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ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~
さらばイナナキ、此れにて御免
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―――それで、どこまでがあなたの考えた通りんなんですか?
ガタゴトと音を立てて道を行く馬車の中、御者の問いかけに俺は胡散臭そうなものを見るような目でその背中を捉えることで答えた。
「バカ言うな、全部お前らの思惑通りだろうが」
ついでに、ここまで苦労させられた恨みも込めてそう投げ掛ける。
どうせ何らかの手段で様子を伺っていたに決まっている。
「大体、おかしい話ばかりだっただろうが。
ギルドが依頼を重複させたり、それが丁度問題を抱えた冒険者とかち合うことになるなんざ、どんだけ運が悪いんだって話だろうが。
しかも流されるままにいたらその問題解決を頼まれるとか、意味が分からん。
何がどうしてこうなるのか頭を巡らせれば、そもそも俺が受けた依頼ってやつが誰の依頼だったかって話だよ」
やんなっちゃうね、こういう仕事は俺の範囲外だってのにあの人は。
「腹黒上司が二枚も三枚も噛んでんのはお見通しなわけ。お前のあの人の息が掛かってんだろうどうせ」
「…おや、どうしてそう思われるので」
「回りくどいんだよ全部。あの人いっつも俺にこういった手間の掛かる仕事ばっかさせてきたんだよ。そんであの人が関わるときは大体組織の上の方には話が通ってるの。あの上司がどうやってあの地位にいられるのか分かる? 俺が無茶振りを何とかこなしたからだよ? 成り上がりを許すような貴族社会とかありえねぇから」
王国軍人事部長、ナインハルト=デリール。
奴の関与あると分かったからこそ、俺はああも自由に動けたのだ。
ギルド、クラン、領主。
クランについてはそうでもないだろうが、他二つについては根回しがされていたのだろう。
だからああもギルドが動き、逆に領主が静観をしていたのだ。
「ほんと勘弁してほしいぜ。俺が軍をやめるって言ったときの含みのある笑顔はこれのことだったのかって今さら理解したわ。
なんであんなにご機嫌だったかなんて考えるまでもねぇよ。俺が軍人だったらそこから繋がってる相手の指示だって思われるに決まってるもんな。俺の除籍は本当に都合がよかっただろうぜあの人にはよ」
解決する手段があるのにそれが明るみに出てはいけない。
自分の所属でない軍人を動かすのに正当な理由がなければ書類を製作できない。
書類もなしに動かしたのであればそれを追求される。そしてそこからここの領主との繋がりがバレるってことになれば、痛い腹を探られるかもしれない。
そうならないようにするには、動かしたい人物がフリーであることが望ましい。
俺が軍人をやめるってのが、上司には渡りに船ってやつだったんだろうさ。
「結局俺は利用されただけなわけ。ほんとやってられない、まじでやってらんない」
今回の一件は俺のやったことを協力者の方々に変わっていただかなければならない。
「魔力汚染」はトトンが治療法を発見したことに。
その協力をシャハトがして、目が覚めたドイルが復活のアピールとして大会を企画した。
英雄の帰還と問題児の沈静化。
全員幸せハッピーって図の中に、俺がいては水を差すだけだ。
それはこれを仕向けた上司も分かっていることだろう。
だからこそ、こいつがいるのだろう。
「あんたは俺を無事送り届けたことを伝えに一度王都に戻ってる。そして丁度俺が行く先にあんたはいた。行動パターンを教えられたか動向を見てたとかしてなければドンピシャであんなとこいねぇよ。街の反対側だぞ? 正面から来たのならまず有り得ない場所に先回りしやがってこの野郎」
「…ですが、お役に立ちましたでしょう?」
「正直歩くのも辛いくらいに疲労してるわ。裏側まで歩いたことを少しは誉められてもおかしくないレベル」
「…お疲れさまです」
「ちっとも嬉かねぇよチクショー」
あーあ、もうほんと、疲れた。
「…ですが、得るものもございましたでしょう?」
「あ? んなわけねぇだろ何言ってんだ」
ただでさえ疲労でへとへとなんだ、これ以上なんか説明させようってんならドタマぶち抜くぞ?
おっといかん、余裕のなさが紳士度の低下に繋がっていると見える。落ち着いて、そう落ち着くんだリーズ・ナブル。お前が今欲しているのは休息なのだ、それを速やかに得るために面倒はないほうがいいだろ? ここは適当に流しておけばいいじゃないか人間だもの?
「お前さ、分かってる? こちとら昨日の夜から働き詰めなのよ? 一切の休息なく二人の重傷者の治療に当たっていたのよ? 頭部の魔力抜きだけはどうしても気が抜けないから俺でも半分死ぬ覚悟で超繊細に行ってたわけ。分かる? あの場で一番重要な人物を復活させるのに俺が費やした努力、及び提供した俺特性の魔道具の数々を。
貧弱英雄の体力戻すために内蔵機能を強化させて飯食わしたり、それでも足りないからドーピングさしたんだぞ? 体力回復薬、あれ一本作るのにかなりの素材が必要なところを二本もくれてやったんだからな? 当然費用は俺持ちだ馬鹿野郎。
女帝の我が儘だって聞いてやったさ。
人前に出るのにどうしても今のままじゃ嫌だっていうからどうにか素材をやりくりしてスキンケアと若返りの効果を施したんだぞ? 専門外だよチクショウなんだよ『晴れの舞台にこの顔では出れません』
とか。
知るかよぉー限界なんだよぉーこれ以上仕事増やすんじゃねぇーよぉー。
そもそも最初のお願いも見当外れなんだよ。俺は付与士なの。直接戦闘で更正させるとか意味分かんねぇから。後衛職に前衛職の相手させようとか頭沸いてるでしょ」
訂正、やっぱ無理。
ここまで我慢してきた諸々が溢れてきちゃう。だって俺男の子だもん。
背もたれに身を任せ脱力した体がずり落ちそうになっても気にすることなどできるはずもなく、そのままずりずりを馬車の床に崩れ落ちていく。
あ、なんだろう、何か泣けてきたわ。
そんな俺の様子を特にどうとなく静観していた御者は、ポツリと呟くようにして言葉を発した。
「…左腕は、大丈夫ですかな?」
「……お前マジで見てたのか? じゃなかったらちょっと引くしそうじゃなくても引くんだけど」
マジで怖いんですけど。
こいつに会ってから絶対に気付かれるようなことはしなかったはずなのにどうして俺の左腕のことを知ってやがる。
このことについてはシャハトの爺さんにだって気付かれてなかったんだぞ。一番近くで魔剣の製造をして俺の動向をずっと見守ってたあの爺さんでも、だ。
本当にどうしてだ、マジで分からん。
「…そう警戒されることはありませんよ。自分はあなたの不利になるようなことはするな、と厳命されておりますので」
「それ裏にいる奴に情報が届くやつじゃん。嫌なんだけど」
「…まあまあ。それで、どうなのです」
「……絶賛難題に挑戦中ってところだよ」
「…ほう、それはまた難儀ですな」
俺は床に踞った体勢で、自分の左腕へと意識を向けた。
袖に隠されてはいるが、幾重にも鎖を巻いて外へと溢れないように処理をしている。
音すらしないようにギチギチに巻き付けているというのに、その内側にあるものを理解したような言い方をしてくるのだから恐ろしくて堪らない。
これは今回のことで、唯一と言っていい戦利品なのだ。
―――雷角獣キリン。その魔力が今、俺の左腕に宿っている。
ドイルたちに宿っていたこの魔力を見たとき、俺にはどうしてもこの魔力を手に入れたい理由があった。
キリンの魔力は劇毒ではある。
しかし、それはあいつらのような魔力汚染のという形であればの話である。
元々は魔力であり、その性質は魔物も人間もそこまで変わりはない。そして俺は、魔物の魔力を扱うことにおいてはあの場にいる誰よりも練達している。
確かに俺にも扱ったことのないような代物だ。中級の魔物が限界だった俺の技量、しかしそれも元々の素材から魔力を引き出すのが困難だっただけのこと。
元の存在から離れ、体の抵抗によって行き場をなくした魔力が魔鋼製の魔剣へ注がれるのを掠めとるのは然程難しいことではなかった。
―――が、しかし。
やはり超級の魔物が放つ魔力ということか、全くもって制御が利かない。ちょっとでも気を抜いたら腕を電撃で焼き焦がされることになるだろう。そのせいでこんな封印紛いのことをするはめになってしまっている。
そんな危険物を手中に納めるのには、それなりに理由があるのさ。
このイナナキの街で痛感させられた。自分の力のなさってやつに。
いくら後衛職、付与士だからといって甘えを許すような軽い覚悟で旅をしようだなんて思っちゃいない。この危険一杯の世界で、俺のような奴が生き抜くにはそれなりの手段と実力がなきゃならない。
そのための手段が、この戦利品というわけである。
