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第8章 地下世界のマルディグラ
84: 俺のおごり
しおりを挟む「今日は飲んでくれ。俺のおごりだ。あんたには今度の件で色々お世話になった。」
「気持ちは嬉しいが、こんな店で、俺のおごりだと言われてもな。」
いつものレオンの言い草だった。
この男はわざと毒を吐いて周囲を引かせる。
「マスター、とりあえずあれを出してくれよ。この豚野郎は口が肥えてるんだ。」
漆黒も負けてはいない。
バー・カミュのマスター、アベルは彼の背後にある、ぎっしり瓶の詰まった酒棚から無造作に一本のウィスキーのボトルをとって、ピカピカに磨き上げられたグラスにその中身をつぎ、レオンの前に置いた。
レオンがグラスを口元に持って行って、その手を一旦止めた。
匂いが違うことに気がついたのだろう。
次に琥珀色の液体を口に含むと、しばらくじっとしていて、それを飲み下した。
「驚いたな、、、本物か?」
「『ピュア』のあんたには、ぴったりだろ?他にも色々ある。気がむいたら何でも注文すればいい。堅苦しいバーじゃないから、ワインだってある。勿論、ワインの本物もな。」
「さすがに、アンダーワールドだな。ここには何度か潜り込んだことはあるが、こんな場所もあるんだな。」
それから後、レオンはひとしきり飲んだ。
カミュが作って出すオードブルも気に入ったようだ。
「メイム・クリアキンの裁判では特に感謝してる。今日はそれをちゃんと、あんたに伝えたくてな。」
「よせよ。結局、彼女は実刑を喰らってる。それにこの件については、又、あの”腐った世界に突き刺さった真実”が裏で動いてくれているんだ、俺だけの力じゃない。」
「パーマー捜査官か、、、。なあレオン、一体あの人は何なんだ?お前なら、あの人の過去を知ってるだろう?」
「大まかな事なら知ってる。というか、別にあの女は、自分の過去を隠したりはしていないぞ。お前がまるで、あの女を女神のように崇めているから、その後光で、あの女の姿が見えていないだけだ。」
「、、、ああ、そうかも知れん。だが今夜は、それを俺に教えてくれよ、、。」
「彼女はな、あのきれいな爆弾の被害者家族の一人だ。彼女一人が、こっちの大学に来てて被害を免れた。別に珍しいケースじゃない。悲惨さや残酷さでオリンピック大会が出来るほど、その手の酷い話はうんざりするほどある。、、ただ彼女が、他の人間と違うのは、あの事を絶対忘れなかったという事さ。他の人間達は忘れる事によって平安を得た。彼女はそれを拒否した。拒否するどころか、指先から血を流しながら穿り返そうとしてる。つまり、言い換えればきれいな爆弾の持つ最大の威力から無傷だったと言う事だ。その他の詳しい事は知らん。知りたきゃ、お前が調べろ。」
「、、、そうか、そんな所じゃないかとは思ってはいたが。、、それはそれでいい、よく判ったよ。」
漆黒はしばらく自分のグラスにつがれていたウィスキーの琥珀の色を見つめた。
「、、メイム・クリアキンの実刑の事だがな。あれは彼女が自分で望んだ事だ、、。それでもあんたが、裏で色々と動いてくれていなかったら、あんな量刑では済まなかっただろう。」
漆黒はレオンの事を、始めから一公安刑事にしては胡散臭い人物だと思っていたが、こういう事を頼んでみると、その多岐にわたる人脈や影響力を目の前にして、舌を巻かざるを得なかった。
裁判所が下したメイム・クリアキンへの量刑は、他のケースと比べると明らかに軽かった。
そこに至るまでの道筋に、一体何人の人間が裏で関与したか、計り知れなかった。
「なんだお前、自分のやった事を、又、悔やんでいるのか?」
俺はそんな感傷とは無縁だと言いたげな口調でレオンが言った。
「彼女はな、自分のやった事を償おうとした。俺達の助け船に乗れば、無罪放免どころか何もなかった事にさえ出来たかも知れないのにな。自分のやった事の罪を償わなければ、次に進めない、明日がない。そう考える珍しい人間も世の中にはまだいるって事だ。彼女は俺達とは違う。」
