すぐにアヤ様を見つけられました」
照れているアヤは、頬を掻いた。
「アヤ様、いいですか?」
とイナリは語りつづけた。
「これからは、前を向いて歩いてください。魅力あふれる人間になれますから」
「……やってみるよ」
「ありがとうございます。そして、ここからが重要です、いいですか? アヤ様」
「なんだよ?」
「神聖な場所でお参りをすること」
「それって、おばあちゃんちの仏間とか?」
「はい、あとは神社やお寺、山の頂上や、大きな木の下などのパワースポットにて精神統一をしてください。そうすれば、召喚できます」
わかった、といったアヤはにっこり笑うと、祭壇に描かれた魔法陣のなかに歩いていく。
「待ってくれ」
そう叫んだ俺は、アヤのもとに駆け寄った。
俺を見つめるアヤは、もう泣いていない。ただ、立ち尽くし、
「リュウさん……」
と俺の名前を呼んでいる。
俺は赤い箱から指輪を取りだした。
「受け取ってくれないか、アヤ」
「これは? たしか……」
「永遠の愛、ダイヤモンドだ」
アヤは小さく首を振った。
「僕は男なので、こういうのはいらないです」
「何を言う。俺はアヤが好きなのだぞ」
「……ごめん、リュウさん。僕、まだ本当のことを言っていないことがあるんです」
「なんだ?」
「僕は……」
と言葉を切ったアヤは、大きく息を吸い込んでからつづけた。
「アヤトなんだ。アヤだけじゃない。僕の名前には、トがつくんだ」
脳天に衝撃が走った。
俺は口のなかで、アヤト、アヤト、と連呼する。
なんて素晴らしい名前だ。
「アヤトか、いい名前ではないかっ」
「え? そうかな……」
「ああ、どう書くのだ?」
「色取りの彩に、人間の人で、彩人です」
「彩人、よし、これからアヤトと呼ぼう」
「うーん、リュウさんからそう呼ばれると、ちょっと嫌かも……」
「なぜ?」
「知らないっ」
アヤは、ぷいっと視線を逸らし横を向いた。
その仕草がなんとも可愛らしくて、俺だけじゃなく、獣人旅館のみんなが微笑みを浮かべた。
「じゃあ、抱くときは、アヤト、と呼んでやろう」
「やめてー」
あはは、と俺が笑うとアヤは、腕を組んでほっぺたを膨らませた。
「んもう、まったく……いじわるなリュウさんは嫌いです」
「まあそう言うな、あはは」
「笑っていられるのも今のうちですよ。次、召喚するときは僕はお勉強してきますからね」
「ほう、それは楽しみだ」
「リュウさんを、ひぃひぃ言わせますから覚悟しといてください」
あはは、と俺は笑ってから、アヤの左手の薬指に指輪をはめた。
「とにかく、これはアヤのものだ。捨てるなり売るなり好きにしろ」
「ふぅん、では僕に考えがあります。箱もください」
アヤに赤い箱を渡し、
「どうするつもりだ?」
と訊いた。
「和香さんにあげておきます」
アヤの答えに、俺は首をかしげた。
和香はこの世にいないはずだが……。
「それでは、またね、リュウさん」
アヤはイナリのほうを向いて、左手を軽く掲げた。
その薬指にはダイヤモンドが、きらりと輝いている。
指輪をどうするつもりだろうか?
また、アヤが召喚してきたときにでも、訊くとしよう。
「アヤ様、では召喚しますよ」
イナリはそう言うと両手を広げた。
すると、魔法陣が青く光り輝き、除祖的な漆黒の呪文がイナリの手から、ふわりふわりと浮かびあがり、ぐるぐると回転する。
やがて、アヤは白い光りに包まれていく。
そして、次の瞬間には、跡形もなく消えていた。
獣人旅館のなかに一陣の風が吹き、みなの身体を清々しくなでた。
料理長ガルルは厨房に戻り、ビアベアは庭の掃除、ミミとブーコは明日来る団体客が泊まる部屋の準備、ティグは風の吹くままに去っていった。
ふぅ、と吐息を漏らすイナリは、ほっと胸をなでおろしている。
俺はイナリに近づくと、肩をぽんと叩いて労った。
「ご苦労だったな。イナリ」
「リュウ様……」
「また、召喚のほうを頼むぞ」
「はい。あのリュウ様……」
「なんだ?」
「今回の生贄はどうでしたか? 女ではなくて男だというアクシデントはありましたが、結果、リュウ様が完璧に癒されており、私は感動いたしました」
俺は首を振った。
「違うぞ、イナリ」
「……申し訳ありません、やはり女でないといけませんよね?」
イナリは、ばつが悪そうに下を向く。
俺に怒られると思って身震いしているのだろう。
ふん、と俺は鼻で笑ってから答えた。
「アヤは生贄ではない。アヤは、俺の恋人だ」
「では、合格でしょうか?」
ああ、と俺が頷くと、イナリは一転して笑顔になった。
「よかったです」
「合格どころではないぞ。アヤは和香の子孫、しかも男だ」
「はい、すごい偶然です。この年月日に和香さんの遺伝子を手繰り寄せてみたら、十代でなおかつ美少女顔負けの男がいるなんて、奇想天外です」
「ああ、男なら、もしかしたら化けるかもな」
え? と驚いたイナリが教えてください、と言わんばかりに、ぐいぐいと肉薄してくる。
「もしもアヤが俺と和香の子孫であるならば、隔世遺伝して竜になれるかもしれん」
「……つまり、獣人旅館の跡取り主人としてアヤ様を迎えると?」
「ああ……まあ、アヤの場合は女将かもしれんがな」
「それは、ありえますねぇ」
コンコン、と笑うイナリは、すっと気合を入れて姿勢を正した。
「ようし、アヤ様が立派な竜になれるようにこのイナリ、誠心誠意、真心を込めてこれからも召喚させていただきます!」
「ああ、よろしく頼む」
俺とイナリは笑いあった。
祭壇に祀られた山茶花が、吹く風にゆれている。
さわやかな風がみずみずしい花の香りを運び、獣人旅館の玄関から入り、ロビーをぬけて廊下を走り、広間の祭壇へと駆けていく。
俺は未来を思い描いた。
いつかアヤが、可愛らしい小花を散りばめた萌黄色の着物姿で、こんな言葉を響かせることを。
ようこそ、獣人旅館へ!
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