48 / 66
第三章 時空バイパス
48: 火縄銃
しおりを挟む翌日、岩崎はこの村に初めてやってきた時のコンタクトスーツを着込み、お手製の火縄銃を肩に担いだ姿で、アマンダと町の広場にやって来た。
コンタクトスーツは身体にフィットしていて光沢があったから、普段着るには気恥ずかしいものだったが、祭りの日にはピエロの衣装代わりになるのではないかと岩崎が考えたからだ。
火縄銃は建国祭の主催者側の要望で、景気づけ号砲の為に使われる事になっていた。
始めは断っていた岩崎だが、今は不発の時を考えて弾丸を二発、ポケットに突っ込んできてある。
強力な火薬を作り上げるのと、弾頭に仕込んだ炸裂の仕掛けが微妙な調整を必要とした為、数が少ない弾丸だったが、これにしても町の人間が協力してくれなければ作り出せるものではなかった。
いくら対アルビーノ戦用の重要なものであっても、出し惜しみは出来ない。
そう考える岩崎は、徐々にこの町の住人に近づいてきたとも言えるかも知れなかった。
広場には、何処でどう材木をかき集めてきたのか、立派なステージが木材で組み立てられ、華々しいデコレーションが施されていた。
その周辺には町の有志が臨時で出した屋台があり、そこに町では数少ない子ども達が群がりよっていた。
子ども達の半数以上は、この世界の生まれだ。
「BBも今日ばかりは、出番がないようだな。」
岩崎が言ったようにBBはステージの席で身体を丸くして所在なさげに座っている。
「マディには夜の出番があるわ、このお祭りは夜通し続くんだから。」
盛装したアマンダは日傘の影でにっこりと微笑んだ。
開会の挨拶は、町の町長でもある鍛冶屋のマルフィンが取り仕切った。
これもどこから集めてきたのか、バラバラの楽器類を持った臨時の楽隊が場面を盛り上げる。
式典はつつがなく進み、やがて岩崎のスピーチの番になった。
マルフィンが号砲を使うように、岩崎に目で合図を送ってくる。
「では私のスピーチを始める前に、今日の良き日を記念して。」
岩崎は手慣れた手つきで、ポケットから虎の子の弾丸を出すと、火縄銃に装てんして銃口を抜けるような青空に向けた。
轟くような銃声が上がると、観衆から拍手が撒き起こった。
そしてその惨劇は、岩崎の号砲を合図にしたかの様に、観衆の一角から始まったのだ。
ステージの上の岩崎からは、観衆の外縁の一角が突如として崩れたように見えた。
やがてその波紋は、どんどん外へと広がっていくのだが、その中心地には異形の一団の姿が露になり始めていた。
完全な裸形の者、体中に革のベルトを巻き付けた者、金属を身体に埋め込んだ者、そのどれもに共通している点が一つあった。
それはその異形の者達の肉体が、いずれかの部位で無惨なまでに破壊し尽されている事だった。
岩崎にはその姿に見覚えがあった。
あれは、ブキャナンの地下室で蠢いていた者達だ。
そしてその異形の者達の中心には、岩崎が待ち焦がれたブキャナン本人がいたのである。
逃げまどう人々の群に、異形の者達は圧倒的な移動速度で飛び込んで行き殺戮を始めている。
群衆のパニックが、彼らの抵抗のチャンスをなくしていた。
それはステージの上も同じ事だった。
岩崎が目でステージ下にいるアマンダの安全を確かめようとした時、既に異形の何人かはステージの上に這い上がっていた。
アマンダの元に駆けつけようとした岩崎の肩を、耳と鼻と唇をそぎ落とされたゾンビの鉤爪が捉えた。
岩崎にはパニックに陥った町の人々とは違って、刑事として鍛えた体術と燃え上がるような怒りがあった。
岩崎は、肩の肉がもぎ取られるのを無視してゾンビに振り向き、火縄銃の銃座をゾンビの腹にたたき込んだ。
ゾンビの口からは猛烈な腐臭が吐き出される。
彼等には電脳空間にいた時のような桁外れの不死身性はないようだった。
それでもゾンビは猛烈な回復力を見せて、岩崎を組み敷こうとする。
岩崎は後ろに引くと、今度は素早い動きで、銃座をゾンビの顔面の中心に突き入れた。
グジャリと骨の陥没した音が響く。
彼らは自らの不死身性故か、これほどの俊敏性を持ち合わせながらも待避行動をとろうとしなかった。
結果的に彼らの攻撃は飛んでもなく直線的なものになっていた。
それが岩崎を有利に導いた。
少なくとも、岩崎は数分の後に、自分を捉えていたゾンビ達を動かなくする事に成功したのだ。
だがその数分はアマンダにとって致命的な遅れと言えた。
アマンダが座っていた席の辺りには、やせ細った悪鬼が血だらけになりながら散乱した肉片をかぶりついていたのだ。
「アマンダ!」
岩崎の呼びかけに応じたのは、その悪鬼の方だった。
悪鬼はゆっくりと岩崎の方を振り向いた。
「アスターシャ!?」
アスターシャそっくりの悪鬼のペニスだらけの顔の口からは、アマンダの顔から引き剥がされた皮膚が垂れ下がっていた。
岩崎は気を失いそうになった。
同時にステージの上に到着した他のゾンビが、一斉に岩崎に向かって動く気配を見せた。
ステージの上にはもう生存者は岩崎しかいない。
BBは見えない眼球をくり抜かれそれを口に押し込まれて椅子の上で悶絶している。
「止めろ!私はもう少し、その老人と話がしたい!」
ゾンビ達の動きが、ブキャナンの一喝で停止した。
ブキャナンはいつの間にか、ステージの近くまで近寄っていた。
岩崎は力無く火縄銃を眼下のブキャナンに向けた。
「ほほう。君も落ちたものだな。そんな旧式な武器で、この私を仕留められると考えているのか?」
「知っているぞ。受肉したお前は、もう以前のブキャナンではない。死の恐怖を味わうがいい。」
岩崎の声からはあらゆる感情が削がれていた。
だが火縄銃の銃口はブキャナンに向けられている。
「君が二発目を込める前に、私の下部が君を殺す。」
「残念だったな。こいつは2連発だ。お前は以前の様に消えたり現れたりはできん筈だ。狙いは外さない。」
ブキャナンの顔に奇妙な表情が走った。
それは始めて知った、己の死への恐怖なのだろうか?
