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第4章 前哨基地・養鶏場惑星

25: 鳴の計画

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 雷はベイビーの為に、チャパチャリから貰ったチーズの塊をナイフで切り出してやっていた。
 切っては、それをアルマイトの皿におき、ベイビーに差し出す。
 差し出されたベイビーは、それをスープで飲み込むようにして口に入れる。

「もうちょっとゆっくり食べろ。誰もそれを奪ったりしないし、おかわりはいやと言うほどある。」
 ここは雷が丘の麓に設営したテントの中だった。
 森を抜ける小道からは、そう離れてはいないが、テントの回りやカブの側には、目隠しに絶好の藪があった。

「無理だよねー。お腹減ってんだもん。僕がベイビーちゃんのお口からはみ出してるチーズ、押し込んであげようか?そしたらもっと早く食べれるでしょ?」
 そんな言葉を投げかける鳴に、ベイビーが混乱したような表情を浮かべ、やがて涙目になった。
 ずっと今まで鳴は、ベイビーに優しくしていたから、この鳴の言葉に混乱したのだ。

「うーーん。鳴。カーブ投げんなよ。そういうの判るの、俺ぐらいだぞ。それとなベイビー、少しはちゃんとしろ。お前の名は、ベイビーかも知れないが、中身はそうじゃないんだろ?少しは俺達に、お前を助けた甲斐があったって、思わせてくれ。」
 ベイビーは口の中のものを飲み込むと、こっくりと頷いた。
 どうやらベイビーは、目の前の二人に対する警戒心を本当に解いたようだった。
 ところが、そのベイビーが急に嘔吐きだした。

「雷、ちょっと!」
 鳴がベイビーの背中をさすってやりながら雷に声をかけた。
 次ぎに鳴は、その細い顎先を、テントの入り口の方に振った。
 どうやらテントの外に出ろということらしい。
 雷が外にでると、鳴も遅れて外に出てきた。

「なんだ?ベイビーの面倒を見てるんじゃなかったのか?」
「あれは、僕らじゃどうしようもない。つわりだよ。」

「つわり?今、なんて言ったお前?」
「つわりだよ。ベイビーは妊娠してる。」

「はぁ?ベイビーは男だって言ったのはお前だぞ。なんで男のベイビーが妊娠するんだ。」
「それは僕も知りたいよ。でもベイビーのお腹の腸が詰まってる辺りに、なんだか子宮モドキの器官があった。それも取って付けたみたいにね。、、、それにベイビーが孕んでいるのは通常のものじゃない。あれはちょっと調べる必要がある。凄く危険な感じがするんだ。」

「感じ?感じだって?分析命のお前が、感じって言うのか?」
「言いかえれば、分析できない事象がベイビーに起こっていて、その事象については、僕らも無関心でいてはいけないくらいの危険性が秘められているかもって事だよ。」

「僕ら?」
「人間全体、あるいは耕起後の知的生命体全体のと、言い換えて良いと思う。」
 雷は、鳴をまじまじと見た。
 どこでどういう思考をしているのかまったく判らなかったが、鳴が本心で言っているのは判った。
 それに鳴がそう感じると言うことは、雷も本能的な部分で、その危険性を察知しているのかも知れなかった。 

「だったら、これからベイビーに直接話を聞こう。なにが起こったのかをな。それである程度の事は判るかも知れない。」
「無理だよ。それは既に僕がやってる。心理カウンセラーの名人である僕がやって、駄目なものが雷で出来るはずないだろ。それにベイビーは、すっかり怯えている。過去に強烈な何かがあったんだ。ベイビーは、ようやく僕たちに心を開きかけたばかりなんだよ。」

 そうなのかも知れないと雷は思った。
 今まではベイビーというその名の通り、手のかかる精神的に幼すぎる少年だと思っていたが、何かに心底怯えているのだと説明されれば、ベイビーのこれまでの態度は腑に落ちた。

