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第4章 O・RO・T・I

24: 聴取 マーフィの主張

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 守門という偽調査官による科学者達への、能都流に言うなら所内職員への事情聴取が始まった。
 一番には、レッドが暴走した前後の状況を詳しく知る人物への聴取を考えた守門だったが、廊下ですれ違ったマーフィ博士の姿が妙に頭に残っていて、守門は最初に彼を指定した。
 マーフィからなら、他の職員だと喋りたがらない五秒ラボの裏事情も聞き出せるのではないかと思ったからだ。
 そういった裏の内容を、予備知識として持っているかいないかでは、今後の聴取活動の質が大きく違って来ると判断したのだ。


「調査官は、もうこのラボの居住区へは、お行きになりましたかね?」
 マーフィは、守門の予想通り最初から聴取に積極的だった。
 いやむしろ、聴取というよりは、マーフィから進んで情報提供をしたがっているように思えた。

「いいえ、まだですが。一通り職員の皆さんから、話を聞き終えた段階でお伺いしようと思っていました。それが何か?」
「ん~、なら、最初に私から、少しばかり居住区について説明させて貰おうかな。いや何、私自身が居住区に住んでるものでね。その実感で、しゃべれると思うんだ。いいですかね?」
「ええ、是非。」
 マーフィの目的が、どこにあるのかは判らないが、意味もないのに、わざわざ居住区の話等をしたがっているのではないのは判っていた。

「このラボは、結構辺鄙な場所にある。通いでここに勤めるのは結構ハードなんですよ。たった数キロ離れた、偽研究所に出向かなきゃならない時ですら、所内は大騒ぎなんだから。そういった遠距離に住んでいる人間を対象に、居住区が作られてる。非常に快適な生活空間が保障されているんですよ。衣食住に医療・娯楽まで、上を望まない限り、十分なものが揃っている。で、結局どうなったかと言うと、家庭のない多くの科学者や技術者は、実質上、ここの居住区に住み着いてしまった。そりゃ、そうでしょう。移動の為の時間ロスはなく、研究に必要な設備機材は充分目の前に揃っていて、しかも相談相手には事欠かない。研究費は潤沢で、高額な給金も出る。本物の研究馬鹿なら、こんな良い環境はない。中には、単身赴任みたいな感じで家族を外に残してまで、ここに入り浸ってるのもいるくらいだ。」
 マーフィは、なんの淀みもなく喋り続ける。
 インターフェース部門の権威と言われるだけあって、喋るのが根っから好きなのか、と守門は少し呆れ始めていた。

「しかし人間、そういう環境に首までどっぷり浸かっていると、本来見えているものが、見えなくなるものなんですよ。人間にはね、日常生活の不平不満とか葛藤とか、そういったものが必要なんですよ。それが、社会を見る目を養う。ここは、それが極端に少ない。私なんかは常にそのぬるま湯の状況と戦っている。まっ、外に出て、多少の苦労はしながら、ちゃんと社会生活を送れば、済む事なんだが私だって、研究者としては、ここの環境は魅力的ですからね。で、結果それでどうなるかと言うと、居住区に住んでる私が言うのもなんだが、このラボの状況は金の卵を産む鶏の養鶏場って所まで、成り下がってしまっている、、、色々な意味でね。そして最大の問題は、科学者達が、自分たちは閉じ込められて利用されているんだっていう自覚を持てない所かな。」
 マーフィはそう言って、片目を瞑って見せた。

 守門は、能都が所内の人間達の事を、あまり何々博士とは呼ばず、単に職員と呼ぶことを思い出した。
 確かに、マーフィの話を聞いても、守門の肌感覚からしても、このラボにいる人々は、独立し自由な気風を持った科学者グループというよりも、能都が使う「職員」という言葉に含まれる従属性を感じさせる人々が多いかも知れない。
 もちろん本人達は、そんな事に気付いてもいないだろうが、それこそが問題なのだとマーフィは言いたいのだろう。

「・・・そうですか。いや、面白いお話を聞かせて貰いました。何かの参考になると思います。では、こちらからの質問でいいですか?」
「もちろん、なんなりと。女王様からは、調査官には最大限の協力をせよと仰せつかっていますからな。」

