『ウソカマコトカ(全9話)』

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ウソカマコトカ(2/9)

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神代かみしろ。俺はもう、駄目だ」

  小さく呟くと、神代は「は?」とスマホから顔を覗かせた。

「もうクラブ辞めるわ。大学も辞める」

「は?  まじでバカじゃないですか?」

「なんかもう、全てがどうでもよくなった……」

「酔ってます?」と怪訝な顔をした神代は、辺りを見回し「ほんとに飲んだの二本だけですか?」と怪しんだ。

「忘れた」

「まじで。その、記憶無くなるの分かってて飲み過ぎるのやめて下さい」

  他に飲んだ形跡が無かったので、神代は畳に転がった俺をひと睨みして、またスマホに目をやった。





「俺、酔い潰れるとそんな酷い?」

「奇行が過ぎます」

「なんそれ」

「誰彼かまわず抱きついて、色仕掛けでその辺の男をみんなメロメロにしてます」

  神代はスマホ画面を触りながら、また適当な事を言った。

「は?  なんだそれ。その辺の男って、どの辺の男だよ」

  少なくとも自分の周りには、メロメロとは程遠い、課題と実験とバイトに日々追い詰められて、ゾンビのようになっている男共しかいなかった。ゾンビの方がまだ元気そうである。

「その辺です。可愛くスリスリして惑わしまくってます。その辺の趣味の奴らを」

「俺ってそんな、人を惑わす魅力あったの……?  なんで女子にモテねえの?」

  畳の上に倒れたまま、ぼんやりとした視線で神代を見上げる。

「さあ」と立膝に腕をつきスマホを見たまま、どうでもよさそうに神代は言った。

「先輩、モテないんですか?  ああ、今日フラれたんだった。そうでした。すみません」

  横目で睨みつけて舌打ちをすると、神代はにやりと笑った。






「逆に女子に嫉妬されちゃうんじゃないですか?」

「は?」

「なんていうのかなぁ」とスマホから視線を外し、一瞬考えるように斜め上を見た。

「前世で恋人を寝取られた感、みたいな……?」

「は?  ……俺がフラれたのって、前世のせいなの?」

  ぼんやりと聞く。眠たくなってきた。

  すると神代はスマホから顔をあげて、やや深刻な面持ちで、こちらをまじまじと見つめた。

「え……?  いや、先輩がフラれたのは……、先輩のせい、ですけど、ねえ?」

  ですよね。

  なぜ今、負わなくていい傷を、わざわざ自ら負いに出向いたのか。気を抜いて軽く触れたら、ものすごく鋭利でスパンと切れましたみたいな、やや半笑いになる驚きであった。

  口を半開きのまま、また神代を見上げた。

  視線に気付いた神代が、俺が何か言うのかと、こちらを見て動きを止めた。

「……」

  一瞬、見つめ合ったまま静寂が訪れる。

「……」

  そして間を溜めるに溜めた後、神代はこちらに「は?」と聞いた。

  俺は、一呼吸おいて「え?」と返した。

  なんと阿呆みたいなやりとりだろう。





  神代は明らかに、ああこの馬鹿には伝わっていないんだなあと気付いた表情をし、スマホを置いた。

  そして「まあ具体的に言えば……」と話し始めた。

「例えば、自分が学生で、研究室の助教授と不倫しているとします」

「急に生々しくなったな」

「先輩に分かるように説明してるんです」

「おーー。あざっす」

「いえ。で、その相手の助教授が急に、全然連絡をくれなくなる。会ってもくれないとなる。どうやら、他に気になる子が出来たとわかる」

「ほうほう」

「でも元々不倫なので、別れ話を切り出す強みも自分には無い。どうせ遊びだったんだ、これからは自分も新しい恋をしていこう!と思い直す。きっかけさえあれば、誰でもいいから付き合いたい!とさえ思う」

「うん」

「そんな時、ちょうどタイミングよく、自分に告白してきた奴がいる」

「おお!」

「そいつは同じクラブで、同じ研究室で、目立ちはしないけど、とても良い奴だった。けど……」

「けど……?」

  意味ありげに声をひそめる。

「けど……。だけど……。だけど、そいつは……不倫していた助教授が、気になっている相手だった」

  怪談のトーンで話が終了した。

「お、おん……」

「はいっ!  先輩ならこんな時どーーします、かッ!?」

「えッ!?  なにこれ、心理テストみたいなやつ?  ……めっちゃムズいじゃん。ヒントは?」

「ヒントとか無いです」と言って、神代は続けた。

「まあ、とにかく。付き合えれば誰でもいい、そう思ってはいたけど。そいつだけは……、そいつとだけは、付き合えない。そうなりませんか?  別にそいつが直接悪い訳では無いけど」

