したっぱの日常

きりたんぽ

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第1章

大樹

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「そういえば、キミってばいつまでここにいていいのっ?」

「いいのー?」

「あっ」

 やってしまった。巴嬢達と話すのに夢中になって七尾少年のことをすっかり忘れていた。

 体感では、迷路に迷い込んでから少なくとも2~3時間は経っている。もし宰相さんが話好きだったとしても、さすがにもう、呼び出された名目の内容は終わっている頃だろう。
 今頃、七尾少年は広い中庭で俺を探し回ってるんじゃないだろうか。

「俺、そろそろ帰らなきゃ」

 席を立つと、隣に座っていた巴嬢も立ち上がった。

「じゃあ、ヴァーが外までお見送りするね!」

「ばいばいするのー…?」

 短い腕にぴーちゃんを抱えたまま首を傾げるきー坊に、ひとつ頷いた。
 きー坊はかーちゃんさんにこの場所で大人しくしているように言いつけられているそうだから、ここでお別れだ。

「ああ、人を待っていたのを忘れていたんだ」

「まちゃーわせー?」

 言えてない。言えていないぞきーちゃん君。
 自分でもおかしいと気づいたのか、「まちゃわうー?」「まちわわせー?」と言い直そうとしている。あ、目があったぴーちゃんが「きゅーちがう」と首を横に振った。

「そう、『ま・ち・あ・わ・せ』な。七尾少年って知ってる?」

「ばるちゃんはヴァーのお友だちだよ! きーちゃんは顔見知りくらいだね!」

「ばるちゃん、あまいおいしい、くれるー」

 おやつをくれる人という認識なのか。子供の認識ってそんなもんだよな。
 …もしかして、七尾少年はまめな性格なのかな。

「『ばるちゃん』っていうのは七尾少年のことかい?」

「うん! 『七尾』だから、最初をもじってばるちゃんなんだっ」

「どこをどうもじったらそうなるんだ」

 どうも巴嬢は不思議な感性を持っているとみた。





「次はね、ここを右だよ!」

「待て待て待て。そっちは左だ!」

「間違えた! 左だった!」

「本当だな? 本当に左で合ってるんだな?」

「うんっ。わかってるよ! ペンを持つ方でしょ!」

「それは右だ。つまりこっち!」

「あれっ? そうなの? ヴァー、ペン持たないからわかんないや!」

「だろうね!」

 巴嬢が道案内を買ってでてくれたので安心して帰れると思いきや、どうやって彼女があの場所に辿り着けたのか不思議に思うくらいに迷っている。
 あんまり不思議だったので本人に聞いてみたら「迷っても進み続ければそのうちいつか辿り着ける」らしい。人生の話なら深いと思ったりもするんだけど、この場合そのまんまの意味なんだよなぁ…。

「それでね、そーちゃんがねっ」

 隣では巴嬢とそーちゃんさんの思い出という名の惚気話が延々と続いている。ただ残念なことに、登場人物の説明がない上に時系列がバラバラなせいで、トンデモ時空の旅が展開されている。
 そーちゃんさんがドッペルゲンガーも真っ青なくらい津々浦々してるぞ。

 それでも聞いているうちになんとなく内容を掴めるようになってきた。
 今は『巨大盗賊団・制圧編~初めての共同作業~』が進行中のようだ。因みに制圧編の前には捜索編と救出編があったそうな。ちょっと気になる。

 盗賊団のアジトの中で息を潜めながら作戦を練っている2人。…なんで先に進入しちゃったの?
 もちろん作戦を立てたのは全てそーちゃんさんで、いざ巴嬢に説明しようというときに大きな壁が立ち塞がった。巴嬢が作戦を理解できなかったのだ。仕方がないのでシンプルに最低限の動きだけを教えようとしても、彼女はそもそも左右の区別もついていなかった。

 なるほど、どうして捜索編や救出編をとばしてこの話をしたのかがわかった。そーちゃんさんに左右を判別する方法を教わったのを思い出したのか。

「それでね、鏡みたいだったのはお茶碗を持つ方が逆だったんだって! そーちゃんってば左利きだったの! ヴァーは両利きってすごいでしょ!」

「ちょっと待て」

「なあにっ?」

「左右の区別の仕方で、ペンを持つ方が云々…って教わったのはその人になんだな?」

「そうだよ! まだ話してないのになんでわかったの!?」

「わからいでか。ということは、さっきの角は左で合ってたのか! 戻るぞ」

「ええーっ?」

 そーちゃんさんは左利きで、巴嬢は両利き。巴嬢はペンを持たないと言っていたし、両利きならどちらの手でも書けるだろうから基準はそーちゃんさんになる。左利きがペンを持つ方なら左だろう。










 と、思っていた時期が俺にもありました。


「ゴオオオォォル!」

「つ、疲れた…。右の道で合ってたのか…」

 疲れ果てて地面に倒れこんだ俺に対して、元気にはしゃいでいる巴嬢。脳筋なめてました。

 結局、「ペンを持つ方」は右のことだった。尋常じゃない脳筋の巴嬢は、向かい合った人と自分にとっての左右が逆になることもよくわかっていなかったのだ。
 つまり、左利きのそーちゃんさんがペンを持っているところを見ていた巴嬢にとっては、右手が「ペンを持つ方」だったというオチだ。
 なんとなくそーちゃんさんに意地の悪さを感じるのは俺の偏見なのだろうか。





 後ろを振り向いて、遠くで飛び跳ねながら手を振る巴嬢に手を振り返した。前を向くと、俺が通ってきた小径が続いている。相変わらず、風で木の葉が揺れる度に地面を木漏れ日がくるくると動き回る様は万華鏡を思わせる。
 あれから随分と時間が経っているはずなのに太陽は高いままなので体感との違和感が強い。異世界だから、高緯度地帯みたいに夜が短かったり、1日が異様に長かったりするんだろうか。

 桜の木のように滑らかな木の幹に、戯れに触れながら歩いているとついハミングしてしまった。肥えた土の香りが森林にいるかのような気分にさせる。

 この光景を目に焼き付けておこうと思ってキョロキョロとしていると大きな木が目についた。原生林の中にでも生えていそうな立派な木だ。好奇心に負けて近づいて見ると、その大きさがはっきりとわかる。

「凄いな…。なんでここには他の木がないんだろ? …ああ、根っこが張り巡らされすぎてて入り込めないのか」

 ぽっかりと空いた空間に堂々と立っている大樹は一種神秘的な雰囲気を醸し出している。パワースポットとして人気が出てもおかしくないくらいだ。
 思わず「ほうっ」と息を吐いてぐるりと周りを歩く。丁度裏側に差し掛かった時に、何かにつまづいた。

「うわっ! っとっと。あー吃驚したー。根っこか?」

 つまづいたものを確認しようと上ばかり見ていた視線を下げると人がいた。目はぴったりと閉じられていて、大きな根と根の間に挟まるようにもたれかかっている。蹴飛ばされたというのにピクリとも動かず、目を覚ます気配はない。一瞬、最悪の想像が頭をよぎったけれど、血色のいい肌や僅かに上下している胸を見てホッとした。

「もしもし、寝てるの? 大丈夫?」

 寝ている人にこんなことを言って、意味があるのだろうか。スヤスヤと無表情で眠る青年の肩を軽く叩いてみたけれど、呼吸ひとつ乱れない。ノンレム熟睡ですな。
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