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第1章 ホムンクルス刑事と人造精霊
05: 張果の算段
しおりを挟む「お宅に置いてある酒瓶のラベルにはピュア表示がしてあったが、中身はトンでもない生成度数の合成品だよな。この分でいくと、ほかにも色々とマガイものが出てくるんじゃないのか?」
漆黒が手に持った酒のボトルの底で、入り口で踏ん張っているガンズを押しやりながら、事務室に姿を見せた。
ガンズは大柄な筋肉質の男で武道も心得ている。
しかもバイオアップだ。
黙って、組織外の人間からの指示や命令を聞く男でもない。
それを平均的な体格の漆黒が、事もなげに押しやったのだ。
張果は相手の力量を多少認めながらも、毒づいて見せた。
「あんたが刑事なのか?その口のききかたといい、脅しの手口といい、一昔前のチンピラとやることが、そう変わらんな。警察にいる優秀な人材は、みんな民間に引き抜かれるっていう噂はどうやら本当らしい。」
漆黒の目が怒りで引き絞られる。
別に漆黒だからという事ではない。
張果が言い放った挑発の中身は、現職の警察官なら誰でもそう反応する筈だった。
そんな漆黒の様子を見て、張果は、もう少し楽しんで見る気持ちになったようだ。
張果は若かりし時代、散々、警察にいたぶられている。
お互い、立場が逆転した今、お楽しみの権利は、張果にある。
「それで儂に一体なんのようだ?小遣い稼ぎなら多少はくれてやってもいい。この先、お前につき合わされて、無駄にする時間の事を考えれば安いものだ。」
警官の汚職体質についての強烈な当てこすりだが、それを張果が口にすると、不思議と子供のいたずらのように、くどさがない。
「なんとでもほざいてろ。お前の所で飼っている男娼が一人殺された。その事情聴取だ。話は前につけてある筈だ。いつまでもそんな態度を取ってると、、。」
殺人?事情聴取だと?おまけに話は通してある?そんな事は初耳だ。と張果は思った。
「待て。待ってくれ。」
張果は事の行き違いに気づき始めた。
目の前のこの刑事は、自分の事を、娼館ライジングサンの支配人ブルーノと勘違いをしているのだ。
刑事が今「この店の責任者を出せ!」と言えば、その人物は張果だが、普段はブルーノだ。
「ガンズ!」
張果は目くばせをして部下を身近に引き寄せ耳元に囁いた。
「ブルーノは、この件について何かお前に連絡して、ここを出ていったのか?」
「いいえ、私も今始めて聞きます。でもここいらで殺しがあったのは今朝から知ってます。それがまさか、この店に関係があるとは。今週は、私もここに来たのが、今日が始めてで。」
張果はガンズが自分より三時間ほど前に、ライジングサンに着いたにすぎない事を知っている。
そういうローテーションを組んだのは彼自身だった。
ガンズが、この事の成り行きを把握していないのは仕方がない。
張果は自分の怒りを、見当はずれな八つ当たりで発散させるような男ではなかった。
「もういい。お前を責めてる訳じゃない。問題なのは、こんな時に姿をくらませたブルーノのほうだ。、、それで殺されたのはうちの誰だ?ライジングサンの従業員で、儂の知らない人間はいない。」
「この刑事が言っている事が、うちと関係あるなら、殺されたのはラバードールだと思います。」
まずい。
よりにもよってジェシカ・ラビィとは、、、奴はバイオアップの法定基準をとっくにオーバーしている。と張果は思った。
・・・現行の法定基準は、バイオテクノロジー全身整形、つまりバイオアップによる人間の質的な変容よりも、量というか面というか、要するに「見てくれ」の変化に異様に厳しい。
極端な話が、内蔵を全部取り替えたバイオアップより、皮膚のテクスチャを張り替える事の方が、罪が重いのだ。
第一、最近聞いた話では、警察の弱体化を補強するために導入されるという人間もどきたちは、人間との区別をはっきり付ける為に、動物の頭を付けさせられているらしい。
人間の尊厳を守るための論拠が、『みてくれ』とはおかしな話だが、クローン人間やバイオアップが公認されてしまってからの、この混沌とした世の中では、それも無理ないことかも知れない、と張果は考えていた。
とにかく警察が、ジェシカ・ラビィの違法性に拘り始めたら、事は娼婦館ライジングサン一軒の営業停止だけではすまなくなる。
張果が経営する全ての営業店に影響が出る。
今の警察に大きな力はないが、事、バイオアップについては話しは違う。
マスコミや慈善団体その他、諸々の偽善者どもが、よってたかって警察の味方をするだろうからだ。
「あんたら、うちわ話が長すぎないか。俺はそんなに待てない。」
張果が必死に善後策を考えている時に、漆黒が声をかけた。
その漆黒からは、先ほどまでの殺気だった表情が消えている。
事情聴取という言葉を持ち出した途端の相手の慌てぶりに、気を良くしたのかも知れない。
「お前さんが今、何を考えているかよく判るぜ。『この男がバイオアップの法定基準を持ち出したらやばい事になる。』だろう?だが心配するな。お前さんが警察に協力する限り、俺はそんな事に目くじらをたてるつもりはない。今の所はな。」
張果は目の前の年齢不詳の刑事を値踏みした。
オールバックに撫で付けた髪に、短い無精髭、耳には黒い宝石の入ったピアス。
シャープな顔立ち、年を取っているのか若いのか判然としない、若く見せるための処置を受けているのだろうか?
