精霊捜査線・錬金術師達のマリオネット パラケルススの魔剣と天国にいる敵

Ann Noraaile

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第5章 暗黒を狩る黒い真珠

50: ゼペット爺さんの陥落

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「見せる!見せるからやめてくれ!」
 漆黒が、自分の激情に身を任せるつもりになりかけた時、彼の「本気」が相手に伝わったらしい。
 漆黒は腕をねじ上げるのを止める代わりに、配給品のT117、別名「豆鉄砲」の銃口をゼペットの側頭部に押しつけながら、老人の細い肩を息が止まるまで抱いてやった。
 二百歳と言っても通用するような老齢なのにレザーを多用したイカレた衣服に身を包んでいる。

 こういう輩の中には、頭蓋骨に防弾加工を施している人間が時たま存在する。
 民間人や犯人を傷つけてはいけないという理由で、情けないほど威力を絞った「豆鉄砲」でも、この距離なら確実というものだ。
 ゼペットのような人間には、『何をやっても無駄だ』と、とことん諦めさせる事が大切だった。

「顧客のデータはコンピュータの中だ、取り出してもいいか?」
 漆黒に身体全体を決められたゼペットは、痛みから逃れる為に微動もせず、口だけを動かして言った。
 だがその目はせわしなく窮地からの脱出チャンスを求めて動き回っている。

「ああいいとも、ちょっとでも動いたら撃つ、、なんてことを誰が言った?ただし、今の世の中、犬の糞以下の糞刑事がもっとも得意なのは、コンピュータ操作だってことを忘れるなよ。」
 それは本当だった。
 捜査の為に足を棒にする筈の刑事の仕事は、今ではその半分以上が専用ブースに設置されている末端と睨めっこする事に置き換わっている。
 ある意味、末端操作のプロだった。

 漆黒はゼペット爺さんの耳元で、よく聞こえるように「豆鉄砲」の安全装置を解除してやった。
 老人は顔色を青くしたり赤黒くしたりしながら、自由にして貰った手でキーボードをたたき始める。
 きっと「犬の糞以下の刑事」にいいようにあしらわれている自分に感じる怒りと、目の前にある不安と恐怖の感情が、交互に襲ってくるのだろう。

「呼び出せた。データをセーブするか?必要なんだろう?」
 なんでもするから、さっさと漆黒の目の前から消えてくれ。という所だろう。

「ああ、その前に、今すぐそれを俺の目の前で全部スクロールさせて見せてくれ、ゆっくりとだ、いいな。」
 ゼペットがセーブされた情報に何を仕込んでいるか判ったものではなかった。
 ディスプレイにデータが表示される。
 闇の物品を売った日付、価格、相手の名前、住所、その他諸々、これだけでは法廷での証拠能力はまったくないが、捜査の足がかりには十分だ。
 中に2・3人、有名人の名前もあった。

「ほう、お前、こいつでゆすりもやっているんだろうな?」
「冗談じゃない。この商売は信用第一なんだ。そんな事に手を出せば、いっぺんに始末される。」
 漆黒はゼペットがセーブしたデータを素早くスロットから取り出してポケットに入れた。

「そうかい、それなら顧客データを刑事に巻き上げられたと知られちゃ、困るんだろうな。俺だって、今日の事を喋りまわる程、暇じゃないんだがな、。弾みってことが世の中にはある。」
 ハズミッテコトガ、ヨノナカニ。
 今日も何処かで、俺の同僚達が使っている筈の脅し文句、胸がむかついてきた。

 もっとも奴らも付き合って見れば、飛び抜けた悪党ってわけじゃない。
 時々、一緒に酒を飲む同僚のリンカンネルなどが、その良い例だ。
 ただ警察から支払われる賃金では、家族の面倒を満足に見られないってだけの話だ。
 まあ、そういう言い訳も、最初のうちだけだが。
 リンカンネルは趣味の「車」に浮いた金を大量に注ぎ込んでいる。

