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第1章 赤と黒
11: 第二の故郷
しおりを挟む「ここはやっぱり、臨月ストリートだ。」
建物から通りに出た葛星は小さな驚きの声を漏らした。
妊娠期間も終盤である妊娠10カ月を臨月と呼ぶが、売春街でもあるこの街の目抜き通りを、臨月ストリートと呼ぶのは悪趣味なのか、諧謔なのか。
とにかく、葛星には、自然に口から出る街の名だった。
臨月ストリートはアレンの生まれ故郷であると同時に、葛星もしばらくこの街で厄介になっていた時期がある土地だったのだ。
そして、今しがた自分が後にした建物を見て、葛星は再び驚きの声を上げた。
「どおりで見覚えがあるはずだ(ローズマリーの家)じゃねぇか。それでジュニアの女装中の名前が、リンダ・ローズマリーか。なるほどな。、、、判って見れば単純なものだ。」
そして(ローズマリーの家)は、葛星自身が、つい先日仕留めた女型ビニィの行方を調査している際に、踏み込んだばかりの場所でもあった。
あの時、ビニィは、男をくわえ込んでベッドに潜り込んでいたが、ビニィの正体に気づかぬ英雄気取りの男の邪魔立てのせいで、葛星はビニィを取り逃がしてしまっていた。
鎧を装着してビニィを仕留める決断をしたのは、それから二日後、暴走したビニィが浮浪者の老人を喰い殺したのをニュースで知ってからだ。
あの時に仕留めていればという思いがないでもない。
その間、葛星とアレンはバンで、ビニィを見つけだす為に、この街を夜通し流していた。
それなら夜の9時以降、この臨月ストリートで葛星は、女装姿のジュニアとすれ違っている可能性すらある。
葛星は抜群に記憶力がいい。
特に視覚的なものは、人が舌を巻くほどしっかりと覚えている。
もしここが、葛星とアレンにとって苦い思い出がある臨月ストリートでなかったなら、今日見た人工皮膚のフォームを頼りに、葛星はその日のジュニアを思い出すことが出来たかも知れない。
「いやな場所に出くわしたもんだ。余程、この街は俺達に縁が深いと見える。さて、これからどうしたものか、、。我らが、ジュニア嬢の足取りは誰に聞けばいい?、、、。」
葛星はそうつぶやくと、何気なくローズマリーの家の右向かい奥にある木立の深い小公園を眺めた。
そしてその闇の中に、瞬間的にちらりと光ったストロボの様なものを認め、うっすらと笑った。
、、、そうか、覗き屋か。
この街なら、奴らが使える。
何気ないきっかけで、思わぬ閃きが来る、ツイている時は、こんなものだ。
『なら、臨月ストリートの裏事情はアーチャーに聞け、だな。』
葛星がアーチャーの店に入った途端、この店の古株の常連客連中の表情が一斉に凍えた。
「疫病神が!何をしに舞い戻って来た。」
遅い夕食や、酒を楽しんでいる混み合った店の中のテーブルの内の一つからそんな罵声が葛星に浴びせかけられる。
葛星が疫病神と呼ばれるのは、彼とアレンがこの街で一大騒動を起こしたからだ。
臨月ストリートを仕切る暴力団と、葛星とアレンの抗争は、葛星がアレンを助け出した時から運命付けられていたようなものだった。
アレン一人なら、この街でも唯のコンピュータ好きのチンピラに過ぎなかったに違いない。
暴力団も一度のリンチで、アレンにその身の程を弁えさせられたに違いない。
だがそこに暴力にかけては天才的で、失うものを何一つ持たなかった葛星が加わったのだ。
事態は、街そのものを巻き込んで大きく変化していった。
「この街に、二度とちょっかいを出すんじゃねぇ!みんな平和に暮らしたいんだ。」
葛星は、その言葉を無視して、カウンターの端に陣取った。
カウンターの中の太った中年の女が、手荒な仕草で水の注がれたコップを葛星の前に置く。
そしてその仕草とは裏腹に、その女は葛星の耳元に口を近づけて、小声で囁いた。
「ウチの人が、調理場から出てきて、あんたに、どんな仕打ちをしても怒らないでね。みなの手前なんだから。本当は、あんたに会えてとても喜んでんだ。」
「アナ!その疫病神と何を話し込んでるんだ!」
カウンターの奥に繋がっている調理場から、一人の小男が姿を現し、身体に似合わない怒気を含んだ大声を出した。
アナと呼ばれた中年の太った女は、ゆっくりと葛星から離れたが、その際に素早く片目をつむって見せた。
「リトルモー。そいつを、この店から摘み出せ!裏庭の塵貯めにつっこんじまえ!」
小男のアーチャーは、大音量でそう怒鳴った。
出入り口のテーブルに陣取っていた大男が、鈍重な仕草で立ち上がった。
