『ウソカマコトカ(全9話)』

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ウソカマコトカ(8/9)

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  突然、スマホが鳴った。





  俺のスマホの通知音だった。

  神代は即座に、畳の上に転がっていた俺のスマホを取り上げる。

  腕に力を入れてみるが、やはり身体は全く動く気配がない。むしろさっきよりも体内の熱は増していた。熱い。

  神代は驚くほど迷いの無い手付きで、俺のスマホの画面ロックを解除した。
  個人情報とは一体何なのだろうなと、遠くに思いを馳せる。

  何度かスマホの画面を上になぞり、少し首をかしげ、通知内容を読んでいるようだった。

「やっぱり。助教授に誘われてんじゃないすか……」
  神代は呆れたように言った。

  どうやら通知の相手は、俺の研究室の助教授だったらしい。

  そういえば、今度ゆっくり二人で飲もうと言われていた。タダ飯とタダ酒のチャンスだが、二人となると、ずっと話の相手をするのは面倒くさい。
  とはいえ立場上断るわけにもいかないか、と思ったまま、返信するのを忘れていた。今のは催促の連絡か。

「あんなに俺以外と2人で飲むのは無しって、約束したのに……。ほんとバカじゃないですか?  まじでムカつく……」

  そんな約束はしていない。 少なくとも素面しらふの状態では。
  あとバカなところも許せると、つい今しがた豪語していたはずである。

「はっ?  気安く下の名前で呼んでんじゃねえよ」

  画面を見つめたままの神代は、言葉を噛み殺すように呟いた。綺麗な顔が憎悪に歪む。こんなに怒った表情は初めて見た。





  苛立った視線はそのまま、じろりとこちらに下りてきた。開き直ったように、神代は静かに言った。

「こんな事になったのも、先輩が全部悪いです」

「は?」

「自由を奪われて、俺に無理やりヤラれるのは。全部先輩のせいです。自業自得です」

「ああ?  んっな訳ねえだろ」

「俺だって、ちゃんと段階を踏みたかった……。でも、もう……、もう限界です」
  伏し目がちに、神代はぽつりと言った。

「はっ?  お前それ、後で警察でも言えよな」

  険悪な空気が流れる。

  神代は軽蔑したような細い視線でこちらを一瞥いちべつしてから、馬鹿にしたようにふっと息を吐いた。

「先輩、自分が所属する研究室の助教に迫られて、断われます?  自分を採点する人間の手が、こちらに伸びて来た時に、拒絶できますか?」

「……」

「無理ですよねえ」と笑って、言う。

「好きな人に告白するのでさえ、勇気が無くて、一年もかかったのに」

「お、前………」

  虫唾むしずが走る。なによりも、言い返せない自分に。

  神代は、俺のスマホで何かを打ち始めた。

「とりあえず、体調を崩して、しばらく飲むのは無理って返事しておきますので……。後で話合わせといて下さい」

「ああ、まあこの後、実際。俺にめちゃくちゃにされて壊れちゃう訳だから、同じことか……」と、口元に手をやり、物思いにふける素振りをした。

「なので、まあ嘘にはなりません」
  そう言って、にこりとする。

「て、めえ……」

「あ、それとも、手っ取り早く。俺とヤッてる最中の動画を送りつけます?  一番最短でまけますよ?」

「てめえ……、まじで、一回死んでこいよ」

  神代は鼻で笑ってから、スマホを打ち始めた。
  最後に送信ボタンらしきものを、親指でタッと弾いた。

  画面を切って、俺のスマホを畳に置いた。





  それから一息つき、神代は改まったように、またあぐらをかいて、こちらに向き直った。
  広げた膝に腕をかけ、真正面から俺の顔を見下ろした。

  感情が無いような、それでいてどこか微笑んでいるような、ひんやりとした表情で言った。

「あのさあ。もうちょっと、自分のおかれた状況、考えてよ。どこまで馬鹿なんだよ」

  汗が首の後ろを伝う。

  伸びてきた神代の手が、まるで自分の所有物に触れるかのように、俺の髪に指を通す。

「そんな嫌な言葉を聞くために、声を残した訳じゃないんです」

  大きな手が、俺の頭と顔を縦横無尽、好き勝手に撫で回した。思わず何度も目をつむる。

  顔の表面がさらに火照ほてる。

  何の遠慮もなく唇を割ってきた親指の爪が、噛み合わせを強引にこじ開け、口の中に侵入した。

「ん……っ、ぁ………」
  
  自由なはずの口元に、力が入らない。

  さらに隙間を開くように差し込まれた人差し指と中指が、舌を絡めとる。奥歯をなぞる、頬の内側を撫で上げる。唾液が顎を伝う。
  
  その間もずっと、上からの視線に観察されている。

  ちゅぽ……と小さな水音を残し、口の中が開放された。

  熱い息を、はあはあと吐き出す。

「可愛いあえぎ声とか、先輩が想像もつかないような淫猥な言葉を、無理やり言わせるために、残してあるんです」

  濡れたままの神代の指先が首筋を伝う。

  すると身体の内側を直接撫でられるような、微弱な電流が肌の表面をった。

「……ッ!」

  自由に動けないという事は、裏を返せば、全ての刺激を百パーセントの感度で受け入れるという事なのかもしれない。

  全身の肌が一枚の過敏な器官となって、耳をすませるように、次の刺激を待っている。
  初めての感覚に、怖くなる。
  加速し始めた呼吸が止まらない。

  神代は、横たわる俺と同じ角度に頭を傾け、目の前数十センチに顔を寄せた。
  あおるような目付きをする。

「首に触れられただけで、もうこんなに感じる癖に――」

  にやりとして、囁く。

「まじで、もうちょっと俺のご機嫌とった方がいいっすよ?  せんぱい?」





  正気ではない。

  微かに震える下唇を噛む。
  逃げ惑うように、視線だけを忙しなく泳がせる。
  神代は、じっとそれを見下ろし、眺めていた。

  突如、強い力で肩をつかまれた。

  力まかせに後ろに押されると、自由を失った身体は呆気ないほど簡単に倒れ、仰向けになった。




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