「五秒博士はレッドが暴走した時、残されたホワイトにオーガニック仕様ロボット特有の爪痕が残った。、、そう仰ったんですよ。その際に、その意味を直接お聞きすれば良かったんですが、色々取り込んでいましてね。失礼ですが、その点を、マーフィ博士にお聞かせ願えればと」
「オーガニック仕様ロボット特有の爪痕と、、そう言ったのか、、、五秒らしいな。彼は根が文学者だからね。まっ、それが彼の良いところでもあるが、」
 マーフィは少し天井を見てから言った。

「私はロボット作りに、彼らが言うオーガニックのような概念を持ち込む事には、意味がないと思っているんだ。ロボットには、ロボットとして全く別の進化の方向性を与えるべきなんだ。例えば、万能カルビ、あれを使えば、自己修復が出来る。オーガニック流に言うなら、自己治癒力だな。そこに自意識が加わったらどうなる?他の奴らは、動力源を完全制御すればいいとか、脳天気な事を言ってるが、人工知能を甘く見過ぎた。その内に出し抜かれる。最初から人間がしっかり関与出来る方向性で、ロボットを設計すべきなんだよ、オーガニック概念の導入は危険だ。ロボットは、機械の塊でいい、それでこそ、ロボットを人間の制御下に置くことが可能になる。、、まあ良いか、、。余計な事を喋りすぎたようですな。調査官、貴方は、人間の脳死状態ってものを知っていますよね?」

「ええ、そういった状態に陥っている人を実際に見たことがあります。」

「ん。脳死をしごく単純に言えば、脳は死んでいるが身体はまだ生きているって事だね。これは人間の身体が、五秒達の言う、オーガニックだから起こる現象だ。彼らに言わせると、脳みそが生き物の身体の中での絶対的な中心臓器だってのは思い上がりだ!後の肉体パーツは、従属的でただ命を支えてるだけの低位なものってワケじゃないぞ!お互いがお互いを補完し合ってるんだっ!て事ですな。脳が機能停止したって、身体は生き続ける。それぞれは、それぞれを補完し合う、それがあっての全体だ。つまり、このオーガニックの概念を、彼らはロボット設計に組み込んだ。いや勿論、人造人間を作ろうとした、ワケじゃない。ん、そうだな、彼らはうんと生命感に溢れたタフなロボットを作ろうとしたんだ。それと、このオーガニックの概念は、彼らが執心していた人工知能の有り様とも関係が深かった。タフな人工知能、そいつには、根性とか努力の属性があって、それを発揮して脳味噌や身体に多少のダメージを受けても頑張っちゃう。そんな感じですよ。ほんと、笑えますな。愚の骨頂だ。おっと申し訳ない、また又、脱線してしまいましたな。爪痕の話だった。」
 マーフィ博士は、相当、オーガニックプロジェクトに、反感を感じているようだ。

「レッドとホワイトのリンクが切れたと言っているが、実際は全て切れたワケじゃないんですよ。脳死の話じゃないが、切れたリンクは、イカレちまった脳みその方だけ、身体同士のリンクはまだ生きていたという事です。さっき言ったように、レッド自体がそういう仕組みで稼働するロボットですからね。勿論、時間の経過と共に、レッドボディとのリンクも失われたが、我々はその残されたデータを元に、暫くの間、レッドの行き先を推測する事が出来た。そしてレッドを補足しなおして、そのボディに、こちらからのリンクをかけ直す事が出来たんですよ。ただし、脳みその方は既に死んでいるから、いや言い間違えた、暴走しているから、リンクと言っても、我々はレッドという暴走ゾンビロボットの様子を、その内側からモニター出来るだけだった。、、と、いうわけ。五秒の爪痕という言葉は、その顛末を語る為の前振りですな。」
 そしてあの時、その続きを語ろうとした五秒博士を、能都が遮った、というわけだ。

「マーフィ博士。貴男は、この計画に懐疑的な立場をとられており、オーガニックプロジェクトには参加していないとお聞きしていますが、いまの話振りでは、内情に付いて大変お詳しいように思いますが?」

「私は、レッドが暴走したと聞いた時、大変な危惧を感じた。この身が震えるほどにね。世の中の事を何も知らない、いや忘れてしまった赤子のような大人達が作り上げた最新鋭の人殺し専門ロボットが暴走したんだ。畏れるのは当たり前でしょう?だから、その時から、私はレッドを回収するための取り組みに全力で協力する事にした。、、、力は及びませんでしたがね。」

 守門は、最初に、この人物を選んだのは正解だったと思った。
 そして、マギーの情報に登場する、レッドが最初に犯した殺人事件を外部にリークした人物とは、このマーフィ博士ではなかったかという思いが、益々強くなっていった。


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