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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病
67: 再びのブラックパール
しおりを挟む神山の葬儀には、漆黒も参列した。
良いのか悪いのか、こればかりは派遣刑事であっても差別される事はない。
漆黒が驚いたのは、神山に家庭があって、妻と幼い一人娘がいた事だった。
職場での神山は、ただのいけ好かない差別野郎でしかなかったが、同僚であり、家に帰れば夫であり、父親である事に変わりはなかったのだ。
鴻巣徹宗に対する漆黒の執念が、又、一つ重くなっていた。
レオンが予見したように、旅団が地上にあるヘブンのクリーンセンター破壊に成功した事によって、政府内の力関係が微妙に変わりつつあったようだ。
軍と警察機構の上に君臨するはずのジッパーの権威が揺らぎ始めていた。
今回の対テロ対策上の主導権を全面的に握っていたのはジッパーだったからだ。
それに失敗すれば、ヘブンからの厚い信頼は得られない。
ヘブンは常に、自分に忠実で強い家臣を求めていたのだ。
ジッパーが今までヘブンに対して見せてきた跳ねっ返りの部分も、組織としての「強さ」の裏付けがあったからだ。
勿論、そんな政府内の揺らぎも、旅団の狙いの内の一つだったのだろう。
だが現場の人間には、そういった大きな変化には関係はなく、ただ自分に降り掛かってくる昨日とは違う自分への処遇に対応するのが精一杯だった。
そういった面での立ち回りに慣れているレオンには、大きな余波が訪れなかったようだが、ジッパーに特別扱いされた漆黒は、そうならなかった。
案の定、漆黒は署長による嫌がらせを受け始めていたのである。
蔡は、漆黒にどうでも良いような事案を意図的に回し、漆黒を仕事漬けにして、ジッパーからの完全な隔離を計っていた。
一度ならず警察を辞めようと考えた漆黒だったから、そんな仕打ちになんの痛痒も感じなかったが、今ここで鴻巣徹宗を追う道筋を狭められる事には、相当な腹立たしさを感じていた。
そんな状況の中、漆黒は鴻巣徹宗追跡に必要な自分の時間を作り出すある妙手を思いついた。
それは皮肉な事に、正式な「休暇の申請」だった。
全く人の手を通さないで、コンピュータ経由でその手続きをやると、筋道さえ合っていれば、人間世界では「無理」な事が実現するのが、不思議だった。
現場の人間関係だととれない休暇でも、条件がちゃんと揃っていればシステム上では認可が下り、一旦降りてしまえば、人間の上司は手も足も出ない。
それが今の警察機構が手掛けた合理化というある一側面だった。
漆黒の場合は、先の飛蝗人間との戦いで診断書が出ている。
全治一週間の加療と安静、もちろん、漆黒なら二日あれば完治する。
つまり五日分が浮く、加療のアリバイづくりを無視してプランを強行すれば、まるまる一週間だ。
しかし今後、第七統合署が動かざるを得ないテロ関係の任務が多発する可能性が多いにあった。
署長もその対応には、ジッパーが関与していない限り、漆黒を使おうとするだろう。
漆黒の方も、そういった任務をほっておけなかったから、漆黒は自分の個人的な調査の為に、2日の自由な時間を、件の方法で確保する事にした。
飛蝗人間の秘密をたぐり寄せるには、アンジェリーナ・冷泉が、猟児に情報屋として紹介したジャンク・ジュエリーが役に立つような気がしていた。
冷泉はジャンク・ジュエリーの事を「そういった事件には精通している人物だ」と言ったのだ。
空を飛ぶ飛蝗人間がヘブンのクリーンセンターを破壊した、まさにそれが「そういった事件」だろうと漆黒は思っていた。
そして二日あれば、あのアレクサンダリオが育ったイーストアンダーワールドに潜り込んで、ジャンク・ジュエリーとの渡りが付けられるだろうと踏んだのだ。
それから後は、なるようにしかならない。
それにフジコ・ヘミングウェイ・パーマーは、したたかだ。
前のロア事件の時も生き延びている。
加えて、今回はそのパーマーを擁するジッパー自体が、失地回復を目指して動いているのだ。
現在の劣勢を跳ね返すのも、そう遠いことではないだろう。
そしてあのレオンもいる。
鴻巣への道が完全に断たれたわけではない。
ただし相棒の鷲男だけは、この2日間、自分と切り離しておこうと漆黒は決めた。
漆黒は署のコンピュータブースで病欠の手続きを完了させると同時に、鷲男に頼んでおいた飛蝗人間分析の詳細なデータを、その場でダウンロードした。
署のコンピュータブースには、そういう抜け道があるのだ。
悪徳警官などは、自分たちへの賄賂をその抜け道経由で送らせるものもいる。
正に灯台もと暗しだが、警察のシステムは、当事者である警察官自身が、それを使って不正を働くとは思って設計されていない。
情報の横流しなどに、鷲男を巻き込んだり、不正な手口を教える事に、漆黒は若干の胸の痛みを覚えたが、今度はそれ以上の「本当のまっとうさ」を、鷲男に教えてやるという自覚があった。
それに鷲男の方も、自分がやっている情報の不正流用が、何を意味しているか充分に理解しているようだった。
・・・・・・・・・
イーストアンダーワールドと漆黒の故郷であるウェストアンダーワールドは、西と東にある同じ亜人類が多くいる「危険地帯」と思われているが、それは微妙に違っていた。
