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第2章 カブ、大平原を行く

11: 幻野のポストマン

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 雷がその男と出逢ったのは、巨大岩山を出て3日後の昼過ぎだった。
 プロテクのアナライザーは早い内から、男の乗る巨大3輪バギーの後方に備え付けてある機関砲についての警告を雷に送っていた。
 ただ一方、アナライザーは、「闘気」などの肉体の特徴については男の身体から探知しなかったし、なによりも、バギーのチョッパーハンドルに取り付けてある金属ポールに、はためいているのは白旗だった。

 したがって雷は、自分の進行方向に、右手側から物凄い勢いで突っ込んで来るこの巨大3輪バギーに対して、迂回行動を取るのを躊躇っていた。
 というよりも、「なぜ俺が避けるのか」という、ちょっとした意地が働いたのである。

 サイドカーの座席には、弾が一発残った対物ライフルが突っ込んである。
 先の闘いで、ライフルは完全に雷のプロテクとシンクロしているから、次の使用では残弾が一発でも充分だった。
 3輪バギーがいくら大きくても、一回の射撃で粉々に出来る。
 それに射程距離は、機関砲にくらべてこちらの方が遙かに長い。
 つまり対物ライフルの射程距離から相手の機関砲の射程を引いた差が、雷にとっての安全距離と言えた。

「ちっ、イライラするな。一向にスピードを落とす気配がない。一体、何のつもりだ?」
 雷はカブを平原のど真ん中に駐めて、サイドカーから対物ライフルを抜き出し、それを肩付けで構えた。

「まさか、それで撃ったりしないよね?」
 雷の横で鳴が言った。

「相手次第だろ、、。けど、なんで減速しないんだ?こっちに狙われてるのは、もう見えてる筈だ。馬鹿なのか?」
「逆に敵意がないからじゃない?ほら、あの機関砲、銃口が上向いたままだよ。あれって銃座が回転式になってて、それを動かすモーターまでついてるよ。たぶん、やろうと思ったら運転したままでもリモートで機関砲が使えるやつだ。」
 鳴はプロテクのアナライザーと繋がっているから、その程度の分析は簡単にやってのける。

「それか、いきなり、ズドドドだな。それにプロテクの闘気アナライズは、あまり信用するな。中にはニコニコ笑いながら、平気で人を殺すやつだっている。」
 雷はライフルを下げずに言った。


 しかし、その『いきなり、ズドドド』は、いくら経っても始まらず、そして雷の構えるライフルの射程にとうに入り込んでも、この男の運転する巨大三輪バギーは減速することなく突っ込んできて、雷達のカブの前で急停止したのだ。
 雷は、呆気に取られる形で、この男の接近を許したのである。


「よう!旅の人!」
 三輪バギーが停止する時に起こした土煙の中で、シートにふんぞり返って今までバギーの運転をしていた男が片手を上げた。
 見れば、目の回りを覆っている飛行眼鏡以外は、土や埃などで相当汚れた顔をしている。
 頭頂が禿げ上がっている代わりに伸ばしているといった感じの側頭部の髪や口髭や顎髭は、元は白かったのだろうが今は灰色だ。

 男は飛行眼鏡を額に上げながらバギーを降りて、雷達に近づいてきた。
 ユニバーサルフォースの言語ブリッジが働く「ゲ」の字の気配もなかった。
 完全な同郷の人間のようだ。
 そうとう腹も出ていて、肥満体といって良かったが、その動きは意外に機敏だった。
 雷は対物ライフルを、しぶしぶ肩から外した。

「なんだよ、おっさん!そこで止まれ!おしかけて来たのはそっちだろ?馴れ馴れしく、こっちに来る前に、そこで名を名乗れ。用件を言え。」
「やれやれ、忙しいお人だな。儂はポストマン3号だ。用件は、、まあ営業活動ってところかな。儂らはこうやって事業を拡張するんだ。」

「ポストマン3号?俺は名前を聞いているんだ。」
「だからポストマン3号だよ。姓はポストマン、名は3号。耕起の世の中、元の人の名を名乗ってなんの意味があるんだ。」
 男はそう楽しそうに言った。