この店の用心棒代わりのリトルモーだ。
店中の客の視線が、事の成り行きを見守ろうと、リトルモーと葛星の二人に釘付けになった。
リトルモーと言えば、理解力には問題があるが、アーチャーに命令されれば、マシンマンさえ破壊し尽くすその強力さが街中になり響いている人間離れした男だった。
一方の葛星は、この街を恐怖とパニックに陥れた凶暴無比のちんぴらヤクザだった。
しかし葛星は、店中の期待を裏切って、リトルモーに抵抗を示さず、素直に裏庭についていった。
「元気だったか、リトル。」
葛星に暖かく話しかけられた巨漢はまごついていた。
いくらアーチャーの指示とは言え、戦う姿勢を見せない男に手を掛ける訳には行かないからだ。
「もういい、リトル。そこらのゴミ箱を派手に二三回ぶっ叩いたら、裏から店に戻って調理場で暫く休んでろ。誰かに今日の事を聞かれたら、マッドドックは、こてんぱんにのしってやったと言えばいい。」
遅れて裏庭にやってきた、アーチャーがいかにも嬉しそうに、リトルモーにそう指示を与えた。
リトルモーがゴミ箱をあっという前にぺしゃんこにして、主人の命令を忠実に実行し終えるのを見届け、葛星は懐かしげに声を掛けた。
「叔父にぁ、てっきり恨まれているのかと思っていたんだが。」
「なに。儂の店を壊したのは、ヤクザであんたじゃない。奴らに逆らったあんたらの事を街の何人かは心の中で認めているんだ。おおっぴらには出来ないがな。儂もその内の一人だ。それにアレンが世話になっている。奴はあんたがいなけりゃ、今ごろのたれ死んじまっていただろう。」
アレンは、このアーチャーの甥っ子にあたる。
その加減で、葛星達とこの街のヤクザの抗争が表面化するまでは、彼らは寝食ともにこの人物によく世話になっていた。
「で、今日は何の用事だ?困った事でも出来たのか?お前さん達は、今や泣く子も黙るビニィハンターだ。儂なんぞが役に立つのか?」
アーチャーは、葛星がベルトに突っ込んでいる拳銃の銃端をめざとく見つけてそう言った。
「ああ。少しピンチなんだ。助けてくれるか?」
「またアレンが厄介ごとを、持ち込んできたんだな、、。」
アーチャーが考え込むように言った。
「アレンの事は気にしなくていいさ。あいつは良い奴だ。親父、ローズマリーの家を知っているよな?」
そう言われたアーチャーの顔色は冴えない。
「ああ、あの店な。お前さん達は、この街を飛び出した後の事だからよく知んだろうが、1年前に不審火を出した。どういう訳か直ぐに立ち直ったが、経営者が変わったって噂だ。あそこが、どうかしたか?」
出火から含めてすべてジュニアの金にものを言わした仕業だろうと葛星は思った。
彼らは他人の事など何も気に掛けない。
自分の趣味の為だけに、それだけの事をしでかす。
この世界では当たり前の権力者の行動パターンだった。
「いや、別に。特にあの店とは限らないんだが、ああいうラブホテルから出入りする人間をのぞき見するのを楽しみにしている奴が、いるんじゃないかと思ってな。出来れば、そいつの名前と居所を知りたいんだ。」
「それなら沢山いるな。奴らは人間の屑だ。写真にとっては、それを脅しにつかったり、女の場合はつけ回したりしている。」
アーチャーは吐き捨てるように言った。
「脅し専門というより、そうだな、その後の方だ。しつこく女をつけ回す変質タイプで、毎晩かかさずそんな事をやっている奴の名前が知りたいんだ。」
「毎晩か、、それなら、ゴーファだろうがな。だが奴はお釜専門だ。」
「ビンゴ!それでいい。ゴーファはどこにいる?」
「街のはずれの排水橋の下だ。知っているだろう?すこしやばい場所だ。それにゴーファ自体もキレてる。奴には誰も近づかない。」
ゴーファの名前を出す時、アーチャーの顔は嫌悪で歪んだ。
「どうやったら会える?」
「今直ぐ行けばまだ、ねぐらにいる頃だろう。会うのは簡単だ。奴の悪口を言えばいい。顔色変えてすっ飛んでくるさ。」
「有り難う。もっとゆっくり話したいんだが、時間がなさそうだ。」
葛星がきびすを返す寸前、アーチャーが言った。
「アレンの事を頼む!」
「、、なんとかな。アレンと俺とは、お互い様の関係だ。、、でも奴は、良い奴だよ。」
葛星は片目をつむって見せた。
老アーチャーにはその意味が判っていた。
バンパイアに憧れて身体改造をするような甥っ子だ。
アーチャーとて、今までアレンを面倒見るのに相当苦労をして来た筈だった。
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