「ここはチュンガライが折角教えてくれた場所だが何かヤバイ。さっき偵察に出てみてそれがよく判った。だから俺は、ここから速効で退却したい。でもそのヤバさが、何なのかだけは知っておきたい。、、、後々の為に知っておく必要があると思う。それは、お前と同意見だよ。だからベイビーの事、なんとかならないのか?」


「ねえ雷、君は僕が君のエコーであり、同時に精神治療プログラムとプロテク人体制御フィードバックシステムのハイブリッドだって事を知っているよね。」
「何を、今更、」

「最後まで聞いて!僕が君のエコーであれる理由はなんだい?」
「それはプロテクが、常に俺の思考をトレースしてるからだ。」

「じゃそのトレースをしてるのは、主にどの部分?」
「、、別にない。頭に電極を差し込んでる訳じゃないからな。それこそプロテクは常に俺の全身の神経をモニターしてる。それで俺の身体とプロテクを効率よくシンクロさせているんだ。だが、あえて言えば、その機能が多く集中しているのは、大脳近くの頭部インナーシェル。あるいは通常そのシェルを収めてある首回りと肩胛骨の間のプロテクトブロックだ。」

「それと、もう一つあるだろう?」
「もし、頭部アウターシェルを装着したら、頭部アウターシェルもそれに該当する、、、。あれは戦闘では無用の長物の代物だがな。、、ってお前、まさか?」

「そうだよ。それだ。頭部アウターシェルを起動させて、ベイビーの頭部に装着するんだよ。」
「馬鹿をういうな。頭部アウターシェルは俺専用だ。あれを起動させたら、すぐさま俺の思考にリンクするんだぞ。」

「と同時に、頭部アウターシェルは、自分が装着された者の思考も読み取る。それは分離パーツの特性だね。つまりそれにリンクしてる君は、ベイビーの頭の中をのぞき込める。」
「、、そんなに上手く行くのか!?」

「もちろん、雷のプロテクが只のプロテクなら、端からそんな事は出来ないよ。ところが雷のには、僕が入っている。僕がなんとかしてみせる。難しい事じゃないんだよ。現に僕は、常に雷の中に入り込んで、雷の精神状態が最も安定するように、鳴として何時も君に関わっているじゃないか。」
「、、だとして、どうやってベイビーに、あのアウターシェルを被らせるんだ?何か嘘でも付くのか?」

「簡単だよ。雷がマジになってベイビーに、俺の為にこれを被ってくれと頼んだら、ベイビーはアウターシェルを被ると思う。つまり僕の見立てだと、ベイビーはそれ位、君を信用してる。と言うか、信用したいと思ってるんだ。くやしいけど、それはずっと彼の事を面倒見てきた僕じゃなかった。そこが、人間の心理の面白い所だね。」
 鳴はいつものように、最後は自分の言葉をちょっと捻ってみせた。

 雷は先程、鳴がベイビーに対して少し意地悪な態度に出たことを思い出した。
 ・・・嫉妬心?いやまて、それは自我の領域だ。
 鳴は確かに、世界中の倫理上の価値観まで網羅した高度の精神治療プログラムであって、時々そのせいで、独立した自我を持っているのかと錯覚を起こす事が多々ある。
 しかし、いくらなんでもプロテクに搭載されるような規模の人工知能に、自我の獲得はあり得ないだろうと雷は思った。
 それともプロテクに、この細工をしてくれたダヤク・マナングが、何か他のものを仕掛けたのだろうか、、。
 確かに、このプロテクの中には、プロテクには不必要と思えるほどの膨大なメモリ空間がある。

 鳴が、雷の最後の判断を仰ぐように、雷の顔を見つめていた。
 ・・・いややっぱり、それはあり得ない、鳴という名の精神治療プログラムは、単にプロテクの核とも言える人体シンクロフィードバック制御プログラムのアドオンの形で組み込まれたものの筈だ。
 雷は鳴の顔を見て、その疑念をもう一度否定した。

「、、やろう。それしか方法はなさそうだしな。」
 鳴はその雷の答えに、コックリと頷いてみせた。








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