姿食堂始末記 ヤンキー君は隠れ、男の娘は惑う

Ann Noraaile

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第1章 望郷

01: 馬の口バス停

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 そのお姉さんとは、馬の口バス停で出逢った。
 入道雲が白くギラギラと輝いて、浮いていられるのが不思議なほどカチカチに見える日だった。
 バス停の表示板が打ち付けてある木製の支柱に、見覚えのある型のマウンテンバイクが立てかけてあった。

 チェーンが見事に外れている。
 お姉さんはそれを修理しようとして屈み込んでいた。
 白いTシャツがずり上がって、お尻の上の背中が少し見えている。
 水気のまったくない砂利道に、黒々とくっきり落ちた影は、自転車の直線と女の人の丸みが混じりあって不思議な形に見えた。
 なんだかドキドキした。
「勇坊も色気づいてきたけぇ」、、この前、茂おじさんが冗談めいて笑いながら言った言葉を思い出す。

 バイクは鶴丸ホテルのレンタルだから多分、観光客だろう。
 「鶴丸とこのは何でも格好いいがすぐに壊れる」とは、大型クルーザーまで持っている鶴丸さんへの半分やっかみの入った島の衆の噂だけど、自転車については僕もそうだと思う。
 今月に入って、自転車で立ち往生してる観光客をもう3人も見た。
 でも馬の口の方角には、観光客がサイクリングに出かけるような名所はないはずなんだけど、、。
 ちらっとそんな事を考えたけど、僕はお使いの途中で、あまり時間がない事を思い出して、自転車のペダルに力を込めた。

「ちょっとお。見捨てないでよ。そこのガキんちょ。」
 後ろから声がかかった。
 仕方なく僕は自転車を止めて、それを押しながら、おそるおそるお姉さんの所にもどった。
 お姉さんの声が、その外見に比べて、吃驚するほど元気で、逆らえないものだったからだ。

 この迫力、なんとなく同級生のミヤコに似てるなと思った。
 チェーンは直接触る事を嫌がらなければ、簡単に直る外れ方だった。
 お姉さんの手元を見ると、ちっとも汚れていない。
 これじゃ直るはずがないけど、、吃驚するほど長くて宝石みたいな爪をしてたから、油だらけのチェーンを触りたくないのは仕方がないのかなと思った。

 それより僕は、お姉さんが、僕がチェーンを直している間中、じっとこっちを観察しているのが気になって仕方がなかった。
 香水の匂いが心地よかった。
 お母さんも時々、香水を付けるけど、お母さんのは臭い。

「ふーん。ボクって今時、丸坊主なんだぁ、、。めずらしいね。恥ずかしくない?」
「ううん。簡単でいい。」
「ははっ、この子たら何が簡単なのよ。わかんないよ。」
「名前は?」
「神無月勇太」
「あっ、神無月の分家筋なんだね。純粋の島っ子ってわけだ。」
 チェーンが外れているのを直して、歯が欠けるかして使いものにならないギアの組み合わせも変えた。
 これで暫くは保つはずだ。

「勇太。頭、汗びっしょりだよ。汗の粒が髪の毛の先で光ってとっても綺麗。」
 汗をかいた頭を見て綺麗だと言われたのは生まれて初めてだった。
「治った。」
「そ、ありがと。じゃ、ツムジまで競争しない。たぶん途中まで道一緒でしょ?」
 お姉さんは僕の返事も待たずに、嬉しそうにバイクにまたがる。
 吃驚するぐらい足が長い。
 それにあんなにピッタリしたジーンズをどうやって穿くんだろうと思った。

「行くわよ。」
 お姉さんが走り始めたので、僕は思わず自分の自転車に飛び乗って、それを追いかけた。
 ツムジは、小さな漁港の通り名だ。
 本当の名前は苅田っていう。
 この道をまっすぐ行くと、長い上り坂が続く。
 丁度それが終わる頃、海に向かって下っていく脇道があるんだけれど、そこを下りきった場所がツムジだ。

 ツムジには良い飛び込み台になる突堤がある。
 島には、形だけなら飛び込むのにいい感じの海に向かった突堤が沢山あるけど、冷たくて透明で流れの速い湾を持っているのはツムジしかない。
 ツムジっていう名は、そのままこの海の渦巻くような流れから、名付けられているらしい。
 観光客は来ないけれど、島の泳ぎの巧い子たちのとっておきの場所だった。
 突堤を全速力で走っていって、海に飛び込む瞬間は、自分が空にフワリと飛び上がった感じがして最高だ。

 坂道で僕の少し先を行くお姉さん。
 その背中に広がった茶色い髪の毛の下で、汗がにじんだ白いTシャツが見える。
 さっきチェーンが簡単に外れないように、ギアを一番安全な組み合わせにしたのだけれど、それは坂道を楽にあがれるようなものじゃない。
 だからお姉さんが、ペダルを精一杯踏んでもスピードはあまりでない。

 僕はそれを追い抜くわけにもいかないから、お姉さんの後をずっとついて行った。
 でもツムジへの下りになる「別れ」に近づいた時は、わざと負けるわけにはいかないので思い切り飛ばした。
 僕には、お使いが待っている。

 お姉さんのバイクを追い抜く時、お姉さんがこちらを向いて笑った。
「ガキんちょ。ずるいぞ。じゃね。」
 お姉さんは、片手をあげてバイバイをすると、ツムジに向かって駆け下りて行った。

 僕は道を少し上がってツムジ全体が見下ろせる場所に来てから、お姉さんの様子をもう一度眺めた。
 お姉さんは、崖を斜めに下り降りていく脇道をあっと言う間に通過し、ツムジの突堤まで辿り付いていた。
 そして突堤の中央で自転車を飛び降りたお姉さんは、いきなりジーンズを脱ぎ、裸足になって駆け出した。

 真っ白な長い脚が大きな歩幅で海へ向かい突き進んでいく。
 そして最後にTシャツを脱いだかと思うと、跳び、空中で膝を抱えるように一回転しながら海に飛び込んでいった。
 お姉さんの水着は、島にやってくるどの観光客のものより、まっ黄色だった。


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