だがそれも長くは続かなかった。
「アマンダと言ったか、その女はまだ生きておるぞ。そっちを見て確認したらどうだ?お前の元女房が彼女の息の根をとめん限り、アマンダは苦しみ続ける。」
「嘘を付け。はったりだ!」
岩崎はブキャナンを睨み付けた。
もうブキャナンの瞳の色は、細かな宝石を埋め込んだようにきらきらと輝いている。
「早く助けてやれ。その銃でなら、出来るだろ。」
岩崎は堪えきれずに、アマンダの方向を見た。
確かにアスターシャの悪鬼の前には、肉塊の山の中に顔面を引き剥がされたアマンダらしい姿が弱々しく息をしていた。
アスターシャがアマンダの胸ぐらを掴み、彼女のボロ切れの様な身体を吊り上げた。
アマンダの胸からは大量の血が流れ出している。
岩崎は銃口をアスターシャの背骨の浮き上がった背中に向けた。
残りの弾は一発だ。
ここで使えば岩崎に再びの勝機は訪れない。
それにもう既に、アマンダは虫の息だ。
永遠の一瞬の中で、岩崎の『刑事としての判断』が、彼の情感に競り勝った。
岩崎はギリリと奥歯をかみしめて、身体を反転させた。
だがそこにはすでに、ブキャナンの姿はなかった。
そして呆然としている岩崎は、何者かに背後から頭部を殴打されて、その場に倒されてしまった。
つぎに岩崎が目覚めたのは、自分の右手に強烈な痛みを感じた為だ。
岩崎は目に止めどもなく入り込んでくる血の隙間から、銃を握っている右手を踏みつけている男の姿を見つめた。
それは勝ち誇ったようなブキャナンだった。
そしてブキャナンは、何かに酔いしれているようでもあった。
「お前を除く最後の人間が、今死んだ。いいな。人間の恐怖の味は堪えられない。私はこの気を吸い取るたびに、自分の中から強烈な力が吹き上がってくるのを感じ取る事が出来る。」
岩崎は自由の利く左手で、火縄銃から銃弾を抜き取り始めた。
・・・銃弾は炸裂式だ。
銃弾の手製の装甲は極めて弱い。
堅い部分にぶつければ銃身がなくとも、まだ武器として使える。
直ぐに骨がある身体の固い部分に、ブチ当てる。
頭でも肋骨のある胸でも、腰のあたりでも、どこか見つけられるだろう。
もちろん自分の右手は吹き飛ぶだろうが、そんな事は重要な問題ではない。
岩崎の左手は恐ろしいほどゆっくりと動いた。
ブキャナンがそれに気付くならそれでもいい。
どうせもう、選択の余地はないのだ。
岩崎はまだ朦朧とする頭で考えた。
左手は夢の中の動きの様に、岩崎の指示に従っている。
幸いな事に、ブキャナンは(死の恐怖)とやらに酔いしれているようだった。
「次はお前の番だな。どうだ?二度目の女房を裏切った気分は。私は地下室で警告してやった筈だ。アスターシャをあそこまで追いつめたのはお前だと。」
ブキャナンはかがみ込んで、岩崎に顔を近づけて来た。
・・・そうだ、俺をもっと苦しめるために、その顔をもっともっと近づけて来い。
俺の手には炸裂弾が握られている。
お前のこめかみに、そいつをぶち込んでやる。
そうだ、もっと近づいて来るんだ。
「何?いま何と言った。耳が遠くなった様だ。聞こえないんだ。」
岩崎は思いつく限りの哀れさを演出して声を震わせた。
ブキャナンは嬉しそうに更に顔を近づけた。
「お前は刑事のくせして、人を裏切るのが得意な屑野郎だと言ったんだ。ついでに教えて置いてやろう。あのアスターシャは、私の創ったレプリカではないぞ。本物だ。私がお前の為に、地球から連れてきて改造し調教してやったんだ。」
岩崎の目も眩むような怒りが、左手の反射速度を高めた。
左手がブンと唸って、その手に握られた炸裂弾を、ブキャナンのこめかみを正確に捉え、打ち付けた。
左手から、激しい衝撃が伝わってきた。
岩崎が覚えているのは、そこまでだった。
0
あなたにおすすめの小説
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる