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17、僕と師匠と休みの日
しおりを挟むひっ、ひっ、と口から空気が漏れ、勝手に肩が弾む。
心も身体も僕に反乱を起こしていた。
どちらも大暴れして、僕を苦しめる。
涙は止まらないし、胸はずっと苦しいままだ。
完璧だった僕たち。
街に行けばみんなが僕たちの間に入ってくる。
どんどん僕は押し出されて、ジューから遠くなっていく。
部屋で一人になればびしょびしょの髪は邪魔なだけ。
ーー水なんて、いらない
そう思えば、強い風が巻き起こり、髪を巻き上げた。
耳元でごぅごぅとなる空気のせいで、忘れたかった光景が思い浮かんだ。
「最悪だ」
制御を失敗した魔術のせいで部屋の中はめちゃくちゃ。
頭の中にはクヤに釘付けになるジューの顔がはっきりと思い浮かんだ。
俯けば、さらりと髪の毛が頬を撫でる。
まっすぐな灰紫色。
みんなと一緒が良かった。
僕もふわふわが良かった。
すっ飛んでいた枕と布団を拾えば、いつもよりふっくらしている。
暴走した風のおかげか。
寝床を整え、潜り込んで目を閉じる。
夢の中は自由だ。
昔のまま、完璧な僕たちでいられる。
◆◇◆
瞬きを一回しただけかと思うほどの完璧な目覚め。
はっきりと覚醒したところで学校は休みだ。なんの意味もない。
あっという間に全てを思い出すが知らないふりをする。
二度寝は期待できないので、起き上がる。
どうせ師匠は深酒からの朝寝坊だろう。
昨日の残り物でも齧ろうと部屋を出れば、コトコトと音がした。
「おはよ。師匠、早くない?」
「おう。わるいかよ」
「そんなこと言ってない。師匠のそういうとこめんどくさい」
「へ、だからどうした」
なんの役にも立たないこのやり取りを100万回は繰り返したに違いない。
師匠の口は悪く、僕はそれに文句をつけたい。ただそれだけ。
別に、変えられるなんて思っちゃいない。
「お腹減った」
「甘いのとしょっぱいのどっちにする?」
「甘いの」
「はいよ」
席に座れば、師匠が料理する背中が見える。
ひょろりとした手足。調子っぱずれの鼻歌。短く刈られた夕陽色の髪。
調理中も悪態ばかりつくのに出てくる料理は美味しい。
一度だけ、それは魔術のせいかと聞いたら、ものすごく不機嫌になった。
「お待ち」
出てきたのは、ミルクで煮た薄パンだった。
たらりと蜂蜜が垂らされる。
最後にテーブルの上にあった瓶から木の実をひと掴み取ると、握りつぶしてかけた。
甘くて暖かい湯気と香ばしい木の実に誘われて、お腹がくぅと鳴いた。
「いただきます」
「おう」
スプーンで蜂蜜がたっぷりかかった部分を掬い取る。
口に入れた瞬間に体温が上がった気がした。
「おいし……」
身体が欲しているのはこれだ。
熱いのに、次々に口へ運ぶ手は速度を緩められない。
噛めば口の中にミルクがジュワジュワと溢れ出し、舌にまとわりついたハチミツの甘さと混じり合う。その合間に飛び込んで来るナッツの歯応えが気持ちいい。
あっという間に木椀は空になる。
「ごちそうさま」
「ついてる」
いつの間にか正面に座っていた師匠が僕の口元を指差す。
どんなに注意深く口に運んだって絶対に口の端に蜂蜜がつくから不思議だ。
ペロリと舐めとれば、濃厚な甘さが口の中に広がった。
「今日ヒマか?」
「うん。学校ないもん」
「木の実を拾ってきてくれないか? もうなくなる」
「……いいよ」
「じゃ、頼むわ」
キュポンと夜にはお馴染みの音がして、師匠は唇を一舐めした。
「うわ、朝から飲むの?」
「ちげーよ。これはシロップだ」
「悪い大人のシロップね。はいはい」
「へへへ。あ、匂い袋を忘れんなよ?」
「はーい」
せっかくの休みなのに、朝から酒ってなんなの?
俺みたいな大人になるのはヤバいぞ、と師匠は言うけど、楽しそうなのは間違いない。
他の誰とも似ていない師匠との生活が僕にとっては日常で当たり前。
師匠と自分が違うのは当然だから、比べて悩むこともない。
身支度を整えて出かけようと思ったら、だらしなくソファに寝そべった師匠が手招きする。
「なに?」
「これ読むか?」
差し出されたのは本だった。
「この前言ってたやつ? 昔買ったっていう」
「それ」
「面白かった?」
「その話はお前が読み終わってからだな」
「ふーん」
受け取ればずっしりと重い。
部屋に戻るか迷ったが、せっかく天気が良いので持って出かけることにした。
「匂い袋」
「持った」
「嘘つけ」
「昼はどうする?」
「俺はパス」
「じゃ、適当に食べとく」
ひらひらと手を振って、玄関に向かえば、ツンと独特な匂いが漂ってくる。
玄関のドアに忘れたふりをしようと思っていた匂い袋がぶら下がっていた。
「はいはい」
観念して匂い袋をカバンにぶら下げた。
くさい、くさいと言い合う相手はいないけど。
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