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第5章 輪廻転生の旅/天山山脈を渡る因果
過去という現在.35: 蚊龍曼陀羅
しおりを挟む五百人を越す僧達が、石窟の大ホールに結跏趺坐していた。
見上げる程に石窟内の天井が高い。
ホール内の時間が点滴の落ちるスピードで流れて行く。
それぞれの僧達がそれぞれのやり方と言葉で経文を唱えている。
それでもそれが渾然と一体化し、一つにまとまっているのが不思議だった。
「もうすぐ彼らの頭上にビジョンが現れます。生まれた国も教典も違う僧達の祈りを統合するために、開祖が車輪のイメージを共通項にするよう提案され具現化したものです。ただしそのイメージの細部は、見る者の個人差によって変わるのですが。」
そう若水が説明を加える。
赤い光の粒が僧達の頭部から立ち登り、その光は彼らの頭上で集合し、一つの巨大な輪形の塊となった。
宗教関係者に処置者が多いのは、こういった超常ウィースムが見せる奇跡的な光景に惹かれる内面を、結局の所、彼らが隠し持っているせいだろう。
そしてそのイメージは、白竜の目には古代の船を操舵するための巨大な操舵輪の様に見えた。
操舵輪は、祈祷の声の高まりと共にゆっくりと回転を始めた。
「、、あれは何を祈っているのだ?」
白竜の問いに答えようと振り向いた若水の顔に、突然、喜びの表情が浮かんだ。
若水の視線の先に、法衣を着た小柄な老人が居たからだ。
「これは老師様!」
「この者に変わって私が答えましょう。」
ひと昔前のコンピュータによる合成音が、白竜らの背後に、知らぬ間に佇んでいた一人の老人から発せられた。
現在の医療技術なら、電子的な人の声の合成はもっと自然だ。
「彼らは、この星の運命が意味もなく曲がらぬようにと、、言い方を変えれば、そう、世界平和を祈っているのです。物事はガンディ河の流れの様にです。で白竜さんでしたかな?あなたには、僧達の祈りはビジョンとしてどう見えますかな?」
「あなたが開祖か、、。私には、あれが赤く燃える操舵輪に見えます。」
白竜が頭上のビジョンを仰ぎ見て答える。
「お若い方、ギラさんですね。あなたには、どう見えますかな?」
ギラを見つめる老師の瞳に不思議な輝きが点ったが、それは直ぐに消えた。
「僕には若水さんには悪いけれど、まったく車輪には見えません。回転する曼陀羅に見えるのです。」
それを聞いて、老師のコンピュータ合成音は奇妙な笑い声をあげた。
老師の首から胸の上部にかけての黄金色に輝く薄い機械が、まるで装飾過利の胸飾りの様にへばりついているのが僧衣を透してもわかる。
先ほどから聞こえる老師の声は、そこから発せられるらしい。
老師は白い顎髭をしごきながら、このギラの答に目を細めた。
「あれは蚊龍じゃないか!?」
その時、白竜が珍しく動揺した声を上げた。
確かにビジョンの車輪の外周上に、どうやって登ったのか、蚊龍が腰を掛け足をぶらつかせているのだ。
「ビジョンは物質化しているのですか?」
「又、蚊龍のいたずらがはじまった。」
そう言った若水の言葉を否定するように、老師が静かに首を振ったのを白竜は見逃さなかった。
「ビジョンは物質化している訳ではないのですね。だとすると彼はイメージの上に座っている事になる!」
白竜は素直に己の驚愕を、この老師にぶつけた。
「今日は、お二人ともお疲れの様だ。詳しい話は明日にでもしましょう。若水。お二人を部屋に案内して差し上げなさい。」
老師の言葉に逆らう者は誰もいなかった。
夜半、ギラは生まれて初めての高熱を出してうなされていた。
寺の者を呼ぼうと提案した白竜を、ギラは大したことはないと制していた。
が、その発熱は、もの凄く、白竜は何度も彼の汗みずくの身体を拭いてやらねばならなかった。
時が経ち、さすがにうとうととし始めた同室の白竜の看護の手をするりと抜けたギラは、部屋の片隅で、えずき始めた。
「大丈夫か?」
背中をさする白竜の下で屈みこんでいたギラの喉が異様に膨れ上がり、何か白い物を吐きだした。
ベシャリと濡れた重たい物が、床の岩肌に当たった。
内臓の様なそれは、白い肌に生えた触手を暫くピクピクさせたが、やがて動かなくなった。
ギラは手で白竜を押し退けると、指先にエネルギーを溜め、その吐寫物に放出した。
吐寫物は一瞬の内に蒸発して無くなった。
「すいません、白竜さん。今まで黙っていましたが、あの蚊龍という人に出逢ってから身体の調子がおかしいんです。でも今のを吐いてから気分がスッキリしました。まるで生まれ変わったみたいですよ。」
そう言うギラの顔は、今までのマネキン然とした、どうとでも取れる掴み所のない顔から、確かな表情らしいものが読み取れるような顔に変化していた。
「大丈夫です。もう寝て下さい。」
白竜はギラに問いたい事が、山ほどあったが、それを堪えた。
疑問と言えば、ギラ自体の存在が疑問なのだ。
「明日は、色々と老師に聞く事が、ありそうだな。」
粗末なベットに横たわりながら白竜は一人呟いた。
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