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19、僕と木の実と嫌いな自分

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 朝の迎えを待つ時間は落ち着かない。
 休み明けは特に。

「じっとしてろ」

 僕は座っているというのに、うんざりした声で師匠に言われる。

「してる」
「ずっとソワソワしてんだよ。早く起きすぎだ」

 それは確か。
 だって早くジューに会いたくて堪らない。
 約束していた木の実拾いは一人ですることになったけど、久しぶりの森は気持ちが良かった。
 師匠と殻割りをして炒ったら、前より上手くできた気がする。これは絶対ジューにも食べさせたい。兄弟姉妹にも取られないように、こっそり学校で食べたっていい。ジューはきっと喜ぶと思う。
 我ながらいい考えだと口元が緩んだのを師匠に見られ、ため息をつかれた。

「転ぶなよ。お前がソワソワすると碌なことにならない」
「大丈夫だよ! もう小さい子じゃないんだから」
「……そうだったな」

 もう一言、二言何かを言われると思ったのに、あっさり師匠は口を閉じた。

「キー!!」
「いまいく!!」

 あんなに待ち遠しかったのに、いざその時が来れば思ったように身体が動かない。椅子から立ち上がる時に膝を打ち、背もたれを掴んだ手は汗ですべった。言わんこっちゃないという師匠からの視線は全て無視して玄関へ急ぐ。

「いってーきまーす!」
「おー、気をつけて行け」

 ジューが外でぴょんと跳ねて両手をあげた。

「おはよ!」
「おーはよー!」

 言葉を交わせばいつも通り、完璧な二人になれる。ジューの休み中の話を聞きながら、僕はワクワクする。いつあげよう、どのタイミングが一番喜ぶだろうか。そんなことを考えていたせいで、街が見えてきてしまった。

 カバンから木の実を出そうとしたら、コォが合流してきた。

「おはよー」

 あぁ、タイミングが悪い。
 カバンの中から手を出して3人で学校へ向かう。最近コォとは緊張しないで話せるようになってきた。楽しいなと思っていたのに、サッと赤くなったジューの顔を見て台無しになる。

「お、おはよ!」
「おはよう」

 ふわんと綿みたいな髪が揺れる。

「ね、課題終わったぁ?」

 ジューに話しかけるクヤの甘い声にに心が沈む。

「終わってないんだ。あとで見せて」
「えーどうしよっかなぁ」

 歩くたびにふわりふわりと翻る忌々しいスカート。大嫌い。
 
 気がついてしまった。
 僕はクヤが嫌いだ。

 みんなと同じふわふわの髪、かわいい笑顔、上手なおしゃべり、街の暮らし。
 僕の持ってないものばかり、いっぱい持っているのに、ジューまでクヤのものになってしまう。

 クヤばっかりズルイ。

 ないもの強請りして、羨んで、嫌うなんて僕はどうしちゃったんだろう。
 クヤは何にも悪くないのに。

 それからは、クヤが笑えば胸がざわついた。
 ジューがクヤを見ているのに気がつけば、クヤを嫌いになった。
 そして自分を嫌いになった。

 カバンの中にはジューに渡せないままの木の実が眠っている。
 時々ぶつかり合ってカラカラ小さな音がした。
 その度に胸がきゅうと締めつけられる。
 
 木の実をすぐあげれば良かった?
 一緒に木の実拾いをすれば良かった?
 あの日いつも通りジューと帰れば良かった?
 ジューがクヤを見ていることに気が付かなければ良かった?
 学校に行かなければ良かった?

 どこからやり直せば僕は元通りになれるんだろう。自分のことを嫌いになる前に戻りたい。
 でもきっと何度戻っても、僕は自分を嫌いになるだろう。

 ジューがクヤを好きになるのを止められない。
 僕がジューを好きなのを止められないように。
 
 僕を見て。
 僕と話して。
 
 そう思うのに、口には出せない。
 僕じゃダメだから。
 僕はクヤじゃないから。 
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