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第1章 赤と黒
06: アストラルとゲヘナ
しおりを挟む「おはよう、ダンク。それにしてもお前、凄いものを、見つけたな。」
アレンが興奮した口調で、起き抜けの葛星を振り返った。
アレンの前のコンソールは、清涼飲料水の空き缶とチョコレートとポテトチップスの残骸が散らかし放しになっている。
血ではなくジャンクフードが大好きという、とんだ吸血鬼がいたものだ。
葛星は散らかったゴミを丁寧に集めてゴミ箱に捨てる。
その様子は、どこか躾の良い良家の素直な少年のようにも見える。
普段、葛星が醸し出している雰囲気とは随分違うものだった。
アレンは、葛星が持ち帰ったプラグコードの一部と人工皮膚を徹夜で分析していた。
葛星はその間、彼らのケーブに置かれた安物のソファであまり深いとは言えない睡眠をとっていたのだ。
葛星は記憶を失っている事を自覚した直後から、深い充実した睡眠をとった事がない。
全ては連夜の様に見る訳の分からない悪夢のせいだった。
あの鎧を装着するようになってからは、その悪夢は、ますます色を濃くしている。
したがって彼の寝覚めはすこぶる機嫌が悪い。
「礼なら、俺達の骸骨野郎にいいな。それとも、わざと手がかりを一本だけ残してくれた警察かな。」
葛星は、自分自身が感じている不安を口にした。
この発見は、何かの罠なのか?という思いである。
「いいや違うね。警察はわざとこれを残した訳じゃない。見つけられらなかったんだよ。付着してた体組織を見れば判る。ってか奴らは自分の目より、判別機の結果を信用してるからな。知識はあるが、頭ん中がポンコツなんだよ。判別機が白と結果を出せばそれ以上の事はしない。ご大層な顕微鏡なんか持ち出さないよ。」
まさかとは思うがそれが実態だった。
この世界には系統だった科学がないのだ。
あるのは先人が残してくれた便利な機械だけだった。
「それにこのプラグケーブルはバイオメタルだ。ロストワールドの判別機の技術レベルなら見つけられたかもだが、今のアクアリウムの電子的な精査じゃ無理だ。それに科研はキングの要請があったから精密検査のために、ジュニアの死体を、お得意のミキサーに掛けられなかったんだ。だから彼らの手法では、ここに潜り込んだプラグは見つけられなかったんだよ。斑文明のもたらす悲哀ってやつだな。」
アレンはこういう分析・推理をさせると超一流の能力を発揮した。
それだけの知能があり真面目に努力することを厭わなければ、彼の故郷であるゴミためのような街からでも随分前に脱出出来た筈だった。
だが彼はそれをしなかった。
いや出来なかったのだろう。
「そして驚異の視力を持つ骸骨野郎がそれを見つけだしたって訳だ。その手を使って、骸骨野郎の前の持ち主は、何人もの善良な人間を手玉にとって来たんだろうな。」
アレンは、寝起きの葛星の不機嫌さを無視して喋り続けた。
徹夜明けにも関わらず元気がある。
この男は「発見」が好きなのだ。
アレンが目新しい機械に金を注ぎ込むのもそのせいだった。
その「発見」がどんなに下らないことでも、大層素晴らしい意味を持つ事でもかまわない。
謎解きと発見こそが、アレンの生き甲斐だったのだ。
「いいかい、よく聞いてくれよ。このプラグコードは、今流行のバーチャルに使用されるものによく似てはいるが、全く別物だ。こいつのデータを探し出すのに半日かかった。一体どこのエリアに、このデータがあったと思う。アストラルさ。」
「アストラル?天体?中央のデータゾーンエリアにそんなネームはなかった筈だぜ。政府がいったん諦めた宇宙開発プロジェクトを、又、立ち上げようとしているのか?」
「そうじゃない。覚えていないのか?二年前に俺達二人で行ったじゃないか?」