「え?  あー、うん。ん?  なんか最初の方、聞き流してたな俺。え、助教授の?  俺は……何なの?  男? 」

  神代が何とも言えない、呆れたような様子でこちらを見つめた。
  こいつと会話をしていると、いつもこうやって煙に巻かれる。

「まあそんな訳で、今回、先輩は幸野こうのさんにフラれました」

「え、え!  何で?  どういう訳で!?  急に結論きたじゃん!   俺、何でフラれたの?  全然分からんのだけど……」
  驚いて頭を持ち上げる。

「ここまで言って分からないなら、正直もう無理です。一生分かりません」

「まじで……!?  俺……、何でフラれたの……?」

  半分寝かけていた頭で考える。
  神代は、またスマホをさわり始めた。





「先輩……。何で、助教授なんかと、二人で飲んだりしたんですか?」

  スマホの画面を見たまま神代がぼそりと聞いた。

「は?  何が?  何の話?」

「先々週くらいに。飲んだでしょう、研究室で」

「え、先々週?  あーー。え、あれ?  実験終わってみんなで打ち上げやったやつ?」

「その打ち上げ。最後、誰と誰が残りました?  助教授以外、全員先に帰ったんじゃないですか?」

  感情の無い淡々とした声だった。

「いや……、全く覚えてない。酔ってたし……」

  はああと神代は大げさなため息をついて、スマホを持つ手を下ろした。

「あの、先輩。フラれた原因を、一言で申し上げますとーー」
  急にこちらを向き、何故かイライラとした様子で声を張った。

「はい」

「先輩は、絶望的に女を見る目が無い。これに尽きます」

  なんと。
  それは確かに……、絶望的に、絶望的ではないか。

「……え、いや、待て!  それだとお前……、幸野さんを侮辱する事になってないか!?」

「なってないです。先輩一人です。先輩一人だけを猛烈に侮辱しています。……ってか、まだやっぱり好きなんですね。フラれた癖に」

「なんだよそれ、お前……。適当な事ばっかり言いやがって……」

  口を尖らせると、神代は馬鹿にしたように笑った。

  こいつとの会話はいつも掴みどころがなく、どこまでが真実なんだと思わせる。本当は、最初から真実など、一つも含まれていないのかもしれない。





「先輩が、失恋したくらいで、死にたいって言うからじゃないですか」

「いや言ってねえわ。全てがどうでもいいっつったんだろ?  勝手に殺すなや」

「同じことじゃないですか。人なんて放っておいても、どうせ死ぬんだから。放っておけばいいんですよ」

  もっともな意見のような気もするが、医学部生としては終わっている。

「わざわざ死ぬなら、人に迷惑がかからないようにして下さい。生ゴミの日の前日か、解剖学研究室の奥の浴槽でお願いします。あそこいつも検体大募集してるんで」

「俺は死んだら、切り刻んで生ゴミの日に捨てられるのかあ……」

「まあ、二袋くらいには収まるんじゃないですか?  あ、俺は処理するのパスですよ。生きてる身体を切り刻むのはいいけど、死体は吐きそうになるんで」

「ひくわあ……。何か気持ち悪くなってきた。頭痛てえーー」

「プリン食います?  持ってきましょうか?」

「だまれや」

 神代は、ははと笑い、「プリンって脳みそにそっくりですよねえ」と独り言のように言って、またスマホを触り始めた。

  重たい手を曲げて、額におく。





「はあーー。俺は自分で死ぬくらいなら、ドラゴンボールを探しに、旅にでるよ」

  宙を見つめながら呟いた。
  我ながら痛い発言だが、聞いているのはどうでもいい後輩一人だし、頭も痛いし。まあいいだろう。

「んで、ドラゴンボール全部見つけて、神龍使って世界中を先に消してやる。
そして、この世の終わりを見届けてから、俺も死ぬよ」

  それなら、必然的に一瞬、俺は世界一幸せな男に、なりはしないか。

  あるいは、もしかしたら見つかるかもしれない。ドラゴンボールとは別の、もっと大切な何かが。

  神代がまた妖怪じみた笑い方をする。

「先輩のそういう中二病っぽいところ、嫌いじゃ無いです」




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