私を捨てないで!

橘五月

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By bicycle

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 私は走るのが速い。だからライダーに速さを合わせてあげられる。停止も発進も彼らの思い通り。私は人間に尽くしてきた。
 私はこの5年で3人のライダーの世話をしてきた。今日はそのライダーたちとの話をしようか。


 1人目は髪の長いお姉さんだった。私は2年間、彼女とともに過ごした。
 お姉さんは会社に勤めていて、通勤帰宅時はいつも私に跨っていた。私はお姉さんを傷つけないよう、安全に走った。砂利道はタイヤの力を抜いてサドルが揺れないように。坂道はしっかりとブレーキを効かせてスピードが出過ぎないように。夜道は目のライトを輝かせて、辺りを照らして。

 家から会社までの道のりは険しいもので、ここを毎日往復するお姉さんはすごい人だと思った。

 お姉さんは土曜日は必ず僕を磨いてくれた。毎日砂利道を走るので、溜まった汚れも相当なものだったけど、お姉さんは忘れる事なく磨いてくれた。ちゃんとブレーキに油も刺してくれたし、ランプの点検も怠らなかった。
 おかげで私は、いつも元気に走ることができた。

 大事にしてくれてありがとう。言葉は通じないので、走りで伝えた。

 世界で1番好きだって。


 翌週の金曜日は雨だったがお姉さんはカッパを着て、いつも通り私と出社する。昨日しっかり手入れをしてくれたので、雨でもブレーキの調子はバッチリだ。危なげなく会社に到着した。

 夕方になり、帰る時間が来た。が、お姉さんは私を迎えに来なかった。いつまで待ってもお姉さんは現れなかった。どうやら親御さんの車で帰ったらしい。

 雨で汚れがこびり着いて気持ち悪かったので、早くお姉さんに磨いて欲しかった。

 次の日の夜、迎えが来た。その人物はお姉さんではなく、薄汚れたおじさんだった。私を繋ぐ鎖を断ち切った彼は、そのまま私を連れ去った。私は誘拐された。


 おじさんはとても乱暴な人だった。

 スタンドを思いっきり蹴り上げるし、急発進急ブレーキを繰り返す。暗くなれば私が目のライトをつけるというのに、彼は私の目を蹴りつけてライトを点けようとする。
 手入れは一度もしてくれないので、私の体は悲鳴をあげていた。

 お姉さん、私を早く救い出して…………。


 1ヶ月ほど乗り回した後、乱暴なおじさんは私に「使えねー」と吐き捨てて道端に置いていった。スタンドも立てずに横倒しにして、去り際に私を蹴り付けて行ってしまった。痛かった。
誘拐された挙句、捨てられてしまった。

 これが2人目のライダーだった。


 それから程なくして3人目のライダーが現れた。高校生くらいの男の子だった。

 男の子は倒れていた私を見るなり、駆け寄って来て優しく起こしてくれた。手つきとは裏腹に、彼はかなりテンションが上がっていた。控えめに言っても私は格好良かったので当然だろう。

 男の子は、おじさんに蹴られて怪我した私の目を治してくれた。お姉さんほどではないが、それなりに手入れもしてくれた。

 翌週、私は彼の友達の前に立たされた。彼は自慢げに私を見せびらかした。友達の人たちは、目を輝かせて私をみている。
 ここまでモテるとは思っていなかったので、少し恥ずかしかった。


 それから男の子が卒業するまでの1年間、私たちはずっと一緒だった。雨の日も、風の日も、ずっと。ちょっと扱いは雑だったが、私は彼のことが、お姉さんの次に大好きだった。
 そして彼も私を愛してくれていた。と思っていた……。


 男の子は卒業すると、私を置いて遠くの街に行ってしまった。下宿というやつだ。また捨てられてしまうのだろうか。私は怯えていた。誰にも乗ってもらえず、忘れられるのが怖かった。


 カゴに蝉の死骸が2つ入った頃、男の子が帰ってきた。忘れられてなかった、とホッとした。
 しかし、彼が再び私に跨ることはなかった。彼は私の背中を軽く叩き「お疲れ様」と言って、また遠い街へと行ってしまった。

 私はまた、捨てられてしまったのだ。


 それから数ヶ月後、奇跡が起こった。

 あの髪の長いお姉さんが迎えに来てくれたのだ。私の首に付けられた黄色いタグを目印に。
 またお姉さんと走れると思うと、錆びついた体も軽く感じられた。

 早く一緒に帰ろう!

「迷惑な話よね。いらないなら自分で捨てればいいのに。」

 お姉さんはそう呟くと、私を乱暴に持ち上げてトラックの荷台に放り投げた。私のことを覚えていなかったようだ。

 とっくに私は捨てられていたんだ。


 この世には持ち主に忘れ去られた自転車を回収する仕事があるらしい。その人たちは自転車に黄色いタグをつけた後、まとめてトラックに乗せてどこかへ運ぶんだとか。そして、連れて行かれた自転車は2度と帰ってくることはないらしい。

 私は捨てられた。3回も。1番大好きな人に捨てられたんだ、もう誰からも必要とされないだろう。もういいや、と思った。
 でもせめて最後に一度だけ、お姉さんと走りたかったなあ。

 私、これからどこに連れて行かれるの?何をされるの?
 揺れる車内で瞑目し、力一杯叫んだ。

「私を……捨てないで!」
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