「…まあ、自分が口を挟むことではありませんです。…ですが、もう一つ疑問が」
「何だよ、まだ何かあんの?」
「…ええ。…ベン・ブリッチ氏にお貸ししている件のナイフのついてです。…あれほどの傑作を手放すなど、身を守る術を放棄するようなものでは? …あなた様の旅路に、武器はあっても困らないでしょうに」
ああ、確かに。
あの切れ味抜群のナイフはとても強力な武器だろう。
魔剣や魔道具でもない限り、こいつの攻撃を防げるようなものはないだろう。
それほどにあのナイフは素晴らしいものであったが、その機能にだけ注目し過ぎて肝心なところを忘れていないだろうか。
「いやさ、だってあれ、ナイフだろ」
「…ええ、ですから取り扱いも容易く」
「扱いやす過ぎて盗まれてんだけど、あれ」
「……」
そうなんだよね、いくら凄い武器だからって他人の簡単に奪われちゃ世話がないんだよね。それってつまり簡単に俺の脅威になるってことだよね。
そうなっちゃうと、おいそれと使えないじゃん。
「それにさ、いくら切れ味がよくたってナイフはナイフなの。範囲内にしか攻撃できないし、刀身の長さにしかキルレンジがない。この世界でナイフ程度の武器で何でも切れますってねぇ……最低限、長剣くらいの長さが欲しかった」
というか俺、あのナイフのこと素材剥ぎ用のナイフとしか見てなかったし。最初に使ってみてこりゃ便利とは思ってたけど、それ止まりだったしな。
この世界にはもっと巨大な相手や、俺より速い魔物だって存在している。確殺が取れないのに相手の懐に入り込むのは妥当じゃない。
「だから、あのナイフ一本で恩があるってことを印象付けられるのなら、それでいいのさ。人ってやつは色々と忘れっぽいからな、思い出の品があれば、『あの時のこと、忘れてねぇぜ』、みたいな所謂美しい記憶になってくれるだろうさ」
「…何とも嫌みな言い方ですな」
「ほら、祈る対象がいないと神様って信じらんないっしょ」
ないものはないのよ。現実的に。
「目的ってやつさ。目的が全ての行動を決めてくれる。ナイフを返しという明確な目的があれば、あいつはそれの向けて努力してくれる。回収の手間を時間が解決してくれるんだ。欲張っちゃいけねぇよ」
「…そういうことであれば、そうとしておきましょう」
「いや、別に他の考えとかないから。何そのああそういうことね、みたいな雰囲気。マジでそれ以上のこと考えてないから俺!!」
ちくしょうなんだこの野郎。何か不愉快な感情をこっちに向けてる背中から伝わってくるぞ。やるか? ここでやるか?
もういい、そういうのに付き合う気力なんぞそもそもねぇんだ。ちょっとでも体を休めて早くこのじゃじゃ馬を扱えるようにならねぇと。
俺は座席に体を戻し、この数日のことを思い返しながら馬車の進行に身を任せる。
次は王国領最後の街。国境に一番近い街へと進んでいくとのことであった。ここからそれなりに距離があるところであるから、それまでゆっくりさせてもらおう。
そこでも何かが起こるのだろうかと少し不安になりもするが、それもまた、一興というものだ。
現状一人の旅路が平穏無事にいくことなどあり得ない。それならば、降り掛かる困難を踏み越えより強くなろうではないか。
俺はイナナキで出会った人たちの顔を思い返しながら、来たる越境の時がもうすぐそこまで迫っていることに期待感が募っていくのだった。
さて、旅の難事も二度目となれば、三度四度とあることでしょう。
この先行く先荒れの道、上下に揺れるは運気と言わず。ここでの勤めが支えになれば、骨折り程度の価値はあったでしょう。
おおイナナキの駿馬の諸君、不意打ち先駆けお許し願おう。
先行く定めを負う俺に、傷の治りは待てぬが必定。立ち上がるのを待つ暇なく、礼など受けては荷物が増える。
またの出会いは流れのままに、道の交差が導くままに。その時にこそここでの貸しを、利子を交えて返してもらおう。
それでは、それでは皆様。
―――あいやイナナキ、リーズ・ナブルは此れにて御免。
歴史ありしなイナナキの地にて、影で動いた男あり。
深く知る者十指に足らず、名を広められることもなし。
されど大きな借りがあり、復興済ませたその後に、必ず返すと誓うなり。
故に、彼らのお話は一旦の幕引きにございます。
ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事騒ぎ~
此れにてお仕舞いにございます。
ガタゴトと音を立てて道を行く馬車の中、御者の問いかけに俺は胡散臭そうなものを見るような目でその背中を捉えることで答えた。
「バカ言うな、全部お前らの思惑通りだろうが」
ついでに、ここまで苦労させられた恨みも込めてそう投げ掛ける。
どうせ何らかの手段で様子を伺っていたに決まっている。
「大体、おかしい話ばかりだっただろうが。
ギルドが依頼を重複させたり、それが丁度問題を抱えた冒険者とかち合うことになるなんざ、どんだけ運が悪いんだって話だろうが。
しかも流されるままにいたらその問題解決を頼まれるとか、意味が分からん。
何がどうしてこうなるのか頭を巡らせれば、そもそも俺が受けた依頼ってやつが誰の依頼だったかって話だよ」
やんなっちゃうね、こういう仕事は俺の範囲外だってのにあの人は。
「腹黒上司が二枚も三枚も噛んでんのはお見通しなわけ。お前のあの人の息が掛かってんだろうどうせ」
「…おや、どうしてそう思われるので」
「回りくどいんだよ全部。あの人いっつも俺にこういった手間の掛かる仕事ばっかさせてきたんだよ。そんであの人が関わるときは大体組織の上の方には話が通ってるの。あの上司がどうやってあの地位にいられるのか分かる? 俺が無茶振りを何とかこなしたからだよ? 成り上がりを許すような貴族社会とかありえねぇから」
王国軍人事部長、ナインハルト=デリール。
奴の関与あると分かったからこそ、俺はああも自由に動けたのだ。
ギルド、クラン、領主。
クランについてはそうでもないだろうが、他二つについては根回しがされていたのだろう。
だからああもギルドが動き、逆に領主が静観をしていたのだ。
「ほんと勘弁してほしいぜ。俺が軍をやめるって言ったときの含みのある笑顔はこれのことだったのかって今さら理解したわ。
なんであんなにご機嫌だったかなんて考えるまでもねぇよ。俺が軍人だったらそこから繋がってる相手の指示だって思われるに決まってるもんな。俺の除籍は本当に都合がよかっただろうぜあの人にはよ」
解決する手段があるのにそれが明るみに出てはいけない。
自分の所属でない軍人を動かすのに正当な理由がなければ書類を製作できない。
書類もなしに動かしたのであればそれを追求される。そしてそこからここの領主との繋がりがバレるってことになれば、痛い腹を探られるかもしれない。
そうならないようにするには、動かしたい人物がフリーであることが望ましい。
俺が軍人をやめるってのが、上司には渡りに船ってやつだったんだろうさ。
「結局俺は利用されただけなわけ。ほんとやってられない、まじでやってらんない」
今回の一件は俺のやったことを協力者の方々に変わっていただかなければならない。
「魔力汚染」はトトンが治療法を発見したことに。
その協力をシャハトがして、目が覚めたドイルが復活のアピールとして大会を企画した。
英雄の帰還と問題児の沈静化。
全員幸せハッピーって図の中に、俺がいては水を差すだけだ。
それはこれを仕向けた上司も分かっていることだろう。
だからこそ、こいつがいるのだろう。
「あんたは俺を無事送り届けたことを伝えに一度王都に戻ってる。そして丁度俺が行く先にあんたはいた。行動パターンを教えられたか動向を見てたとかしてなければドンピシャであんなとこいねぇよ。街の反対側だぞ? 正面から来たのならまず有り得ない場所に先回りしやがってこの野郎」
「…ですが、お役に立ちましたでしょう?」
「正直歩くのも辛いくらいに疲労してるわ。裏側まで歩いたことを少しは誉められてもおかしくないレベル」
「…お疲れさまです」
「ちっとも嬉かねぇよチクショー」
あーあ、もうほんと、疲れた。
「…ですが、得るものもございましたでしょう?」
「あ? んなわけねぇだろ何言ってんだ」
ただでさえ疲労でへとへとなんだ、これ以上なんか説明させようってんならドタマぶち抜くぞ?
おっといかん、余裕のなさが紳士度の低下に繋がっていると見える。落ち着いて、そう落ち着くんだリーズ・ナブル。お前が今欲しているのは休息なのだ、それを速やかに得るために面倒はないほうがいいだろ? ここは適当に流しておけばいいじゃないか人間だもの?