レオンは少しだけ真顔に戻ってそう言った。
「、、、俺もそれは判っていたような気がするんだが。俺は、彼女に対して彼女の兄貴の事で、引け目を感じていたんだろうな。」
『結局、彼女は、俺が彼女の兄を逮捕し、そのときの逮捕劇が原因で死んだ事を知っていたのだろうか?彼女はあの時、それを匂わすような事を言ったが、その後は一切、俺の前では自分の兄について言及しなかった。』
漆黒はそんな疑問をレオンにぶつけてみたい気もしたが、又、レオンに笑われるような気がして止めた。
「メイム・クリアキンで思い出したが、例の八十体の飛蝗人間の内、一体が回収途中で行方不明になったらしいぞ。」
レオンが何気なく言った。
「逃げた?何故、それを早く言ってくれない!」
「早く言ってて、お前それを聞いてどうするつもりなんだ?これは公安の仕事でさえないんだぞ。お前が所属してる刑事部なんて、もとから関係ない。表面上は、政府が総力を挙げて、あのテロの実行犯をもれなく捕まえたって事になってるんだ。この事件が表面化しないのは当たり前だろう。今の実態で言えば、逃亡した飛蝗人間の捜索はジッパーが主導権を握ってて、具体的には軍が秘密裏に動いてる。」
「、、飛蝗人間達は、どんな感じで捕まったんだ?あんたなら、知ってるだろ?」
「もちろん知ってるさ。教えてやるからワインを頼む。本物の特上の奴を。もしあるんならチーズもな、もちろん」
「、本物を奴を」と、漆黒がマスターに頷きながら付け足した。
「お前が言った、捕まったってのは、間違いだ。俺はさっき、回収したって言っただろ。あんなのとマトモにやりあってたらソレこそ戦争になっていたはずだ。事に当たったのは軍だが、回収の指示をしたのはジッパーだ。回収を決行するその時点で、飛蝗人間が休止状態にあると判断したらしい。悔しいが、いつもジッパーの奴らは、俺達の少し上の情報を持ってる。今回お前が、ジッパーより先に動けたのは、メイム・クリアキンとの個人的な因縁があったからだ。、、、まあそれはいいか。とにかく、軍の特殊部隊がEUWの隠しラボに突入した時、八十体の飛蝗人間はシリンダーの中で大人しく眠っていた。その扱いは、デインデからレクチャーされているたから後は簡単だ。乗ってきた擬装軍事トラックにシリンダーをポイポイ積み込んで、それであっけなく終了さ。あれだけの大惨事を引き起こしていてな。まあ物事の終わりってのは往々にしてそんなもんさ。」
レオンが目を細めて、口に入れたチーズをもぐもぐとやっている。
「それで、その後は?」
「シリンダーは一旦、デインデに引き取られた。一旦ってのは、手続き上の話だ。元から飛蝗人間の所有権はヘブンに、メンテナンス義務はデインデにあるからな。元のさやに収まったって事だ。だが今度のテロ攻撃の件があったから、ヘブンはその八十体を公開処刑というか、公式に分解するつもりだったらしい。というか、もうすぐ正式な手続きを経て、それをやるだろう。その矢先に、一体が逃げ出したってわけだ。デインデの研究員が、シリンダーから飛蝗人間を取り出して検査を始めようとした時らしいな。まあ、俺が知ってるのはそこまでだ。」
「、、レオンあんた、ヘブンが飛蝗人間の中に、改造した人間を混ぜてるの知ってるよな。あの純正の八十体の中にそういうのが、一体混じってたらどうだ?」
「止してくれ、そいつが逃げ出したと言いたいのか?想像するだけで、せっかくの酒がまずくなる。」
レオンが目を丸くして言った。
「いいか、漆黒。俺達の付き合いは、あのロアから始まったんだ。鴻巣までは追い詰めた。残りも、俺達ならいずれなんとかなるだろう。でも俺とお前の関係は、それ以上はないぞ。それにお前も、なんでそんな事を、一々気にする必要があるんだ。」
「、、、そう言われれば、そうだな。」
ただ何となく気になっただけだ、そう言う前に、漆黒はレオンの空になったグラスにワインをついでやった。
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