「糞、金か。そんなところだと思ったぜ。いくらだ。」
「いらないさ、金はな。その代わり情報が欲しいんだ。あんたドクランド事件の事を知ってるか?」
 ゼペット爺さんの痩せた肩が緊張で一瞬、又、狭くなる。
 どもまでも小心な奴だ。

「ドグランドの件で、あんたは参考人で引っ張られてない。SCキット密売じゃ有名なあんただ、関係していて不思議じゃない男なのにな。ここにくる前に本部のデータベースで調べておいた。あんたがうまくすり抜けたか、ドグランドでSCキットを犯人に売ったのは、あんたじゃなくて、他の同業者か、、。それとも、その辺りは、犯人を指す代わりに、民間警察と取引をしたのかな?」
 民間警察とは、巨大警備会社群の事だが、裏社会に住んでいる住人達は、平気でそれを民間警察と呼んでいる。
 そして今では一般人達も当たり前のように「民間警察」と口にする。
 国家権力の象徴としての警察に民間もあったものではないが、言葉は世の中で通用するモノが使われるのだから仕方がない。

「脅しても無駄だ。あんたホントは、何も知らないんだろう?」
 ゼペットの目に漆黒を試す色が浮かぶ。
 漆黒は豆鉄砲をもう一度ゼペットのこめかみに捻り込んでやる。

「舐めた口を叩くなよ。このデータ、俺の知り合いの刑事に流してやろうか。こいつには、いろんな使い方があるだろうな。俺は良く知らないが、本人がリスクを負わずに、あんただけを破滅させる方法は山ほどあるんだろう。勿論、そいつがあんたを破滅させる理由は、ただ一つさ。金だ。俺?俺はいらない、俺のルールじゃないからな。」
 署には、実際にそうする刑事が山ほど存在する。

「、、儂じゃない。あれはケイジャンガーの商売だったんだ。奴は被害者の親が契約してた民間警察に始末された。、、警察の仕事ならそうはならなかっただろう。被害者の親が復讐の為に、わざと自分の持ってる情報を警察に対して封鎖したんだ。あれは、あれでケリがついているんだ。今更、警察が蒸し返しても何の意味もないんだ。」
 ケイジャンガーという名のSCキット密売人が、民警によって殺されたと聞いてもなんの驚きもなかった。
 民警の遣り口は判っていたし、SCキットを何の知識もない民間人に売りつける密売人が殺されるのは当たり前だ。

 SCキットは「自分に対して使われる事」は絶対になく、又、可逆性がまったくない。
 それが問題だった。
 闇でもSCキットは結構な値段だ。
 違法状態で性転換手術を自分に施したいのなら、SCキットを買うその金で、闇の医者にかかれる。
 医者の端くれなら一度変えた「性」を、完全とは言えないまでも元に戻せるのだ。
 強制性転換という、奇妙に捻れた暴力的な他者へ加害、それが問題だった。
 そして長期間に渡るレイプ行為。それらがSCキットというフィルターを通じて、より陰惨なものになる。
 ドグランドの悲劇はそこにあった。

「ケイジャンガーか、、他人事じゃないぜ。今、リストをちらっと見ただけだが、そこからお前に復讐したがってる人間の顔が浮かんだ。あんたは知らんだろうが有力者だ。」
 もちろん、口から出任せだ。
「俺はキットの事は黙っててやるが、こういうのはいずれ漏れる。口封じに逆恨み、、今度は、あんたの番なんじゃないのか?このブロックは李警備総合保障だ。あんた、強面みたいだが相手が李じゃ、ちょっときついんじゃないのか?」
 ゼペット爺さんの顔が青くなったまま、今度は元に戻らない。

「どうすればいい?」
 全てを供述したのと同じだった。
「警察であんたを保護出来る。法的にな。それを李に通達すれば、奴らはなにも出来ない。警察は死んだが、法まで死んじゃいない。」
「どうすればいい?」
 2度目の同じせりふ。
 今度は完全に屈服している、ただしこのゼペット爺さんを屈服させたのは、警察ではなくて李の脅威だったが、、。


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