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15、僕と視線と胸の痛み

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 朝、街へ向かう時はゆっくり行きたいし、学校の授業は早く終わってほしい。
 小さい時からジューと僕は完璧なふたりだったのに、街の中では僕たちの間に色んな人が入ってくる。
 先生にクラスメイト、みんなジューが大好きだから。

 だけど、最近の僕は少しおかしい気がする。

 ジューが人気者なのはわかっている。
 みんなに囲まれて、僕が話しかけられない時は寂しいけど、誇らしくもある。

 だけど、ジューの視線の先にふわふわの髪の毛を見つけると途端に嫌な気持ちが湧いてくる。
 表情が次々に変わる明るい女の子、クヤ。
 大きな声で笑うと、顔の周りで綿飴みたいな茶色の髪が弾む。


 学校の帰り道、僕はやっとジューと話ができて嬉しかった。

「ねぇ、ジュー、木の実拾いのことなんだけど……」

 突然強い風が吹いた。
 みんなの髪の毛が舞い上がる。
 ジューの視線の先には、クヤがいた。
 いつも下ろしているふわふわの前髪が捲れて形の良いおでこがあらわになる。

 息を止めて釘付けになるジューの横顔なんて見たくなかった。

 クヤは風に驚いたのか、荷物を落としてしまった。
 道に広がるカバンの中身。
 拾いに行こうとするジューの背中に、僕の心はおかしくなる。

「先帰るね」

 必死に絞り出した声は掠れていたけど、きっと大丈夫。
 再び強い風が吹くから、みんなが顔を伏せていた。

 走れ、走れ。
 急いで街を出よう。

 ぽろぽろとこぼれる涙が、僕の頬で弾んだ。

 せっかくの帰り道なのに。
 ジューと話をしたかったのに。
 木の実拾いの約束をしたかったのに。

 学校で寂しくなっても、ジューがいるから頑張れる。
 何を話そうか、思い浮かべて楽しみにしていたのに台無しだ。

 風に舞う僕の髪の毛はふわふわじゃない。
 みんなより長く伸びた紫色の髪は柔らかいけどまっすぐだ。
 風であらわになったおでこは広すぎる。
 何もかもクヤみたいじゃない。

 僕は街のことを知らない。
 クヤみたいにみんなの話に入れない。
 笑ったってあんなに明るい声は出ない。

 クヤはいっぱい友達がいるじゃないか。
 ジューがいなくたって、明るく笑っていられるのに。
 僕はダメなんだ。
 ジューがいなくちゃいられない。
 ちっちゃい時からずっとずっと一緒だったから、ジューは僕の一部みたいなものなんだ。

 お願い、お願い、僕からジューを取らないで。

 走って、走って、強い風が吹いても、涙はちっとも乾かない。
 息が上がって苦しくても走るのをやめられない。
 こんな僕をジューに見られたくない。
 早く、家に帰りたい。

 もうこんなに大きいのに、ひっ、ひっ、と赤ちゃんみたいな声が出る。
 赤ちゃんだったらよかったのに。
 大丈夫だよ、って抱っこしてもらえる。

 立ち止まって息を整えても、この胸の苦しさが消えなかったらどうしよう。

「キー、大丈夫だよ」

 いつものジューの声が頭の中でした。

「ちっとも大丈夫じゃない」

 まだまだ涙はこぼれてくる。
 ついに前が見えなくなったから、立ち止まった。
 ゴシゴシ顔を擦るうちに、弾む胸が落ち着いてくる。

 あぁ、やっぱりそうだ。
 この胸は苦しいまま。
 どんなに待っても消えることはない。

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