混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile

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第1章 赤と黒

09: ジュニアの移動方法

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「小説なんかで読むと、探偵さんは普段から拳銃を持っているものだと思いましたわ。」
 シャーロットが、ナプキンの下に彼女の拳銃と予備の弾倉を隠してテーブル越しに葛星に押し出した。
 シャーロットがショルダーバックから、これらの物騒なモノを取り出した時には、さすがに葛星も驚いた。
 きっかけは、葛星の食事中のつまらないジョークだった。
 つまり、『拳銃は質草に入れてしまった。ジュニアの失踪現場はやばい場所だろうから丸腰では不安だ。』といった類の貧乏探偵らしいジョークだった。
 それに対するシャーロットの反応がこれだったのだ。

「どうしてこんなものを持っている?」
 葛星の言葉は、トスキャーニアの店の派手なショータイムの騒音のせいで、正確な口調はシャーロットに伝わらなかったものの、それは明らかに詰問だった。
「私、拳銃所持証明書も持ってましてよ。なんなら見せて上げましょうか?それに格闘技は、人に教えられるレベルまでいってるの。ジュニアの個人秘書はそういう条件がいるのよ。」
 拳銃を葛星に見せた瞬間に彼女の口調が、いや態度が少し変わったように思えた。

 葛星は車の中で交わした彼女との会話を思い出した。
 確かに生まれも育ちも上流階級の出身から、拳銃を持ち歩く様な女性は生まれてこないだろう。
「さぁ行きましょう。時間だわ。これから先ジュニアの行動を再現できるかどうかは貴方次第。私が手伝えるのは、ここまで。」


 シャーロットが葛星を連れて行ったのは、トスキャーニアの店内の豪華な男性用化粧室だった。
「トイレか、、。ジュニアは水洗の水で流れていったのか?」
 続けて葛星は水洗の擬音を真似て見せた。
「冗談は言わないで。私は黙ってジュニアが消えるのを見ていた訳じゃないのよ。おかしいなと気づいた時から、それとなく後を付けていた。事が起こってからでは遅いから、、。」
 そこまで雇い主の事を心配してくれる秘書はそうザラにはいまい。
 もちろん、それに見合う高給は得ていただろうが。

「私が付けていけないのは、こういう場所なの。それにここはトイレ番の詮議が厳しいし、理由をつけても女性は入れないのよ。周辺も探してみたけど、外に出られる抜け道は他にはないわ。何かあるのよ、絶対に。この事は警察にも言ったけど、信じてくれなかったわ。挙げ句の果てに素人が探偵の真似をすると怪我をしますよ、これからはお止めなさいお嬢さんですって。笑っちゃうわね。」
 秘書としての自分の意地を試されたと思ったのか、彼女の口調が少し強くなった。
 やはり、始めて会った頃と比べると、彼女の口調は随分砕けたモノに変わってきつつあるようだ。

「ここは超一流のクラブですよ。警察の感じ方にも無理はないと思いますがね、、。一応調べては見ますが。」
 一流クラブの男性化粧室に、探検に出かける探偵に、わざわざ拳銃を貸し与えるような危険性があるとは思えなかった。
 しかし、それは愛する上司を失踪させてしまった元秘書の責任感がなせるものとして葛星は、シャーロットに頷いて見せた。

「拳銃の安全装置の外し方が判るかしら?それは普通のと違って」
「K25型はグリップエンドの底を二度度叩くんだよな。」
 葛星は苦笑いしながら言った。
 葛星は通常、拳銃を持ち歩かない。
 強力なビニィを相手に、一般的な銃火器は通用しないからだ。
 しかしだからと言って、拳銃の操作に疎いわけではない。

 今回の捜査にしても、銃火器の必要性がないとは言えなかったが、かといって、葛星が普段使う強力無比の破壊力を持つ改造ショットガンを持ち歩ける訳がない。
 拳銃は人間を殺傷する為の物だ。
 葛星はそんなモノで人間を傷つけるつもりはない。
 やるなら己の身体を使ってやる。
 それ故の丸腰だった。

「ご免なさい。、、私、貴方と出会ってから何度謝ったかしら。ここの支払いは済ませておく。デジキャッシュでね。だからハンドナビは約束よ。」
 シャーロットは別れ際に素早く葛星の頬にキスをした。
 その様子を、トイレの入り口にある小さなブースから、シャーロットがトイレ番と呼んだタキシード姿の老人が無表情に見つめていた。
 ・・思いこみの激しい女性だ。
 ・・まるで今生の別れみたいだったな。
 ・・こんなトイレに何がある。
 そう思いながら、葛星は化粧室の中を見渡した。