そういえば、昔はこんな風に獰猛で、それでいて冷めた表情をした若手の刑事が何人かはいた。
彼らは刑事という職業柄、若いうちから世の中の暗黒面を見つめすぎていたのだ。
だから結果、肉体は若いが、精神が老けた人間が出来上がる。
・・・だが今の警察にそんな人間がいるとは思えない。
大半は、『安いながらも安定した給与と、生温い仕事に惹かれた能なし』か、前世代の警察がそうであったように、『賄賂とたかり、そして不正のうま味を享受しようとするハイエナ』どもの筈だ。
「いくら必要なんだ?」
今度は侮蔑ではなく、商談のつもりで張果は言った。
「金か?あれは、あればいいもんだが、、。今、欲しいのは情報だ。お前が全面的に協力をすれば、俺はお前が裏で違法行為を働いている事は無視してやってもいいんだ。」
張果は考えた。
儂の代わりに、本来ここにいるべきブルーノがいないのは何故だ?
この場面から逃げ出したのは明白だ。
それに奴には、他の組織からのヘッドハンテングの噂もあった。
大した能力もない小悪党だが、女を垂らし込むのだけは天下一品、それが奴の支配人としての力だった。
ただ逃げ出したのではなく、行きがけの駄賃で、この厄介ごとを自分に背負い込ませるつもりだったのかも知れない。
どちらにしても奴が、ここを飛び出したのは今回の事がきっかけになったのだろう。
いや、もしかしてもっと別の事情が働いているかも知れない。
世の中には「藪蛇」という言葉がある。
自分が拾ってくる処置者には、大なり小なりの過去があるのだ。
ジェシカ・ラビィ自身が、とんでもない疫病神だった可能性もある。
ブルーノはそれら全てを見通して、この儂に、置き土産をおいていったのかも知れない。
どちらにしても、奴はただではおかない。
・・・と、そこまで張果は考えた。
「返事は?世の中には、変態宿をぶっ潰すのに快楽を感じてる頭の良さげな変態どもがわんさかいる事ぐらい十分承知してるんだろうが?今回の第一通報者は、どういうわけか警察に連絡をしてくれた。お前のいう通りの、堕落して弱体しきった警察にな。今回の事件に割り当てられた人員は、俺という人間、ただ一人だ。そのお陰で、事件は大事にならずにすんでいる。これが民間警察最大手のバーサーカーあたりが扱ってりゃ、今ごろどうなってると思うんだ?バーサーカーの企業キャッチフレーズは、笑っちまうが、『社会正義』だぜ。」
ライバルである民間警察の実力を結果的に認めるセリフを吐きたくはなかったが、こういった手合いに、バーサーカーの名前と『社会正義』を挙げるのは、脅し文句としては最適な筈だと、漆黒は思った。
「もういい、判った。これ以上、お前のような若造に、世の中の仕組みの講釈をたれてもらう必要はない。ガンズ!お前、今からジェシカ・ラビィと親しくしていたやつらを全て集めて、この刑事様に紹介してさしあげろ。部屋は隣の応接室がいいだろう。あれは元からこの儂を迎え入れる為にしつらえさせた部屋だ、このお方への礼儀の面でも問題なかろう。それと儂は暫くここを動く積もりはない、もう一つ仕事が増えたからな。いいな、ガンズ。儂の屋敷に残っている連中に、この事を伝えておけ。今日、ブルーノがふけた、お前らのボスは、後ろ足で砂を掛けられて黙っているような人間じゃ決してないってな。張果という男が、これからケジメをどうやるのか、しっかり見ておけと。」
張果は、あれこれ考えるのを止めて、この不敵な面構えの刑事に協力することで腹を括った。
張果は、自分の人間に対する目利きに、自信を持っていた。
この男、何が原因でそうさせているのかはわからないが、張果が遥か昔に出会ったことがある『本物の刑事』の目をしていた。
『真実』という味も素っ気もない餌しか受け付けない動物の目だ。
そんな動物に、人間に対する策を施しても仕方がない。
丸め込むなら、この男の上層部に策を仕掛ける方が容易というものだ。
ここはこの男の好きにやらせる。
情報さえくれれば、多少のことは見逃すという言葉に、嘘はないだろう。
そう結論づけた張果は、もうまったく別の事を考え始めていた。
ブルーノをどう締め上げるか、あの裏切り者には、どれだけの制裁を与えてやるのが妥当か?
そしてジェシカ・ラビィを殺した相手への報復。
それが現在の張果の最大の関心ごとだった。
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