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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
悪意の企み、腐れ剣客の知らぬ間に
しおりを挟む鴎垓たちが食事を終わらせ、それぞれの寝床に身を横たえていた頃――。
夜の闇に包まれたレシロムの街。
中央地区よりやや外れた建物の中で、クレーリアのいる孤児院にて借金の取り立てに来ていた二人の男が目の前に座る上司に報告を行っていた。
「――そうですか、ご苦労様です」
豪華な作りの机に肘をつき、男たちからの報告を聞いていたのは三十代くらい男。
彼の名はテレンス――ここレシロムに居を構えるハワード商会の支店長である。
そしてこのハワード商会というのがクレーリアが運営資金を借りたところなのだ。
「しかし、少し面倒ですねぇ」
「面倒、というと?」
藍に染まったオールバックを撫で付け、眼鏡のズレを中指で直しながらそういうテレンスへ、男の一人が疑問を口にする。
「いやね、僕ぁただの支店長なもんですから、更に上からの命令には逆らえんのですよ。
その上からそろそろ成果を出せ、とついさっき伝令が来てしまいましてね」
「つ、ついさっきですか?」
テレンスの口から本店という言葉を聞いて報告をしていた方の男がビクリと体を揺らす。
もう一人の方もまた、緊張に喉を鳴らしている。
数年前にも本店からの命令が来たことがあり、その際の仕事では――仲間が何人も死んだのだ。
当時たまたま生き残っただけの男はまたあんなことが起こるのかと、未来の惨劇を想像し冷や汗がしとどに背中を流れる。
「はいそうです、丁度君たちの後ろにいらっしゃいますよ」
「「――っ!?」」
示される指先。
驚愕に振り返ればそこには――影に潜むようにして佇むフード姿の人物がいた。
顔を見せず、気配も感じさせず、壁に背中を任せて静かに佇むその人物からは不気味な雰囲気がありありと感じられ、男たちは思わず足がすくむ。
「その方が本店より来られた人ですよ。
本来ならこんな伝令ごときに出ばってくるご仁ではないのですがねぇ、上もそろそろ我慢の限界ということなんでしょうか?」
「……余計なことに気を回している場合か?」
恐怖に身を竦める男たちと違い、その人物の雰囲気に全く気圧された様子もなく軽口を叩くテレンスの態度に不快感を示すようにぼそりと言葉を漏らし――その声からようやくこのフードの中身が男であることに気付く部下の男たち。
だからといって恐怖が薄れることはないが、テレンスは言葉を向けられたというのにまるで堪えた様子もない。
「まあまあそういわず、会話を楽しみましょうよ。
会話こそ我々人類に与えられた最高の遊具ではありませんか」
「不愉快だ、お前のそれは」
「いやはや、嫌われてしまったものですねぇ」
やれやれとでも言いたげな上司の態度に戦々恐々しながら、フードの男から距離を取る男たち。
後退りしながら近寄ってくる部下に向かってテレンスは本店からの命令について喋り出す。
「まあ、今はそれは横に置いておくとして。
そういうことなんで、僕たちが彼女――クレーリアさんと今まで築き上げてきた穏やかな関係を壊す必要が出てきてしまいました。本当に残念なことなのですが、こればかりは雇用主に逆らうわけには参りませんし。仕方のないことです」
その内容に今度はテレンスへと体を向ける部下の男。
思わず言葉が飛び出る。
「で、ですがテレンス様、今は……」
この上司とて報告して分かっているはずだ。
今行動を起こすのは不味いというのを。
「そう、そこなんですよ問題は」
しかしテレンスはそれを理解しつつ、止めるとは決して言わない。
「本店も面倒な時期に面倒な命令をしてくれたものです。
ですが仕事は仕事、真面目に取り組まねば払われる賃金に対し失礼というものです」
何故なら彼は商人。
金を絶対の価値観とする人種である。
そのためならいくらでの常道を外れることが出来るのが、テレンスという男なのだ。
「あなた方は住人たちから孤児院にいる二人について調べを進めて下さい、できるだけ詳細にね。
部下も何人かつけてあげましょう。
どれくらいの実力があるかは当然として、二人に関わりのある者、恨みを買ってやしないかなどは詳しく調べなさい」
それでは仕事に掛かりなさい――そう男たちに指示を出し、部屋から退室さえたテレンス。
足早に去っていく二人の背中を若干羨ましそうな顔をして見送った彼は改めてフードの男へと視線を向けた。
「……とまあ、そういう感じですので、もう暫くご辛抱のほどお願い致しますよ」
テレンスのその言葉に対し鼻を鳴らすフードの男。
「対応が生温いな、拐ってしまえばよかろうに」
その方が早いという彼の主張に理解を示しながらも、それでは意味がないとテレンスは言う。
「武人のあなたからすればそうかもしれませんが、僕ぁ仮にも商人ですので。これからもここで商売していくためには出来る限り悪事の証拠は出したくないのですよ」
「ふん」
つまらない――そう言いたげな様子の男に対し、テレンスは念をおすように注意する。
「行動するにしても目立たないようにお願いしますよ?
ただでさえあなたは好き勝手なさると有名なのですから、いつもの調子でやってもらってはこちらの仕事に差し障りますので」
「……三日で何とかしろ、俺も暇ではないのでな」
男はそういって――閉ざされた扉の隙間から、音もなく出ていくのだった。
物理的に不可能な行動。
先程もそうやって部下に気づかれずに部屋へと入ってきていたのを見ていたテレンスは、あれを閉じ込めておくのは無理だなと内心でため息を漏らす。
「はぁ、悪事をするってのも大変だぁ。
まったく、本店も何を考えているんだか」
誰もいなくなった部屋の中で愚痴を溢すテレンス。
荒事はあまり好きではないというのに、こんなところを任されてしまったために面倒なことばかりが起きる。
物理的ではない頭の痛みに悩んでいると、どこからか獣の遠吠えのようなものが聞こえてくる。
それにそういえばと立ち上がったテレンス。
「……餌の時間を忘れていましたね、はいはい今行きますよー」
懐から鍵束を取り出したテレンスは指先でそれを回しながら、口笛を吹きつつ店の地下を目指し調度品の置かれた廊下を歩いていく。
これから起こるであろうことを知りながら、その足取りは軽やかで。
眠りに着く本人たちの知らぬ間に、悪意は足音を響かせるのだった。
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