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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
腐れ剣客と来ない来訪者
しおりを挟む手合わせを終えた鴎垓とレベッカ。
二人を呼ぶクレーリアの声に食堂へと戻った彼らは食事の用意を始めようとする彼女に、何故こんなところで寝ていたのかと疑問をぶつけた。
竈に火を起こす手を止め、身内の話で恐縮なのですが前置きをしてからクレーリアはその理由を話し出す。
椅子に座った彼女が言うには、それは昨日来るはずだったという人物を夜通し待っていたから、ということだった。
「ほう、そういうことであったか」
「はい、いつもなら帰ってきてるはずなんですけども全く何の音沙汰もなくて」
不安そうな顔のクレーリア。
よほどその人物と親しいのだろう、見えないはずのその瞳は空中をさ迷いつつもある一定の高さに向けられている。おそらくそれがその人物の顔のあるあたりなのだろう。
だいたい鴎垓の胸のあたり、とするとまだ子供なのだろうか。
「そういえば確かに……一人姿が見えなかったな」
「おん? お主も知っとる者なのか?」
「ああ、よく周りの子達の面倒を見ていた子でな。
その子、記憶が確かなら灯士になったのではなかったか?」
そういって向けられる視線に答えるように、首肯するクレーリア。
「はい、その通りです。
ここの子供たちの中で一番の年長者だった子で、皆のお姉さんのような存在で、とても責任感の強い子でした。
成人になったら灯士になって孤児院の資金を稼いで皆を守るのだと常々言っていて、半年ほど前にようやく念願が叶ったのですが……」
「やっぱりそうか、私もここ最近は依頼の関係であまり顔見せできなくなっていたのでそのあたりのことは詳しくは知らなかった。
となると、そのせいであまり寄り付かなくなったとかか?」
レベッカの言葉にクレーリアは首を横に振る。
「……いいえ、孤児院の方針で成人となった子は院より出ていかなくてはならず、あの子もそれに従い院を卒業したのですが……それでも依頼を終える度、報酬の一部を渡しに帰ってきてくれていたのです。
昨日はあの子に教えられたその日だったのですが、いつまで経っても……」
「そうか、あの子が自分から言ったことを反故するとは考えにくい。
……何か問題があったかもしれないな」
「そんな――!?」
レベッカの予想にはっと顔を跳ねさせ声をあげるクレーリア。
その顔はその子に訪れるかもしれない良くない未来を想像し、恐怖に強張っている。手や足が震え、顔色も悪い。
気丈で明るい彼女がこんな風になるとは。
よほどその子のことが心配のようだ。
「オウガイ」
「おお、ええぞ」
そうとなれば、動かないわけにはいかない。
目と目で通じ合う二人の目的は一致していた。
「クレーリア、もしよければその子のことは私たちが探してみようか? こっちも活動方針を色々考えなきゃいけなくて依頼を受けるどころではないし、あなたも自由に動けるわけじゃない。
それにまだそうだと決まったわけじゃないんだ、どうだろうここは私たちに任してくれないか?」
椅子に座るクレーリアに寄り添うように膝を折るレベッカ。
励ますようにその震える手をしっかりと握る。
それが心の支えになったのか、嫌な想像を振り払ったクレーリアは二人の方に顔を向けてこういう。
「……頼んでもよろしいでしょうか?」
「任せい、丁度一食一晩の恩を返そうと思っておったところよ。
大船に乗ったつもりで吉報を待っておればよい」
鴎垓の大口が功を奏したようで、顔色を戻した彼女は深く頭を下げ頼む。
「……お願いします、例え卒業してもあの子はワタシの大事な子供。
どうか無事でいることを確かめてきて下さいまし」
そして彼女は、その人物の名前について口にする。
その名前は――
「――あの子の名前は、ナターシャといいます」
クレーリアに頼まれ、街へと探しに出てきた二人。
鴎垓は街道を歩きながらぽつりと嘯く。
「いやーまさかあの娘がそうだったとは、とんだ行き違いよのう」
