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第4章 精霊達
42: 凶悪な眼福
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その女が漆黒に、どんどん近づいて来ていた。
周りの数少ない通行人達が、そんな二人を横目でちらちらと盗み見している。
もちろん、通行人達の注目は、この場違いな格好をした美しい女が中心だ。
その彼女が東洋系の黒い髪をした男に近づいて行く、そこでこれから先どんなドラマが展開されるのか?
しかしそのドラマは、甘い「恋愛モノ」ではなかった。
女は漆黒を通せんぼをするように、彼の目の前で立ち止まった。
仁王立ちだった。
通行人達は、ついに歩くのを止めて、彼らの成り行きを見守った。
多分、これから派手な痴話喧嘩が始まる。
よく見れば東洋男も結構な美男子だ。
ひょっとすると、これはもしかしたら何かのドラマの一シーンの撮影なのかも知れない。
何処かに撮影カメラがあるのかも、、と皆が思った瞬間、女が何かを言い放って、その右手を振り上げた。
「おいおい、男の言い訳も聞かずに、いきなり平手打ちか?」と見物人達が考える前に、男は見事にそれを避けた。
女は、漆黒を睨み付けて「鼠男を返せ!」と言った。
警官が「待て」と言って止まる逃走犯はいないが、それでもそんな声が出るのは警官の意思表示だ。
女の言葉は、それと同じだろう。
漆黒も容疑者を追跡する際には「待て」を、時々口にする。
漆黒の場合、「待て!」の次に来る隠れた意志は、「ぶっ殺す」だ。
この女の場合も同じようなものだろう。
しかし問題なのは、漆黒は返せと言われた「鼠男」の見当がまったくつかない事だった。
だが、それでも相手の意志は、充分に伝わった。
美女の方は、その言葉では怒りが収まらないのか、もの凄い勢いで、男に向かって両腕を振り回し続けている。
男は、必死になってそれを避けている。
まるで、女からビンタ一発を喰らったら即死するという具合だった。
それどころか、男は懐から大きな銀色に光る拳銃を取り出してきた。
「おい!や、止めろ!」と通行人達が声を上げる前に、男は拳銃を発射した。
どうやら銃弾は、女をかすめただけで狙いを外し、地下鉄構内の壁に当たったようだ。
だがその壁が、一瞬のウチに、大きく丸く、ボコッとへこんでしまった。
普通の拳銃ではないことは、素人にも判った。
この時点で見物人達は、ようやく自分たちの見ている光景が、単純な男女の痴話喧嘩ではないことを理解し始めたのだった。
漆黒は一刻も早く、自分が相手をしている人間を仕留めたかった。
ただし相手の身体に触れてはならない。触れさせてもならない。
それは即死を意味する。
それは最初の空振りに終わった女の平手打ちだけで、十分に判った。
空を切ったはずの女の平手が通過した漆黒の左耳や頬が妙な痛みでピリピリする。
『羊男をやった奴だ!』
この女を仕留めるのには、ナノニードルガンを頭部にぶちこむしかない。
だが、その為の間合いが、どうしても取れなかった。
銃を使うのには、至近距離過ぎるのだ。
そして女の攻撃スピードも、漆黒のそれに負けていなかった。
それは筋肉の伸縮を使わない不思議な動きだった。
霧の塊が素早く移動する、そんな感じだった。
二人はまるで寸止め空手の組み手演舞を演じているような状況になっていた。
時々、漆黒の腕が女の腕をはじき返す時があったが、その時、漆黒がダメージを負わずに済むのは、女の個体から粒子体への攻撃スィッチのタイミングが、うまく決まらなかったせいに過ぎない。
女の場合、その身体ベースが普通の人間ようで、必殺のタイミングが超人まがいの漆黒相手だと、どうしてもずれるのだろう。
それにこの女は、何故か普段の戦闘能力が発揮し切れていないようだった。