「3号って事は、1号も2号もいるんだよね?」
 鳴がいつものように二人の会話に割り込んでくる。

「ああ、いるな。今の所、十五号までいる。儂らは、その十五人で郵便業務をやってる。」
「この幻野でか?この幻野で、手紙とかを届けて回っているのか?」
 雷が呆れたように言った。

「ああ、そうだ。手紙が主だが、時々は小包程度のものなら、それも請け負う事がある。今もある手紙を届けてる、最中だ。」
「あちこち、動き回っているんだな?地図は?まさか、『地球の躓かない歩き方』を使ってるんじゃないだろうな?」
「まさか、あんなポンコツを使うわけがないだろう。いや儂も、始めて一人で放浪をし始めた時は、あれにご厄介になったから、そう足蹴には出来ないがね。」

「ふーん、だったら、どうやって郵便ネットワークみたいなのを作ったの?あるんでしょ、そういうの?」
「こちらの人は?旅の人。あんたの弟さんかね?あんたと違って、随分、頭が良さそうだ。」
 ポストマン3号と名乗った男は、鳴の可愛らしい姿に相好を崩して言った。

「、、てめ!」
 そう言いながら雷は、自分の指が、ずっと下に銃口を下げた対物ライフルの引き金にかかっている事に気づいた。
 雷はそれを相手に気取られぬように、そっと指を離した。

「儂ら十五人は、始めは、あんたらみたいな旅の流れ者だった。皆、それなりの事情持ちだったって事だな。しかしどんな事にも終わりは来る。旅の目的を果たせたもの、挫折したもの。しかし皆、旅の魅力からは逃れられなかった。そこである人間が、、、つまりそれが、ポストマン一号なんだが。どうせなら、まだ旅に意義を感じて流れて歩いている人間達の為に、自分が役に立ってやりたいと考えた訳だな。それで見つけたのが、この郵便配達って仕事さ。このポストマン一号が、現在の郵便ネットワークを人間自体で、造り上げた。一号から十五号まで、それぞれ、自分が、長い間、彷徨ったエリアを持っている。それを繋ぎ合わせて、郵便物を目的の場所まで運ぶって仕組みだ。」

「それって、凄いよね。十五人の記憶や知識を集めたら、きっと凄い地図ができるんじゃない?」
「いやいや、それは無理だよ、可愛い弟君。幻野はそんなに甘いもんじゃない。儂ら一人一人のポストマンが知っている耕起世界は、そのほんの一部分にしかすぎないんだよ。」

「だったら、郵便配達とは言ってるけど、そいつの中身は相当いい加減なもんだろ?俺達のやる旅と、そう変わらない筈だ。」
 ここまで旅を続けてきた雷には、耕起後の世界の苛烈さを嫌と言うほど知っているし、その中で、郵便業務など成り立たつ筈がないと思っている。

「そうだよ、否定はしないね。だから儂らは、一つの手紙を届けるのに命を張ってる。手紙の差出人が、自分の故郷に手紙を送って、その故郷に帰ってきたら、そこから数ヶ月送れて、我々ポストマンが、ようやくその手紙を配達できたって話もある。だが、それで文句を言った差出人は、今まで一人もいなかったがね。皆、旅の苦労を骨身に染みて知っている。」
 雷はその言葉を聞き終わって、対物ライフルを元の場所に戻し、再び男と向き合った。

「話は大体判った。で、手紙一通の配達料金は、幾らだ?」
 男は太い指を目一杯広げて、雷の前に突きだした。
「ファイヤービーンズ、5個。専用用紙、筆記用具付きだ。そんなのを持ってる旅人は、まずいないからな。」

「、、、あんたら、たったファイヤービーンズ5個で、命をかけてるのか?」
「そうだ。儂らが運ぶのは手紙だからな。これでもふっかけてると思ってる。人の思いを、遠くの人間に運ぶんだ。それで、人が払えないような値段を付けてどうする?しかし、運ぶ我々も、楽な旅をするわけじゃない。これでギリギリだ。」
「登場した時から、馬鹿だろって思ってたけど、ほんとに馬鹿だ。」
 雷が呆れたように言った。

「出すんだ?手紙だすんだよね!雷!」
 そう嬉しげに言う鳴に雷は頷き、苦く笑った。



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