そういうのも無理はない。
何せクレーリアから聞いたその卒業者の名前――それは鴎垓が昨日たまたま出くわした報酬の分配で揉めていた四人の内の一人だったのだから。
こんなこともあるのかと、その場で素直にその時のことを話した鴎垓。
他の二人もまさかそんなと驚きつつも、何か手懸かりになるようなことはないかと詰め寄られ洗いざらいを吐かされ。
そうして二人はナターシャが行くと言っていたギルドを目指し、道を逆走していたのだった。
「いや、私からしたらお前がそんなことしてたってことを知らなかったんだが?」
とはいえ自分が土産を買っている内にそんなことが起こっていたなんて知りもしなかったレベッカ。
当然の如く不満大の表情。
ここまでの道中でもネチネチと鴎垓への恨み節を呟いていた。
「すまんすまん」
「適当に謝るんじゃないこの馬鹿が」
「だがそのお陰で足取りが分かったんじゃ、これに関しちゃお手柄というもんじゃろ」
「それはそうだが……」
そう言われると弱いが、やはり事前に言ってくれればと思わなくもない。
そうすれば話はもっと簡単になっていたのではないかと考えるレベッカだったが、ようやくギルドの建物が見えてきたところでそういえばと足を止める。
相方のその動きに自身も足を止め、何だというようにレベッカを見る鴎垓。
「いや、これからギルドに入るんだがその前に言っておくことがあると思ってな」
「おお、なんじゃ」
「念を押して言うが……余計なことはするなよ?」
細まる目にジロリと見つめられ、忠告を受ける鴎垓。
それに心外だとでも言うように大仰に両手を挙げる。
「おいおい、言っとくが儂自分から騒ぎを起こしたことはないぞ」
「いや昨日のことをもう忘れたか?
バリバリお前騒動の原因だっただろうが」
だよな?
と無言で圧を掛けるレベッカから顔を逸らす鴎垓。
しかし「わざとではないからよくないか」というその内心は見抜かれており、反省の色が薄いと判断したレベッカは考えを変える。
「もういい、ギルドには私一人で行く。
お前はここで待ってろ」
「扱いが疫病神なんじゃが」
「そんな神はいない」
「冗談が通じない?」
大人しく待っていろときつく言い含められ、抵抗は無駄だと悟った鴎垓はそれ以上反論するのを諦め、一人ギルドへと向かっていくレベッカがちらちらと振り返えつつ建物の中へと消えていくまでその背中を見送り続けるのだった。
「さぁーて……いっきに手持ち無沙汰になってしまったのう……」
しかしその殊勝な態度もそれまで。
キョロキョロと周りを見回す鴎垓は近隣の住民からの聞き取りでもしようかとしていた。
この男全く大人しくするつもりがないらしい。
「この格好もそう考えると中々便利なもんじゃ、早速住民に紛れて情報収集と行こうかのう」
そんな風に意気揚々と行動開始しようとした鴎垓だったのが、人混みの中に見覚えのある顔を見つけあっ!――となる。
「こりゃ不味い」
急ぎ周りの建物の影に身を隠す鴎垓。
その人物が通りすぎるのを待ち、十分に離れたのを確認してからそっと影から顔を出す。
「昨日の怒髪天男ではないか、こんなところで……ってそりゃここが仕事場みたいなもんなんじゃからそりゃあ来るか」
しかし助かった。
もしこの状況で顔を合わせてしまえば昨日の二の前になっていたことだろう。
騒ぎを起こす気は毛頭なし。
問題を起こす前に回避できたのはよくやったが、次に別の問題が出てくる。
「どうするかのう、何時出てくるか分からんし隠れとらんとならんか」
「何やってるのお兄さん?」
「いやな、さっきあの建物に入って行った男ちょいと因縁が付いておる相手でな、見つかると確実に面倒なことになるじゃよ」
「へぇ~、お兄さんも結構問題児なんだ」
「おいおい誰が問題児なんじゃ……って、え?」
あまりにそれが自然で気付くのが遅れたが、思考駄々漏れの呟きに自分以外が参加している。
一体誰だと横を向けば――
「やっほ、昨日ぶり」
――そこに居たのは探していたはずのナターシャ本人の姿があった。
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