それをするには、女は冷静さをかいていた。
感情的で、ヒステリックな動き、ただ自分の憎しみだけを相手にぶつけようとしている。
ひょっとして実はこの女、俺の監視だけが任務だったのではないか?それが何かの怒りの為に継続出来なくなったのではないかと漆黒は思った。
それでも、この女が自分の能力を常時全開してきたら自分は殺される、と漆黒が感じた瞬間だった。
漆黒の拳銃の銃口が女の肩口に当たった。
ここで撃ったら自分もニードルの余波を喰らうかも知れないと思える至近距離だったが、それでも漆黒は、二度目の引き金をひいた。
女に押されまくっていた、背に腹は代えられない。
漆黒の目の前で、女の丸っこいすべすべした肩の先端が蒸発した。
だが、その大きさは張果が言った破壊半径1メートルには、ほど遠い。
女の持つ能力が、ニードルガンの威力を瞬時に相殺したのだろう。
逆に言えばそのお陰で、漆黒も巻き添えを食わなくてすんでいる。
女は飛び退いた。
撤退する意志があるようだった。
『助かった。こいつは獰猛だが、この道のプロじゃないようだ。』
女は、二人の様子を呆然と見つめいる通行人達の方に走り出した。
漆黒はその背中に銃口を合わせたが、撃つのを諦めた。
通行人達を巻き添えにして、ニードルガンで彼らを蒸発させる訳には行かない。
それに女の後ろ姿は、その後、文字通り霧のように消えてしまったのだ。
漆黒は、ナノニードルガンをスーツの裏のホルスターに納めながら、自分の身体の震えが収まるのを、待った。
『こいつを持ち出してきて正解だった。ロアの奴らはカミソリ男の正体を俺が嗅ぎ回るのを嫌がってる。だが奴らは、ジッパーみたいに俺をずっと追い回し、監視し続ける手駒は持っていない筈だ。奴らはここで張っていたんだ。つまり奴らも、本庁からカミソリ男と真田兄弟の関係がばれるって思ってる訳だ。ビンゴって事だな、、、あまり気が進まなかったが判別課に目を付けたのは正解だった。でも、鼠男って一体、誰なんだ?』
周りの数少ない通行人達が、そんな二人を横目でちらちらと盗み見している。
もちろん、通行人達の注目は、この場違いな格好をした美しい女が中心だ。
その彼女が東洋系の黒い髪をした男に近づいて行く、そこでこれから先どんなドラマが展開されるのか?
しかしそのドラマは、甘い「恋愛モノ」ではなかった。
女は漆黒を通せんぼをするように、彼の目の前で立ち止まった。
仁王立ちだった。
通行人達は、ついに歩くのを止めて、彼らの成り行きを見守った。
多分、これから派手な痴話喧嘩が始まる。
よく見れば東洋男も結構な美男子だ。
ひょっとすると、これはもしかしたら何かのドラマの一シーンの撮影なのかも知れない。
何処かに撮影カメラがあるのかも、、と皆が思った瞬間、女が何かを言い放って、その右手を振り上げた。
「おいおい、男の言い訳も聞かずに、いきなり平手打ちか?」と見物人達が考える前に、男は見事にそれを避けた。
女は、漆黒を睨み付けて「鼠男を返せ!」と言った。
警官が「待て」と言って止まる逃走犯はいないが、それでもそんな声が出るのは警官の意思表示だ。
女の言葉は、それと同じだろう。
漆黒も容疑者を追跡する際には「待て」を、時々口にする。
漆黒の場合、「待て!」の次に来る隠れた意志は、「ぶっ殺す」だ。
この女の場合も同じようなものだろう。
しかし問題なのは、漆黒は返せと言われた「鼠男」の見当がまったくつかない事だった。
だが、それでも相手の意志は、充分に伝わった。
美女の方は、その言葉では怒りが収まらないのか、もの凄い勢いで、男に向かって両腕を振り回し続けている。
男は、必死になってそれを避けている。
まるで、女からビンタ一発を喰らったら即死するという具合だった。
それどころか、男は懐から大きな銀色に光る拳銃を取り出してきた。