その違いの原因を酷く大雑把に言えば、ウェストは亜人類達が「逃げ込んだ場所」であるのに対して、イーストは亜人類が「捨てられた場所」という事にあった。
その結果は、亜人類達の人間観に現れてくる。
ここイーストでは、アンダーワールドに唯一食い込むことに成功した人間社会の人材派遣会社レヴィアタンでさえ撤退を余儀なくされていた。
そのように、それぞれのワールドが形成される歴史も微妙に異なっているが、なにより漆黒が身に付けてきたウェストでの作法がほとん通用しないのが、その違いの証だった。
西と東では熟成された文化が異なっている、つまりイーストでの漆黒は、亜人類であっても、よそ者だった。
イーストアンダーワールドへの旅は、この地に至る最寄り駅であるメエルシュトレエムステーションを降りた時から始まる。
イーストアンダーワールドの外縁にあたるこの辺りには、まだ人間の文化と亜人類の文化が混在していて、それがこの駅周辺に奇妙な魅力を与えていた。
その為に多くの人間たちが、半分観光気分に浸りながら、メエルシュトレエム辺りを賑わせていた。
実際、その人出を見込んで、地獄の釜の縁には似つかわしくない娯楽施設がいくつもある。
だがすでにここにも、イーストアンダーワールドの触手は伸びているのだ。
漆黒はその触手一本一本に注意深く打診を送りながら、暗黒の中心部に降りて行った。
『ジャンク・ジュエリーって呼ばれてるイカレた男を知らないか?』
『あの魔法使いか?で、お前さんは何者だ?』
そんなやり取りの後に吐き捨てられる漆黒への侮辱の言葉の中に、時々、あるかないかの微かな情報が混じっている。
総てがそんな感じだった。
最初に判明したのは、ジャンク・ジュエリーの生業だった。
一言で言えば、ジャンク・ジュエリーの職業は一人シンクタンクの「予測・情報屋」だった。
一人シンクタンクなど矛盾した言葉だったが、ジャンク・ジュエリーはまったくの個人営業なのに、そこからはじき出される情報量と考察量は、巨大なシンクタンクのものとしか言いようのないものだと評価されていた。
ジャンク・ジュエリーから得られる情報と予測を求めて、イーストアンダーワールドはもちろん、世界中のあらゆる所から人々がやってくる。
ただし表に生きる人間達は、ここには来ない。
ここに訪れるのは裏の人間か、表の人間に頼まれた裏の人間だった。
特に人々はジャンク・ジュエリーの「予測」を求めた。
大きくは世界の景気の動向から、小さくは固有企業の先行きまで、それらに示すジャンク・ジュエリーの予測は外れた事がない、、、そこまでを漆黒は調べ上げた。
そして漆黒はイーストの中心部に潜り込むにつれ、自分が周囲との対応の中で、漆黒猟児からジェットブラックへ、ジェットブラックから、ブラックパールに戻っていく事を感じ始めていた。
『ジャンク・ジュエリーってイカレた男を知らないか?』
『あの魔法使いか?お前さんがケツを貸してくれたら教えてやるよ。』
そんな会話の後で、そいつをぶちのめす。
血だらけの口から少しはマシな情報が漏れる時もある。
そんな風に、彼自身と彼を取り巻く状況が徐々に変わっていった。
そしてイーストの最深部で、自らをジャンク・ジュエリーと名乗る宝石人間を捜し当てた時、漆黒は完全に成長したブラックパールになっていたのだ。
・・・・・・・・・
「ようこそブラックパール、会えて嬉しいよ。」
ミラーボールが天井で回転する薄暗い部屋の中で、椅子の中に座り込んだままの宝石人間が唄うように言った。
ミラーボールの光に反射して、宝石人間の頭部がキラキラと輝き細部の様子がよく判らない。
どうやら宝石人間は男のようだった。
「ブラックパール?それは随分昔の俺の渾名だ。そんなの何処で仕入れたんだ?。」
「ほうそうなのか?ブラックパールと言うのは、この街での君の通り名だよ。こちらに来て一日もたっていないのに、もうそんな名が付いてる。この世界の情報伝達が早いのか、君の存在がそれだけ強烈なのか、まあ両方だろうが。」
「、、。俺の名は漆黒猟児だ。少なくともドク冷泉は、その名で俺をあんたに繋いだ筈だ。でもあんたが俺の事をブラックパールとよびたきゃそれでも良い。」
「しかし冷泉くんから聞いていた君の印象と、実物とは随分違うな。今の君はとても刑事には見えない。、、まるで男娼の殺し屋のようだ。なあブラックパール君。」
「、、ここじゃどうか知らないがワールドの中心じゃ刑事は一日も生きていけなかった。そういう世界に帰って来ると昔に戻る、それだけだ。ワールドから出れば又、刑事になるさ、ジャンク・ジュエリー。」
椅子に座ったままの宝石人間を、突っ立ったまま、尖った顎を上げて見下げている色気がしたたるような漆黒は確かにブラックパールそのものだった。
「そうか、まあ立ち話もなんだから座り給えよ、ブラックパール。椅子はそこらのを好きに使ってくれ給え。」
漆黒は雑然とした部屋の中を見渡し化粧台の前にある丸椅子を引き出した。
それを宝石人間の前に置き両脚を広げて座った。
「そんなに時間はない。ドク冷泉があんたに俺の事をどう伝えたのかは知らないが、俺の用向きは一つだ。あるものを見て貰いたい。この前のテロ事件に関するものだ。」
「ほう、それは面白そうだね。」
漆黒は、胸の内ポケットからデータカードを取り出して2本の指で挟み顔の前で振った。
そこには鷲男に横流しをさせた飛蝗人間の解析データが記録されていた。
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