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壱.日暮れの道中
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明るいうちに四人揃って邸を出た。
柚月は行き先を知らされないまま。ただ黙って、先に行く雪原の後に続く。
一行は、大通りを渡り、やや南へ向かった。
冬の夕暮れは早い。
どんどん日が落ちてきて、途中から清名が提灯をともし、雪原の足元を照らした。
その後ろを歩く柚月の顔は、厳しい。
都の治安は以前ほど悪くはない。
だが、何が起こるか。
何しろ今前を行くのは、この国の宰相、将軍に次ぐ地位の人だ。
自然、周囲への警戒が強くなる。
それが顔に出ている。
その横顔を、証は憧れのまなざしで見つめた。
昼間、邸で見た柚月は、小姓らしくキチリとして、凛々しかった。
証の目には、ずっとそう見えている。
現実はというと、少し違う。
昼間の雪原の部屋での一幕には、続きがある。
椿と証は、恋人同士なのではないか。
不安と疑いに襲われた二人の関係が、ただの幼馴染だと知らされ、それを告げた雪原のニヤリとした悪い顔を見て、柚月はすべてを悟り、どっと疲れて額に手を当てた。
ニコニコ楽しそうな雪原が恨めしい。
そして自分が情けない。
証は、ガクリと肩を落とす柚月に笑顔を向けると、顔の横でかわいらしく両手をぐっと握った。
「僕、応援してますから!」
「えっ…!」
柚月はパッと顔を上げた。
その顔が、赤く熱くなる。
――えっ、なんでバレて…。
「あ、いや…っ」
柚月がうまく言葉を出せないでいると、追い打ちをかけるように、清名が茶を置いた。
「証。そっとしておいてやれ。色恋など、お前の力でどうこうなるものでもない」
――清名さんまで⁉
柚月に、雷のような衝撃が走った。
証ばかりか、清名にまでバレている。
「あ…、いや、あの…」
言い訳したいが、言葉が出ない。
真っ赤な顔であわあわする柚月をしり目に、証はくるんと清名に向き直った。
「もう! 父上はぁ。椿に幸せになってほしくないんですか!」
ぶーぶー口をとがらせる。
「そんなことは言っておらん。余計なちゃちゃを入れてやるな、と言っている」
応戦する清名は、やはり淡々としたものだ。
その表情に動きはない。
――清名さん、そんな真顔で言われたら、余計恥ずいっス…。
柚月は片手で顔を覆い、何の言葉も出ず、清名親子がぎゃあぎゃあ言い合う声が響く中、ただただ体中がゆで上がるほど熱かった。
当然、清名と言いあっていた証は、この柚月の姿を見ていない。
そんな柚月も、邸を一歩出た瞬間、顔つきが変わった。
眼光鋭くあたりを警戒し、まとっている空気が、ピリッと張り詰めている。
それがまた、証の憧れを煽る。
証は邸を出てからずっと、柚月の隣を歩きながら、その姿を見つめ続けている。
――やっぱりかっこいいなぁ、柚月さん。
気持ちを抑えられる性分ではない。
しばらくは大人しくしていたが、大通りに出る頃には我慢の限界が来たらしい。
すすっと柚月にすり寄ると、顔を覗き込むように見上げた。
「ねぇねぇ、柚月さん」
柚月は、振りむきもしない。
だが、証はお構いなしだ。まるで今から皆で遊びに行くかのように、うきうきしている。
「今からどこに行くか、知ってます?」
柚月はやはり振り向きもしない。
ただ、耳の端で聞いている。
暗くなってくると、目は頼りにならない。
気配は耳で感じとる。
そのため、横から話しかけられると、本来なら煩わしい。
が、柚月はそのあたり、慣れたものだ。
「いえ、私は聞いていないので」
淡々と答えながら、その視線は、近くを行く提灯を持たない人達の方に向けられている。
薄暗がり、どうしても明るい物に目が行く。
それに逆らい、暗い場所に目を向けるのは、もはや身に沁みついた癖だ。
「ふ~~ん」
証は少し前かがみになって後ろで両手を結び、さらに柚月の顔を覗き込む。
「それでも黙ってついて行くんですねぇ。なんていうか、すごいちゅーせーしん。父上といっしょだぁ」
「清名さんほどではありませんよ」
「あ、敬語止めてくださいよぉ。僕の方が年も下なんですしぃ」
証は、どこまでも調子が変わらないらしい。
柚月は「ふう」と一息ついた。
「清名さんほどじゃない」
視線は周囲に向けたままだが、声が少し緩んだ。
それを証も感じ取ったのだろう。嬉しそうにニッ笑った。