「おい!や、止めろ!」と通行人達が声を上げる前に、男は拳銃を発射した。
どうやら銃弾は、女をかすめただけで狙いを外し、地下鉄構内の壁に当たったようだ。
だがその壁が、一瞬のウチに、大きく丸く、ボコッとへこんでしまった。
普通の拳銃ではないことは、素人にも判った。
この時点で見物人達は、ようやく自分たちの見ている光景が、単純な男女の痴話喧嘩ではないことを理解し始めたのだった。
漆黒は一刻も早く、自分が相手をしている人間を仕留めたかった。
ただし相手の身体に触れてはならない。触れさせてもならない。
それは即死を意味する。
それは最初の空振りに終わった女の平手打ちだけで、十分に判った。
空を切ったはずの女の平手が通過した漆黒の左耳や頬が妙な痛みでピリピリする。
『羊男をやった奴だ!』
この女を仕留めるのには、ナノニードルガンを頭部にぶちこむしかない。
だが、その為の間合いが、どうしても取れなかった。
銃を使うのには、至近距離過ぎるのだ。
そして女の攻撃スピードも、漆黒のそれに負けていなかった。
それは筋肉の伸縮を使わない不思議な動きだった。
霧の塊が素早く移動する、そんな感じだった。
二人はまるで寸止め空手の組み手演舞を演じているような状況になっていた。
時々、漆黒の腕が女の腕をはじき返す時があったが、その時、漆黒がダメージを負わずに済むのは、女の個体から粒子体への攻撃スィッチのタイミングが、うまく決まらなかったせいに過ぎない。
女の場合、その身体ベースが普通の人間ようで、必殺のタイミングが超人まがいの漆黒相手だと、どうしてもずれるのだろう。
それにこの女は、何故か普段の戦闘能力が発揮し切れていないようだった。
それをするには、女は冷静さをかいていた。
感情的で、ヒステリックな動き、ただ自分の憎しみだけを相手にぶつけようとしている。
ひょっとして実はこの女、俺の監視だけが任務だったのではないか?それが何かの怒りの為に継続出来なくなったのではないかと漆黒は思った。
それでも、この女が自分の能力を常時全開してきたら自分は殺される、と漆黒が感じた瞬間だった。
漆黒の拳銃の銃口が女の肩口に当たった。
ここで撃ったら自分もニードルの余波を喰らうかも知れないと思える至近距離だったが、それでも漆黒は、二度目の引き金をひいた。
女に押されまくっていた、背に腹は代えられない。
漆黒の目の前で、女の丸っこいすべすべした肩の先端が蒸発した。
だが、その大きさは張果が言った破壊半径1メートルには、ほど遠い。
女の持つ能力が、ニードルガンの威力を瞬時に相殺したのだろう。
逆に言えばそのお陰で、漆黒も巻き添えを食わなくてすんでいる。
女は飛び退いた。
撤退する意志があるようだった。
『助かった。こいつは獰猛だが、この道のプロじゃないようだ。』
女は、二人の様子を呆然と見つめいる通行人達の方に走り出した。
漆黒はその背中に銃口を合わせたが、撃つのを諦めた。
通行人達を巻き添えにして、ニードルガンで彼らを蒸発させる訳には行かない。
それに女の後ろ姿は、その後、文字通り霧のように消えてしまったのだ。
漆黒は、ナノニードルガンをスーツの裏のホルスターに納めながら、自分の身体の震えが収まるのを、待った。
『こいつを持ち出してきて正解だった。ロアの奴らはカミソリ男の正体を俺が嗅ぎ回るのを嫌がってる。だが奴らは、ジッパーみたいに俺をずっと追い回し、監視し続ける手駒は持っていない筈だ。奴らはここで張っていたんだ。つまり奴らも、本庁からカミソリ男と真田兄弟の関係がばれるって思ってる訳だ。ビンゴって事だな、、、あまり気が進まなかったが判別課に目を付けたのは正解だった。でも、鼠男って一体、誰なんだ?』
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