『ウソカマコトカ(全9話)』

19

文字の大きさ
9 / 9

ウソカマコトカ(9/9)

しおりを挟む


「優しくは出来ないと思います。そんなつもりも無いし……。いい加減、俺も溜まってるものがあるので」

  自分のシャツのボタンを手際よく外しながら、さも自然な口調で神代は喋った。

  シャツが乾いた音をたてて、畳の上に脱ぎ捨てられる。
  インナーの黒いTシャツからのぞく、太くはないものの鍛えているであろう腕。自分よりも広い肩幅。
  それを見て、こいつは自分とは全く違う人種なのだと痛感した。そういえば、背も俺より高い。

  今まで、外見の良し悪しや周りからの待遇に違いこそあれ、近くにいたせいか、性格の悪さか、どこか自分と同じ種類の人間に振り分けていた。

  生意気で、可愛いといえば嘘になるが、どこか憎めない。そんな後輩を、人間の男として眺めた時、こんなにも自分と違う事に、どうして今まで気付けなかった。

  既に首を動かす自由も失っていた。
  身体は仰向けになり、顔だけを横に向けた状態で、横たわっている。

  自分が、目と口だけに魂が宿る、等身大の人形のように感じた。首から下に繋がったモノが、重たいだけの塊に感じた。
 




  神代は膝をついてこちらに近づいた。
  四つん這いでまたがり、俺の顔の両側に手を付いて、真上から見下ろした。
  顔だけが横を向いたまま動かせないので、真上に迫る表情は見えない。

  それから神代は肘をついて、俺の髪をゆっくりと撫でながら話す。

「隣、留守みたいなんで、痛かったら泣き叫んでもいいですよ?  でも、すぐに気持ち良くなります。一番、敏感に感じられる薬を調べて選んだので……。痛みもすぐに、快楽になりますよ」

  俺の首元に顔を寄せる。
  さらさらとした明るい髪が頬にあたる。

  発情した熱い吐息が、首筋の肌を焦がす。





  唇が触れるか触れないか、というところで、突然、神代の頭は離れていった。

  横たわる俺に跨がったまま、後ろを振り返り身体を倒す。神代は自分のカバンをたぐり寄せたようだった。

  カバンのファスナーを開ける音。
  何かを取り出すと、カバンを向こうに放り投げた。

  雑な手付きでフィルムを剥がす音。紙の箱を開ける音。カシャカシャとプラスチックが擦れるような音。

 何かを破くような鈍い小さな音が数回、身体の上で響く。

  いつの間にか日は暮れ、窓の外からの街頭の光がぼんやりと部屋を照らしていた。





  神代が持っていた物が、まとめて畳の上に放り投げられ、俺の視界に飛び込んだ。

  お菓子のパッケージのような長方形の箱。薄暗い中で、鈍くギラつくアルミ色の束。派手に散らばるギザギザの正方形。

  その生々しい正体に、俺は血の気が引くほど、打ちのめされた。

  そうか、そうだよな。
  男同士でも、使うのか。
  これを「使われる側」にまわるのか、俺は。

  なによりもゾッとしたのは、この箱がずっと前から、この部屋に存在していたという事実。
 
  部屋に上がりこみ、つまらない話をして笑っていた時から、こいつのカバンには、ずっとこの箱があったのか。

  どんな気持ちで、あの時笑い。

  どんな気持ちで、俺とプリンの話をしていたんだよ。





  いつのまにか、首に息のかかる距離に、神代の顔があった。
  脳内に響くように、耳元で直接囁く。

「終わる頃には、良すぎて、怖くなりますよ。俺と離れるのが……」

  その唇は触れないまま、肌をなぞるように、俺の口元に回り込む。

  神代の熱い吐息を、唇で感じる。

  触れる……。

  触れて、しまう。

  怖くなって、目を閉じる。





「――好きです……まことさん」





  はっとする。

  その切ない響きの余韻を、丸ごと取り込むように、震える息を吸った。

  そうか……、こいつだったのか。

  ずっと、夢の中で、俺を呼ぶ声。

 いた堪れなくなるくらい、苦しそうで、悲しそうで、切ない声。

  ずっと前から始まっていたんだと、今更になって思い知る。そりゃそうだよなと自分でも呆れる。





  こいつは、ずっとずっと、待っていた。

  講義室で、自室で、もしかしたら俺の部屋で、パソコンに向かう俺の背後で、俺を犯すための薬を検索して。

  自由を奪うための薬を計り、丁寧に配合し。

  部屋でつまらない話をして笑うずっと前から、カバンには犯すための道具を用意して。

  そしてこいつはずっと。

  ずっと前から。

  夢の中で、毎夜、俺の名前を囁いていた。

 



 ずっと前から、遠に一線は越えていた。





  俺は、その立ち向かいようのない、圧倒的なものにひれ伏すしかなかった。

  持っていかれるモノのは、身体だけでは済まないのだろうと何故か思う。
  声も、感覚も、意識も、心さえも。





  また、あの悲しい声が聞こえる。

  泣いているような声で、俺の名を呼ぶ。

  聞こえる。

  苦しくなる。

  何か思い出してはいけないものが。
  知ってはいけないものが。
  ぎりぎりのところで塞き止められている何かが。

――優しく傷口を開かれ、溢れ出しそうになる。

  怖い。

  また、聞こえる。

  身体の中の全てを、引き剥がし、もぎ取っていこうとする。





  いっそあらがうことなく全てをゆだねてしまえば、どうなるだろう。

  ふとよぎった思いが、霞のように消えていく。

  見てはいけない。

  知ってはいけない。

  なのに、それは残酷に笑う。

  いつか、あの声が、嬉しそうに自分の名を呼ぶのを聞いてみたい、と。





  それはまあ、例えばの話だが。





  完
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...