「父上は昔からず~~~っと雪原さんにべ~~~ったり。横浦に赴任してた頃なんて、ぜーんぜん都に帰って来なくて。で、母上が僕と姉上を連れて、時々横浦の父上のところに遊びに行ってたんですよぉ。あ、それで椿とも遊んでたんですよけどぉ」
証は思い出にまで浸りだし、ぺらぺらとおしゃべりが止まらない。
「でも父上ってば、せっかく僕たちが行っても仕事ばっかりでぇ。ほとんどほったらかしだったんですよ。ひどくないですかぁ? そんなに楽しいんですかねぇ、仕事って。何も話してくれないから、父上が何をしてるのか、ぜーんぜん知らなくて」
そう言って口をとがらせる。
が、ふと真面目な顔になった。
「でもね。そんな父上が、柚月さんのことだけは話すんですよ」
証の声の調子が変わったのが引っかかり、柚月はやっと、ちらりと証の方を見た。
証は宙を見ながら、顎に人差し指を当てて楽しそうに続ける。
「どこでも寝ちゃうとかぁ、すぐ野良猫に餌あげちゃうとか」
そう言って、ふふっと笑った。
――でしょうね。
清名が話すことなど、ろくなことじゃないだろう、と思ったが案の定だ。
柚月はげんなりしてふうっと小さく息を吐くと、また周囲に目を向けた。
「でも、頑張ってるって」
まっすぐ前を見据える証は、声も表情も、さらに真剣みが増している。
「きっと、辛いことがたくさんあるはずなのに、いつも一生懸命だって」
柚月が思わず振り向くと、証はまっすぐな目で柚月を見つめていた。
「だから僕、柚月さんに会ってみたかったんです」
その思いは本物らしい。証の揺るぎないまなざしには、尊敬の念さえある。
が、その顔が一変。今度は小首をかしげ、いたずらっぽい笑みを見せた。
「父上が褒めるなんて、珍しいんですよ?」
柚月は言葉が無かった。
すぐ前を歩く清名は、雪原の横につき、雪原が歩きやすいよう、提灯で足元を照らしている。
いつもと変わらない。
清名はいつでも、雪原に尽くしている。
だがその背が、心なしか、いつもと違って見えた。
清名は柚月にとっては教育係のような面があり、面倒を見てくれる反面、よく叱られもする。
いや、とにかくよく叱られる。
その清名が、そんな風に思っているなど。
意外だ。
「僕なんて、ぜ~んぜんほめられたことないのに~」
証が不満そうに頬を膨らませる。
――だろうな。
柚月は口にはしなかったが、そう思って苦笑した。
柚月は行き先を知らされないまま。ただ黙って、先に行く雪原の後に続く。
一行は、大通りを渡り、やや南へ向かった。
冬の夕暮れは早い。
どんどん日が落ちてきて、途中から清名が提灯をともし、雪原の足元を照らした。
その後ろを歩く柚月の顔は、厳しい。
都の治安は以前ほど悪くはない。
だが、何が起こるか。
何しろ今前を行くのは、この国の宰相、将軍に次ぐ地位の人だ。
自然、周囲への警戒が強くなる。
それが顔に出ている。
その横顔を、証は憧れのまなざしで見つめた。
昼間、邸で見た柚月は、小姓らしくキチリとして、凛々しかった。
証の目には、ずっとそう見えている。
現実はというと、少し違う。
昼間の雪原の部屋での一幕には、続きがある。
椿と証は、恋人同士なのではないか。
不安と疑いに襲われた二人の関係が、ただの幼馴染だと知らされ、それを告げた雪原のニヤリとした悪い顔を見て、柚月はすべてを悟り、どっと疲れて額に手を当てた。
ニコニコ楽しそうな雪原が恨めしい。
そして自分が情けない。
証は、ガクリと肩を落とす柚月に笑顔を向けると、顔の横でかわいらしく両手をぐっと握った。
「僕、応援してますから!」
「えっ…!」
柚月はパッと顔を上げた。
その顔が、赤く熱くなる。
――えっ、なんでバレて…。
「あ、いや…っ」
柚月がうまく言葉を出せないでいると、追い打ちをかけるように、清名が茶を置いた。
「証。そっとしておいてやれ。色恋など、お前の力でどうこうなるものでもない」
――清名さんまで⁉
柚月に、雷のような衝撃が走った。
証ばかりか、清名にまでバレている。
「あ…、いや、あの…」
言い訳したいが、言葉が出ない。
真っ赤な顔であわあわする柚月をしり目に、証はくるんと清名に向き直った。
「もう! 父上はぁ。椿に幸せになってほしくないんですか!」
ぶーぶー口をとがらせる。
「そんなことは言っておらん。余計なちゃちゃを入れてやるな、と言っている」
応戦する清名は、やはり淡々としたものだ。
その表情に動きはない。
――清名さん、そんな真顔で言われたら、余計恥ずいっス…。