「お前さ、分かってる? こちとら昨日の夜から働き詰めなのよ? 一切の休息なく二人の重傷者の治療に当たっていたのよ? 頭部の魔力抜きだけはどうしても気が抜けないから俺でも半分死ぬ覚悟で超繊細に行ってたわけ。分かる? あの場で一番重要な人物を復活させるのに俺が費やした努力、及び提供した俺特性の魔道具の数々を。
貧弱英雄の体力戻すために内蔵機能を強化させて飯食わしたり、それでも足りないからドーピングさしたんだぞ? 体力回復薬、あれ一本作るのにかなりの素材が必要なところを二本もくれてやったんだからな? 当然費用は俺持ちだ馬鹿野郎。
女帝の我が儘だって聞いてやったさ。
人前に出るのにどうしても今のままじゃ嫌だっていうからどうにか素材をやりくりしてスキンケアと若返りの効果を施したんだぞ? 専門外だよチクショウなんだよ『晴れの舞台にこの顔では出れません』
とか。
知るかよぉー限界なんだよぉーこれ以上仕事増やすんじゃねぇーよぉー。
そもそも最初のお願いも見当外れなんだよ。俺は付与士なの。直接戦闘で更正させるとか意味分かんねぇから。後衛職に前衛職の相手させようとか頭沸いてるでしょ」
訂正、やっぱ無理。
ここまで我慢してきた諸々が溢れてきちゃう。だって俺男の子だもん。
背もたれに身を任せ脱力した体がずり落ちそうになっても気にすることなどできるはずもなく、そのままずりずりを馬車の床に崩れ落ちていく。
あ、なんだろう、何か泣けてきたわ。
そんな俺の様子を特にどうとなく静観していた御者は、ポツリと呟くようにして言葉を発した。
「…左腕は、大丈夫ですかな?」
「……お前マジで見てたのか? じゃなかったらちょっと引くしそうじゃなくても引くんだけど」
マジで怖いんですけど。
こいつに会ってから絶対に気付かれるようなことはしなかったはずなのにどうして俺の左腕のことを知ってやがる。
このことについてはシャハトの爺さんにだって気付かれてなかったんだぞ。一番近くで魔剣の製造をして俺の動向をずっと見守ってたあの爺さんでも、だ。
本当にどうしてだ、マジで分からん。
「…そう警戒されることはありませんよ。自分はあなたの不利になるようなことはするな、と厳命されておりますので」
「それ裏にいる奴に情報が届くやつじゃん。嫌なんだけど」
「…まあまあ。それで、どうなのです」
「……絶賛難題に挑戦中ってところだよ」
「…ほう、それはまた難儀ですな」
俺は床に踞った体勢で、自分の左腕へと意識を向けた。
袖に隠されてはいるが、幾重にも鎖を巻いて外へと溢れないように処理をしている。
音すらしないようにギチギチに巻き付けているというのに、その内側にあるものを理解したような言い方をしてくるのだから恐ろしくて堪らない。
これは今回のことで、唯一と言っていい戦利品なのだ。
―――雷角獣キリン。その魔力が今、俺の左腕に宿っている。
ドイルたちに宿っていたこの魔力を見たとき、俺にはどうしてもこの魔力を手に入れたい理由があった。
キリンの魔力は劇毒ではある。
しかし、それはあいつらのような魔力汚染のという形であればの話である。
元々は魔力であり、その性質は魔物も人間もそこまで変わりはない。そして俺は、魔物の魔力を扱うことにおいてはあの場にいる誰よりも練達している。
確かに俺にも扱ったことのないような代物だ。中級の魔物が限界だった俺の技量、しかしそれも元々の素材から魔力を引き出すのが困難だっただけのこと。
元の存在から離れ、体の抵抗によって行き場をなくした魔力が魔鋼製の魔剣へ注がれるのを掠めとるのは然程難しいことではなかった。
―――が、しかし。
やはり超級の魔物が放つ魔力ということか、全くもって制御が利かない。ちょっとでも気を抜いたら腕を電撃で焼き焦がされることになるだろう。そのせいでこんな封印紛いのことをするはめになってしまっている。
そんな危険物を手中に納めるのには、それなりに理由があるのさ。
このイナナキの街で痛感させられた。自分の力のなさってやつに。
いくら後衛職、付与士だからといって甘えを許すような軽い覚悟で旅をしようだなんて思っちゃいない。この危険一杯の世界で、俺のような奴が生き抜くにはそれなりの手段と実力がなきゃならない。
そのための手段が、この戦利品というわけである。