二年前と言われて葛星はゲヘナの事を思い出した。
葛星は、アレンの案内で、失われた記憶を見いだすべく、彼らがゲヘナと呼んでいるアクアリュウム世界の地下下層部に出かけている。
地上世界に葛星の記憶を取り戻す鍵が、見あたらないのなら、それはゲヘナにある可能性もあったからだ。
「ゲヘナか?お前が言うアストラルって、ゲヘナを地上で管理してるアストラル社の事を言っているのか?」
葛星が驚いたように言った。
「みんな勘違いしてるけど、アストラル社はゲヘナを管理してるわけじゃない。どちらかというと、その逆だ。アストラル社の実体はゲヘナの地上世界への出島みたいなものだよ。、、、でダンク、どうやら俺の話を本気で聞くつもりになったらしいな?それじゃ、お前の頭をよりすっきりさせる為にクイズタイムといこうじゃないか。」
アレンが嬉しそうに言った。
普段の葛星なら、自分の発見とやらに浮かれきって小生意気になっているアレンの態度を一喝している所だが、ゲヘナの話が持ち出されて彼の態度は和らいでいた。
結果的には、ゲヘナに彼の求める記憶の手がかりはなかったが、2年前の訪問以来、葛星はゲヘナに対して奇妙な懐かしさを抱くようになっていたからだ。
「ある種の男達は女に成りたがる。その為に女の身なりをしたりする訳だな。病が高じた奴は、肉体の改造までする。しかし、社会的な立場があってそれが出来ない人間はどうする?」
「ジュニアとプラグの関係を言っているのか?そんな事は子どもにだって判る。高級バーチャルクラブで女の体験をしてたんだろう。あそこなら本物の女になれる。プラグを身体に埋め込むと強烈な疑似体験が得られるそうだし、その為のプラグと、仕事用のプラグは兼用できるから、プラグイン者でも、使用歴や性癖を疑われる事はない。ジュニアの首にあった筈のプラグは、それで説明がつく。」
「不正解だ。そんなありきたりなプラグなら、死体と一緒に残っていた筈だ。本人にはそれを隠す必要がないんだからな。そうだろう?そして犯人はどこでどうやってのけたのか、プラグ本体を回収している。あの残った一本は、犯人の痛恨のミスってわけさ。」
アレンはにやりと笑った。
「話を戻そうか。疑似体験は疑似体験に過ぎない。女装者は己の身体、あるいは存在自体の変容を求めるんだ。しかもそこには自己矛盾があって、彼らは完全に女になってはいけないんだ。どこかで男の目で、女に変容している自分を見つめていたいという気持ちが働く。」
「訳の分からない事を言うな。要するに俺の推理は子ども並だと言いたいのか?」
「まぁ、そう苛つくんじゃないって。次の質問だ。一般的に言われる地上世界とゲヘナの差はなんだ。俺達は実際にゲヘナを目にしているから、この質問はかえって難しいか、、、、。あくまで地上世界で一般的に言われている差を答えてくれ。」
「ゲヘナとは、マイナスイメージでは光の当たらない場所。労働者の世界。海面下。死の世界。対立の言葉で、考えてみるか。アクアリウムの享楽の世界に対して、ゲヘナは創造の世界。ママス&パパスにたいしてアストラル。、、、。まさか!キングの対立者っていうのはゲヘナ、いや地上で言えばゲヘナと通じてるアストラル社の事か?」
ここで初めて葛星は、ジュニア謀殺の首謀者の第一候補として、『キングの対立者』が上げられる可能性に気づいた。
地上では無敵のキングだが、もう一つの世界を持ち出すのなら、彼と同等の力を持つ敵対者が存在するのだ。
それは地下世界のゲヘナだった。
「俺達は初め、キングを辱めた人間はこの地上にいると考えていた。所が、今のところ地上でのキングの権力は絶大すぎて該当者の当たりが付かなかった。しかしゲヘナという対極の世界には、キングの対立者が存在する可能性が大いにある。」