柚月は片手で顔を覆い、何の言葉も出ず、清名親子がぎゃあぎゃあ言い合う声が響く中、ただただ体中がゆで上がるほど熱かった。
当然、清名と言いあっていた証は、この柚月の姿を見ていない。
そんな柚月も、邸を一歩出た瞬間、顔つきが変わった。
眼光鋭くあたりを警戒し、まとっている空気が、ピリッと張り詰めている。
それがまた、証の憧れを煽る。
証は邸を出てからずっと、柚月の隣を歩きながら、その姿を見つめ続けている。
――やっぱりかっこいいなぁ、柚月さん。
気持ちを抑えられる性分ではない。
しばらくは大人しくしていたが、大通りに出る頃には我慢の限界が来たらしい。
すすっと柚月にすり寄ると、顔を覗き込むように見上げた。
「ねぇねぇ、柚月さん」
柚月は、振りむきもしない。
だが、証はお構いなしだ。まるで今から皆で遊びに行くかのように、うきうきしている。
「今からどこに行くか、知ってます?」
柚月はやはり振り向きもしない。
ただ、耳の端で聞いている。
暗くなってくると、目は頼りにならない。
気配は耳で感じとる。
そのため、横から話しかけられると、本来なら煩わしい。
が、柚月はそのあたり、慣れたものだ。
「いえ、私は聞いていないので」
淡々と答えながら、その視線は、近くを行く提灯を持たない人達の方に向けられている。
薄暗がり、どうしても明るい物に目が行く。
それに逆らい、暗い場所に目を向けるのは、もはや身に沁みついた癖だ。
「ふ~~ん」
証は少し前かがみになって後ろで両手を結び、さらに柚月の顔を覗き込む。
「それでも黙ってついて行くんですねぇ。なんていうか、すごいちゅーせーしん。父上といっしょだぁ」
「清名さんほどではありませんよ」
「あ、敬語止めてくださいよぉ。僕の方が年も下なんですしぃ」
証は、どこまでも調子が変わらないらしい。
柚月は「ふう」と一息ついた。
「清名さんほどじゃない」
視線は周囲に向けたままだが、声が少し緩んだ。
それを証も感じ取ったのだろう。嬉しそうにニッ笑った。
「父上は昔からず~~~っと雪原さんにべ~~~ったり。横浦に赴任してた頃なんて、ぜーんぜん都に帰って来なくて。で、母上が僕と姉上を連れて、時々横浦の父上のところに遊びに行ってたんですよぉ。あ、それで椿とも遊んでたんですよけどぉ」
証は思い出にまで浸りだし、ぺらぺらとおしゃべりが止まらない。
「でも父上ってば、せっかく僕たちが行っても仕事ばっかりでぇ。ほとんどほったらかしだったんですよ。ひどくないですかぁ? そんなに楽しいんですかねぇ、仕事って。何も話してくれないから、父上が何をしてるのか、ぜーんぜん知らなくて」
そう言って口をとがらせる。
が、ふと真面目な顔になった。
「でもね。そんな父上が、柚月さんのことだけは話すんですよ」
証の声の調子が変わったのが引っかかり、柚月はやっと、ちらりと証の方を見た。
証は宙を見ながら、顎に人差し指を当てて楽しそうに続ける。
「どこでも寝ちゃうとかぁ、すぐ野良猫に餌あげちゃうとか」
そう言って、ふふっと笑った。
――でしょうね。
清名が話すことなど、ろくなことじゃないだろう、と思ったが案の定だ。
柚月はげんなりしてふうっと小さく息を吐くと、また周囲に目を向けた。
「でも、頑張ってるって」
まっすぐ前を見据える証は、声も表情も、さらに真剣みが増している。
「きっと、辛いことがたくさんあるはずなのに、いつも一生懸命だって」
柚月が思わず振り向くと、証はまっすぐな目で柚月を見つめていた。
「だから僕、柚月さんに会ってみたかったんです」
その思いは本物らしい。証の揺るぎないまなざしには、尊敬の念さえある。
が、その顔が一変。今度は小首をかしげ、いたずらっぽい笑みを見せた。
「父上が褒めるなんて、珍しいんですよ?」
柚月は言葉が無かった。
すぐ前を歩く清名は、雪原の横につき、雪原が歩きやすいよう、提灯で足元を照らしている。
いつもと変わらない。
清名はいつでも、雪原に尽くしている。
だがその背が、心なしか、いつもと違って見えた。
清名は柚月にとっては教育係のような面があり、面倒を見てくれる反面、よく叱られもする。
いや、とにかくよく叱られる。
その清名が、そんな風に思っているなど。
意外だ。
「僕なんて、ぜ~んぜんほめられたことないのに~」
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――だろうな。
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