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第7章 ブラザーシスター
80: 因果の精算
しおりを挟むソマステーションの西口の改札にある待合い広場にいたメイム・クリアキンが、ストリングを耳に当てていた。
それを見た漆黒は、メイム・クリアキンとの距離を一気に詰めた。
通常、漆黒は信じられない程の尾行間隔を空ける事が出来るが、追尾する人物が交通機関を使用する直前は、それが出来ない。
自分の足で尾行を続けるには、当然、漆黒も相手と同じ乗り物に乗る必要があるからだ。
鷲男はイグドラシルとの接続によって、それさえも可能にする事があるが、漆黒は精霊ではない。
漆黒は、尾行間隔を人間の刑事がやる程度まで、詰めた。
本当はもう少し離れていても、漆黒の運動能力なら追尾に問題はない。
そこまで間隔を詰めたのは、漆黒の胸の中である確信が生まれつつあったからだ。
『鴻巣は、メイム・クリアキンの行動を監視してない。いや監視する目を持たないのではないか?』そういう思いだった。
鴻巣は公安らの働きによって旅団メンバーから引き剥がされている。
例えまだ、鴻巣がある程度の諜報戦に関する力を持っていたとしても、ジッパーの力が回復した現在では、鴻巣による監視衛星や「ヘブンの目」への侵入は、いやそれどころか、街の監視カメラさえハッキングする事は難しいだろう。
もちろん飛蝗人間など、街中では監視の目としては使えない。
そして何よりも漆黒には、鴻巣はメイム・クリアキンを信頼しきっているのではないかという推測があった。
鴻巣は、基本的に心優しい人物の筈だ。
それは、あの真田が証言している。
そして漆黒の中の秘められた記憶もそうだと言っている。
そのやさしさは、彼の極端すぎる理想主義が、研ぎ澄まされる中で変質していった。
加えて、鴻巣は頭が良すぎたのだろう。
鴻巣には、人間の未来が見えすぎたのだ。
だから鴻巣の内面では、稀代の戦略家という側面と、お人好しの混在というあり得ないアンバランスが起こっているのだ。
鴻巣は、メイム・クリアキンの復讐心の低下こそ心配はしているが、自分への裏切り行為は絶対ないと無意識に思っている筈だ。
それが鴻巣という男だと、漆黒は理解しつつあった。
メイム・クリアキンが再び改札を通過して、パイプに乗り込んだ。
パイプは高速道路の「パイプライン」と同じ概念で作られている。
ベルトコンベアの代わりに、ドーナツ形状のシリンダー可動部分があって、そこにセルと呼ばれる車体がジョイントされて目的地に進む。
路線名はビッグイースト。
『まさかイーストアンダーワールドに行くんじゃないだろうな、、。』
漆黒の脳裏に悪い予感が走った。
八十体の飛蝗人間達をメンテナンス出来る場所、、、。
漆黒は、最初それを、「辺境」だと考えていた。
イーストアンダーワールドも大いに可能性はあったが、漆黒は別の理由で、それを除外していた。
つまりイーストアンダーワールドは、鴻巣を受け入れないだろうと思ったのだ。
金を出せば、なんでも買える場所だ。
だがその世界の形を維持するために、受け入れる住人は選んでいる。
その事情は、ウエストアンダーワールドでも同じだった。
そしてこの二つの世界は、人間世界への愛憎感情が極端に強い、だが、だからといって世界の破滅など、これっぽっちも望んではいないのだ。
・・・しかし鴻巣は頭が良い、、八十体の飛蝗人間をイーストアンダーワールドへ忍び込ませる方法を考えついたのかも知れない。
例えば、アンダーワールドへは、外界からのバイオ素材がひっきりなしに流れ込んでいく。
この世界の主な住人であるバイオロイドのメンテナンスの為だ。
もしあの飛蝗人間を一時的に分解して「パーツ」として、アンダーワールドに送り込んだら、、。
漆黒はそこまで考えて、次に現れるグロテスクな光景を打ち消すために首を振った。
漆黒はメイム・クリアキンと同じセルに乗車した。
パイプの中を走るセルの構造上、外部からの侵入はあり得ない。
又、移動中は外部への接続も出来ない。
他の乗客達に不審な点は見つからなかった。
しばしの緊張から解放された時間だった。
座席に座れずに立ったままの乗客が作る人垣の隙間からメイム・クリアキンの姿が見えた。
程なくメイム・クリアキンも漆黒の姿を見つけるだろう。
それによって彼女が少しでも安心を得てくれれば良いと漆黒は思ったが、直ぐにそれを否定した。
彼女にそんな配慮は必要ない。
メイム・クリアキンは、先ほどソマステーションで鴻巣からの連絡を受けたはずだ、そしてそれを直ぐに漆黒に報告しなかった。
我慢したのだ。
不安を押さえ込んで、余分な行動をとって、この追尾が失敗に終わらないように、彼女は努力してくれている。
自分が殺めてしまった男の妹は、タフな女性なのだ。
そしてそのタフさが、鴻巣の誘いに同調して、翅のある飛蝗人間を生みだした。
因果だった。
だがメイム・クリアキンは今、その因果を、自ら精算しようとしていた。
漆黒は、この娘の為にも、何が何でも鴻巣を確保すると、改めて心に誓った。
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