「、、別に俺達がぼんくらだった訳じゃないさ。誰も、そんな突拍子もない話は思い浮かばない。ゲヘナと地上は、永きに渡っての支配と被支配の隔絶状態が続いているからな。今でも、俺はお前が考え出したその可能性を低く見ている。第一、今回の事件がどこでゲヘナの出先機関であるアストラル社と繋がるんだ?」
「そこで、話がプラグに戻るんだよ。いいか?今さっき、お前さん自身が言っただろう。ゲヘナはプラスイメージでいうと創造の世界、あるいはフロンティアの世界とも呼ばれている。奴さん達は、未だに、この世界から人間達を外の世界に連れ出そうとしているんだ。経路は?空は、勿論だめだ。空雷があるからな。陸は?俺達サルベージマンでさえ二週間ともたない。海は?これは可能性があるが、空気がない。しかしあれもこれも、生身の人間がやろうとするからだ。」
「判ってるさ。ビニィたちを作る最新技術は、いつもゲヘナから流れ込んでくる。外を開拓するのにゲヘナでは、マシンマンを始め、人間以外のものを使おうとしている。 今じゃ、そいつらを使って取り出した海流エネルギーと地熱エネルギーで、ママス&パパスのエネルギー制御技術がなくても、地上と地下も含めて、この世界全体を維持できるとアストラル社は豪語している。」
「表面上はな。実際の所は判らない。しかし、アストラル社がそこまで言うには訳があるのさ。外界開発の最後の切り札が出来たんだ。それがお前さんがジュニアの首から見つけてきた、プラグさ。あれは、バーチャルの仕組みを高度に利用した遠隔操縦装置だ。この世界のプラグでは、データに繋がるのが限界だが、ゲヘナで開発されたプラグは、マシンやビニィの頭脳に直接繋がる。人間はこの世界の中にいながら、外界で無制限に活動できるんだ。」
「つまりジュニアは、そのプラグで(女)のビニィに入り込んでいた、、、?」
「そう、それが正解だろう。完全な女装だ。」
「それが事実なら、アストラルが、いや、ゲヘナの人間達が、この地上に出てきて暗躍してる事になるが?」
「その実態が判れば、今回のキングの依頼は半分解決だ。」
アレンが得意げに言った。
「、、お前の推論が正しければだな。ところで人工皮膚の方は見当が付いたか?」
「販売、あるいは製造できる人間なり企業が、闇のルートも含めて、地上世界だけで百五十件該当がある。全部、各地に散らばっているから、俺達の行動範囲で直接調べられるのは、その内四十五件。残された期限から考えると、」
「もういい。人工皮膚はメインから外して、今後の捜査の主流は、その最新型のプラグに絞り込んでいこう。」
葛星はアレンの長口上を遮った。
「それに今回の依頼に限っては、お前と俺は別行動を続けた方がいいだろう。人工皮膚の方は聞き込みはせずに、データ検索中心でお前がやればいい。プラグの方は俺が引き受ける。ジュニアが失踪する直前の記録は手に入ったのか?」
「キングの代理人の楊 高明が、ジュニアの個人秘書を紹介すると言ってくれた。ただし、当たり前だが、事件の内容は、その個人秘書に対しても伏せろという事だ。ママス&パパスの中でも、事件の真相はごく一部しか知らされていないらしい。」
「判った。その個人秘書には俺が会いに行く。」
立ち上がり掛ける葛星を見上げてアレンが、心配げに言った。
「ダンク、お前、ゲヘナって場所が気に入ってるだろう?もしゲヘナとこちらと、どちらかを選ばなくてはいけないはめになったらどうする?」
「私情より仕事が優先だ。取り合えず依頼を受けた方になるだろうな。今度の仕事は普通じゃない。下手すりゃこっちの命も危ない。それに妙な気を回すなよ。ゲヘナが俺の故郷と決まった訳じゃない。お前が、俺を見つけてくれたのは、あの光の壁の近くなんだ。ゲヘナじゃない。」
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