したっぱの日常

きりたんぽ

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第1章

捕獲

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 最初は多くはないが少なくもない量だったが、時が経つにつれ仕事がどんどん増えてきた。
 最初は意識しなければ気づかない程度だったそれが、僅かな間に誰が見ても明らかな程増えていった。
 あまりに急激な増加に若者たちは右往左往するしかなかった。

 皮肉なことに忙し過ぎたおかげと言っていいのか、若者同士が対立しあう暇もなくなったために彼らの仲違いは自然と収まることとなった。
 そのうち、とうとう自分たちではとても手に負えなくなり、派閥の他の者の協力が必要になった。
 それから数日は渋い顔をする者に土下座する勢いで頼み込む一団が方々で見られるようになった。
 宰相と対立した上に賛同する幹部がひとりもおらず、てんてこ舞いとなった彼らの求心力は大口の反動もあり日に日に落ちていたが、それでも説得に折れて協力する者もいた。


しかし、更に数日もすればそれでも追いつかなくなってきた。





 宰相が代替わりと言う名の脱走を果たした1ヶ月後、慌ただしい雰囲気に包まれていた城が更に騒々しくなる事態が発生した。
 公務と言う名の脱走をして『王国』外にいた王が帰ってきたのだ。
 城の異常な雰囲気に気づいた王は幹部の一人を(腕力で)とっつかまえると、騒ぎの一部始終をききだした。




 その日のうちに王に呼び出された若者たちは戦々恐々とした面持ちで謁見に臨んでいた。
 本来なら謁見の間に王の名で呼び出されるのは光栄なこととされる。

 『王国』では他国と違って貴族がいない。これには建国時のあれやこれやがあるそうだが、それに付随して、とにかく爵位だの領地だのという貴族制度がない。
 基本的には王の下に上級幹部と中級幹部がおり、上級幹部の下に下級幹部という構造になっている。
 幹部の人数は少なく、全員の根拠地が王都であるため中央集権極まる構造だ。
 その割に不思議と揉め事は少ないが、その一因には『王国』の民の傾向が脳筋ーー腕力至上主義であることが深く関係している。統治する側の幹部がほとんどが武官であるのもその影響を受けている。
 ちなみに宰相は幹部にあっては珍しい文官で、必然、仕事量に比例して権力も大きい。なにしろ王の右腕とされ、王の承諾が必要であるものの、人事権すら持っている。


 それはさておき。
 つまりは『王国』での王と宰相というのはそれほど上位の存在であるということになる。
 そんな人物の片方から呼ばれる案件は勿論、もう片方であり上級幹部筆頭に位置する宰相の件しかありえない。
 彼らは何も考えず喜べるほど愚かではなかったために、それが自分達にとって良いニュースであるわけがないと察してしまった。



 王は青ざめたまま跪く若者たちを前にして、頭を上げさせぬまま語り出した。

 曰く、宰相が今の地位に就いたのは宰相の能力に目をつけた王が渋る宰相を拝み倒して連れてきたから。
 曰く、本人は宰相の地位に固執する必要がないほど優秀なため、いつでも『王国』を出られると。
 本来は流れの研究者であるため本人は研究を続けたがっていたが、研究できる万全の環境を用意するという条件をのんで招致したのだ。
 もし『王国』を出た宰相が敵国である隣国に流れ着いたとしても、大した支障なく研究を続けられるくらいの度胸も人脈も能力も持っている。
 更には幹部の中には宰相によって才を見いだされ登用されたものや、宰相によって救われたために恩義があるものも多いため、宰相が望めばそちらについて行くものもいるという。

 自分達の犯した過ちについてとうとう明確に理解した彼らはいっそ哀れなほどに震えていたという。
 そして、何があろうと幹部達が宰相を見捨てなかった理由がわかった。
 王国が宰相を見捨てるのではない。見捨てられるのは自分達の方であったのだ。


 王自身も宰相をその能力や功績だけでなく、互いに気の置けないひとりの古い友人としても大切にしていた。
 信頼する宰相のもとで優秀な幹部連中が己の才を活かしていた状況は王の理想であった。

 それを台無しにされた王は当然の如く言い放った。

「全部無駄にしやがってこのクソガキども。二度と来んな。顔も見たくねえ」(原文ママ)

 王が席を立つとすぐに控えていた幹部によって若者たちは入城の権利を永久に剥奪出禁にされた。

 『王国』では幹部ともなると城に参上する必要がある。
 上昇志向を拗らせた彼らにとっては、事実上の永久不採用宣告が突きつけられたことになる。
 その上、王に睨まれたとあっては親しくしたい者などいるはずがない。
 彼らはそれまでの生活から一変、人目を避けて僻地へ逃げ出すこととなった。





 それ王のマジ切れとその後の王令による全国宰相捕獲作戦開始から約1ヶ月後。

 結局、宰相は逃亡の末に幹部のひとりによって連れ戻された。
 謁見の間で疲れ切った様子の武官の幹部達に睨まれた文官であるはずの宰相は平然としていた。文官とはなんなのか。
 必死に追い縋る幹部達やその部下を撒いてまで逃亡し続けたことを王に指摘されると、『逃亡者を追うための訓練』だったと顔色一つ変えず言ってのけた。
 あまりに悪びれないその様子に誰もが言葉を無くし、怒りを通り越して脱力したという。


 ちなみに、幹部たちは宰相が脱走したと気づいた時点で捜索を始めており、若者たちが執務室でブイブイいわせていた時にはそれどころではなかった。
 とにかく発見を目標に広い『王国』内を駆けずり回り、最悪は捜索の手が及ばない他国に出られること、王が帰るまでに連れ戻せれば奇跡であった。

 捜索中は派閥だの相性だの関係なく連携をこなした彼らの行動は確かに効率よく『訓練』を行なっていたといえる。
 幹部ともなれば宰相がいなくなった場合に生じるであろうあれやこれやがありありとわかってしまって、半泣きで若者達への悪態をつくものやらストレスで胃をやられるものやら半狂乱で叫びながら走り回るものなどが出て、一部始終を見ていた部下達の心胆を寒からしめた。
 戦では敵軍を一騎当千で蹴散らす上司をパニックに陥れるほどの宰相の引退宣言ガチ脱走には一体何があるのかと。



 最終的に宰相を連れ戻したのは反宰相派筆頭の幹部の男で、簀巻きにされて不貞腐れる宰相を担いで帰った彼は誰が見ても満身創痍だった。
 誰よりも重症なその姿を見た他の幹部がドン引きしたのは現在では笑い話となっている。

 のちに、何故そこまでして反目しているはずの宰相を連れ帰ったのかと同僚に聞かれた時には『それが銀(宰相の渾名)が一番嫌がることだったから』と答えたという。
 上が上なら下も下であった。



 王は彼の奮闘を高く評価し、宰相の貯め込んだ私財から褒美を与えた。

 その名残が現在も定期的(不本意)に行われる宰相捜索依頼とその懸賞金である。
 ちなみに現在の懸賞金は王と宰相の財布から支払われているが、その割合については国家機密とされている。



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