 確かに高級クラブのものだけあって、一つ一つの個室で生活が出来そうなぐらい広い。
 手を洗っている先客が一人いたが、入って来た葛星の姿を見るとそそくさと出ていった。
 何気なくベルトに挟んだK25型がかいま見えたのかも知れない。
 葛星は丹念に化粧室の中を細部にわたり調べていく。
 シャーロットはここに全ての秘密を解く鍵の様なものがあると信じ込んでいるようだが、警察も全力を挙げて調査はしたはずだ。
 そこで一介のビニィハンター風情が新しい発見をするわけがない。
 鎧を着用していれば話は別だが。
 葛星は鎧を着込んでこのトイレを調べている自分の姿を思い浮かべて苦笑いを浮かべた。

「トイレを徘徊する怪物か、、子どもの漫画にもでてこないぜ。」
 その瞬間、葛星の背中の蜘蛛の形をした薄い腫れの部分がうずき、そして彼の脳裏にフラッシュバックが閃いた。
 それは、このアクアリュウム世界の隅々を神経の様にはい回る配管地図だった。
 葛星の失われた記憶が時折、堰を切ったように溢れ出るのか、あるいは、この事自体が天から授かった葛星の能力なのか、はたまた何かもっと別の原因なのか、彼には時々こういった事が起こる。
 もっとも普通はそれが起こっても、それが何を意味しているのか、つかめない場合が多いのだが。
 だが今回は不思議な事に、それが判った。

「ジュニアは水洗の水で流れていった。そう、ビンゴだ!。」
 自分の頭の中で点滅するフラッシュバックが消え去ってしまわないように、急いで葛星はトイレの個室のドアを次々と開けていった。
 葛星は、ついにジュニアが流れ去ったドアを見つけた。
 それは、他の個室のようにカモフラージュして作ってある清掃用具入れスペースの奥まった壁にあった。
 清掃用具の林の奥にあった壁の人がつま先立ちになって伸ばした指先に届く位置に、そのカバーがあった。
 葛星は、清掃用具を左右に寄せカバーの前に立った。

 カバーの色は壁と全く同じ、上端にほんの少しだけ爪が掛かるようなスリットがある。
 葛星はそこに爪をかけると手前に引いた。
 するとその部分を上端とした長方形がカタンと下に回転した。
 姿を現した液晶パネルと小さな5つのボタン。
 607P5、フラッシュバックはそれだけを伝えて消え去った。

 葛星にはそれで十分意味が分かった。
 男子化粧室から人が消える仕掛け。
 わかって見れば不思議でもなんでもない。
 警察の科研チームが持ち込むアナライザーでも検出できない仕掛け、それは、政府公認の当たり前すぎる仕掛けだったからだ。

 この世界は、汚染され尽くした外界から、切り離され、そして完全に密封された水槽・アクアリュウムだ。
 だからこそ、アクアリュウム内の下水処理・空調処理・廃棄物処理・それらのリサイクルなりネットワークは完全なものではなくてはならない。
 結果的に、それらの設備は膨大かつ精密なものになる。
 そして、この世界全体を網の目の様に張っているこれらの大小さまざまなパイプ群を人間の手によってメンテナンスする事は実際上不可能である。

 従って、これらは「中央」で制御される。
 では、「中央」で制御できない不足の事態が起こったらだれが処理をするのか?
 過去には、その対策が講じられていたのだ。
 今は、ほとんどのものがその方法を知らない。
 いや、記録はあるのだから、知らないというのには語弊がある。
 知ろうとしないのだ。

 この世界を運営しているテクノロジーは高度すぎる、そしてそれを支えるための、テクノラート人口は余りにも少なすぎる。
 人間の手に余る全ては、「中央」に連結されたシステムロボットに委託される。
 それがアクアリュウム世界の宿命だった。
 ・・607P5、それがこいつのレスキューコードだ。
 ・・607P5を打ち込むと、どこからか、数千億のパイプの中の運搬機能が付随した一本を利用して、修復の為の必要機材一式をのっけたロボットカーゴがぶっ飛んでくるのだ。
 そしてこのカーゴには、故障した箇所についてのエキスパートが、保全機械の補助員として一人乗り込める空間がある。
 しかしこの補助員制度は、アクアリュウム世界全体が一度目に陥った機能不全の時に、機能管理機構の大幅な見直しがあり、そのどさくさに紛れて消滅してしまっていた。

 カーゴ自体の修復機能で十分であり、人間のエキスパートは必要ないと「中央」がつまりメインコンピュータがそう判断したのだ。
 そのカーゴの存在をジュニアが見つけだしたのか、あるいは誰かに教えて貰ったのだろう。
 この話を帰ってアレンにしたら奴は大笑いするに違いない。
 (これでお前さんの過去が判った。お前さんは大昔、配管工だったんだよ。)

 葛星は震える指で607P5と番号を指定した。
 瞬間的に葛星が向き合っている壁の一部が下にスライドして、そこに闇をポッカリと開けた。
 その洞には風も、音も無かった、ただあるのは、数え切れない程のパイプを内に含んだ闇だけだった。
 暫くすると遠くから風を切る音が聞こえた。
 そしてカーゴが葛星の目の前に到着したのだ。




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