「…まあ、自分が口を挟むことではありませんです。…ですが、もう一つ疑問が」
「何だよ、まだ何かあんの?」
「…ええ。…ベン・ブリッチ氏にお貸ししている件のナイフのついてです。…あれほどの傑作を手放すなど、身を守る術を放棄するようなものでは? …あなた様の旅路に、武器はあっても困らないでしょうに」
ああ、確かに。
あの切れ味抜群のナイフはとても強力な武器だろう。
魔剣や魔道具でもない限り、こいつの攻撃を防げるようなものはないだろう。
それほどにあのナイフは素晴らしいものであったが、その機能にだけ注目し過ぎて肝心なところを忘れていないだろうか。
「いやさ、だってあれ、ナイフだろ」
「…ええ、ですから取り扱いも容易く」
「扱いやす過ぎて盗まれてんだけど、あれ」
「……」
そうなんだよね、いくら凄い武器だからって他人の簡単に奪われちゃ世話がないんだよね。それってつまり簡単に俺の脅威になるってことだよね。
そうなっちゃうと、おいそれと使えないじゃん。
「それにさ、いくら切れ味がよくたってナイフはナイフなの。範囲内にしか攻撃できないし、刀身の長さにしかキルレンジがない。この世界でナイフ程度の武器で何でも切れますってねぇ……最低限、長剣くらいの長さが欲しかった」
というか俺、あのナイフのこと素材剥ぎ用のナイフとしか見てなかったし。最初に使ってみてこりゃ便利とは思ってたけど、それ止まりだったしな。
この世界にはもっと巨大な相手や、俺より速い魔物だって存在している。確殺が取れないのに相手の懐に入り込むのは妥当じゃない。
「だから、あのナイフ一本で恩があるってことを印象付けられるのなら、それでいいのさ。人ってやつは色々と忘れっぽいからな、思い出の品があれば、『あの時のこと、忘れてねぇぜ』、みたいな所謂美しい記憶になってくれるだろうさ」
「…何とも嫌みな言い方ですな」
「ほら、祈る対象がいないと神様って信じらんないっしょ」
ないものはないのよ。現実的に。
「目的ってやつさ。目的が全ての行動を決めてくれる。ナイフを返しという明確な目的があれば、あいつはそれの向けて努力してくれる。回収の手間を時間が解決してくれるんだ。欲張っちゃいけねぇよ」
「…そういうことであれば、そうとしておきましょう」
「いや、別に他の考えとかないから。何そのああそういうことね、みたいな雰囲気。マジでそれ以上のこと考えてないから俺!!」
ちくしょうなんだこの野郎。何か不愉快な感情をこっちに向けてる背中から伝わってくるぞ。やるか? ここでやるか?
もういい、そういうのに付き合う気力なんぞそもそもねぇんだ。ちょっとでも体を休めて早くこのじゃじゃ馬を扱えるようにならねぇと。
俺は座席に体を戻し、この数日のことを思い返しながら馬車の進行に身を任せる。
次は王国領最後の街。国境に一番近い街へと進んでいくとのことであった。ここからそれなりに距離があるところであるから、それまでゆっくりさせてもらおう。
そこでも何かが起こるのだろうかと少し不安になりもするが、それもまた、一興というものだ。
現状一人の旅路が平穏無事にいくことなどあり得ない。それならば、降り掛かる困難を踏み越えより強くなろうではないか。
俺はイナナキで出会った人たちの顔を思い返しながら、来たる越境の時がもうすぐそこまで迫っていることに期待感が募っていくのだった。
さて、旅の難事も二度目となれば、三度四度とあることでしょう。
この先行く先荒れの道、上下に揺れるは運気と言わず。ここでの勤めが支えになれば、骨折り程度の価値はあったでしょう。
おおイナナキの駿馬の諸君、不意打ち先駆けお許し願おう。
先行く定めを負う俺に、傷の治りは待てぬが必定。立ち上がるのを待つ暇なく、礼など受けては荷物が増える。
またの出会いは流れのままに、道の交差が導くままに。その時にこそここでの貸しを、利子を交えて返してもらおう。
それでは、それでは皆様。
―――あいやイナナキ、リーズ・ナブルは此れにて御免。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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