精霊電車

機巧往亀

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三 思舞線の行き先は

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 地下のトンネルから出た先には、都市のビル群でも電波塔でもなく、田畑が広がっていた。それはまるで、青年の故郷の光景であった。いや、廃線が決まった鉄道の車窓そのものかもしれない、そう彼は感じた。故郷の光景に見入っている彼に、車掌は再び語り掛ける。
「この列車は、思舞線、思い舞う路線。この列車は既に帝都を、いや、物質世界を離れました。この光景は、あなたの記憶の一場面のはずです。あの建物、あの山、見覚えはありませんか。」
この問いに、彼は頷きながら答える。
「あれは小学校、あっちは黒岳、あのコンビニはなくなっちゃったな。あの神社は変わらずだけど、御神木がまだある。」
「しかし美しい場所ですね。往年の私はほとんど地上を走りませんでしたから、こういう風景はとても新鮮です。」
「しかしなぜこんなところに連れてきたんだ。」
「最初の行き先として、貴方が一番好きな時代・風景を選びましたが、違っていましたか。」
 言われてみれば、と青年は考える。自分の人生の中で振り返れば、消去法で小学校時代が最も幸せだったかもしれない。彼の考えを見透かしたのか、車掌は続ける。
「あなたは、自分のことを恵まれない、報われない人間である、そう思っていますね。不幸せである、とも。」
その時、列車が山のトンネルに入り、車内は再び電球の薄明りに包まれた。青年は立ち上がり、車両の一番前に立ち、前方の、どこまでも続くトンネルを見ながら答える。
「僕は不幸な上に誰からも必要とされない、何の才能も力もない。何をしてもうまくいかないし、うまくいったときに限って不幸が襲う。もう嫌だね。僕の人生はこのトンネルのように真っ暗さ。」
「人生をトンネルに例えるとは、詩人のようですね。ですが、トンネルは洞窟と違い必ず出口があります。闇は何処までも続くわけではありません。」
 車掌の言葉に合わせるように、列車はカーブを抜け、その先にトンネルの出口が見えてきた。トンネルから出た先には、やはり田畑の広がる田舎の景色が広がっていた。もっとも、さっきと異なり雨が降っているので視界は悪い。外の景色を見渡した青年が唸る。
「やっぱり、真っ暗じゃなければよくないことが襲うな。あれは中学校と高校、隣接してはいなかったはずだが・・・」
 中学校の間、青年は陰湿ないじめに遭い、図書室に引きこもり勉強とコンピュータプログラミングに勤しんでいた。高校は選択肢自体がなかったので地元の高校に通い、そのため高校でもいじめは続いたのであった。おまけに高校二年の時に洪水で被災し、交通事故で父親を亡くし、成績も微妙だったので進学を諦めたのである。車掌はそんな彼の心中を察したのか、別の問いかけをする。
「ですがきちんと就職したじゃないですか。貴方をいじめてた人たちは定職についていないですよ。」
「地元の企業に安月給でIT担当として就職するのが関の山。その企業も一年で潰れたしね。再就職したら直後に母が死んで、死んでから半年経ってから親の借金が見つかるし、おっかない取り立て人は来るし、業績不振で解雇されるし、ほんっとに運がないよ僕は。」
車窓には、青年が勤めた会社のあった建物が見えているが、彼は見向きもしないで天井を見ている。運のなさを嘆く彼の様子を見ていた車掌は、どう声をかけたものかと考え、しばし黙り込む。その様子を見ていた青年は、話題はないかと話を振ってみる。
「なんでこんなになっちゃったのかな。あ、そういえば君は君の事を精霊とか神とか言ってたよね。ひょっとして僕、神様に嫌われてるか悪霊でも憑いてるんじゃないかな?」
「祟りを除いて、一人の人間に嫌がらせを続けるような神は私の知る限りではいませんね。からかってくるのはいますけど普通は実害のない範囲でしょうし。」
「とすると祟られたか。何か悪いことしたかなぁ・・・」
 青年が自らの運命を神のせいにしかけたところで、列車は再びトンネルに入り、車内には列車の走行音だけが響き渡る。ここにきてようやく車掌が青年へ質問をする。
「貴方がこれまで大変な思いをしてきたことは、よく分かりました。ではなぜ今、東京に出てきたのですか。」
座席に戻ってきた青年は答える。
「もう地元に未練はないし、おっかない取り立て人も怖がって東京には来ないらしいし、仕事はありそうだしね。高校時代の友達もいるし。」
これに対し、車掌はさらに問いかけを続ける。
「本当にここで生きていくつもりですか?仕事のあてはあるのですか?」
「・・・。」
「・・・。」
しばしの沈黙。再び、列車の走行音だけが響き渡る。
 どのくらいの時間がたっただろうか。観念した青年が口を開く。
「・・・君にはかなわないな。お察しの通り、まったくノープラン。あいつとは連絡もしてないから彼がかつてと同じところに住んでるかさえ分からない。それに、借金があるのは銀行も知ってるし、職歴も酷い。まともには生きていけないだろうね。」
「まともには生きていけない、ですか。何をもってまともとするかにもよりますが、まさか悪行に手を染めるつもりはないですよね。」
「そうだな、君には隠しても仕方ない。まああいつがかつての住居にいなくて、手持ちの金も尽きたら、詐欺師にでもなるかね。この街はジジババがうじゃうじゃいるからどうにでもなるだろうし。あるいはいっそ・・・」
「死んでしまえばいい、と?」
車掌は既に青年の意思をある程度読んでいた。これまでに何人もの人が命を絶ったのを見てきた彼女は、絶望した人間の表情を知っている。
「ご明察。君は銀座線そのものらしいからね。何人の人が君に向かって身を投げたのだろうね。」
 この問いに、車掌は答える。
「覚えていません。しかし、この街の鉄道にはそうした負の怨念、暗い面も多くあります。特に地下は、負の怨念が溜まりやすいですね。お見せしましょう。」
 車掌がそう言った瞬間、トンネル内が明るくなり、地下の駅に到着した。
「ここは早稲田駅。あなた方には普段は見ることのできない私たちの視点をお見せしましょう。」
 ホームについた列車だが、扉は開かなかった。いや、開かなくて良かったかもしれない。ホーム上には、普通の人間の他に、明らかにやつれた怪物のようなものが複数いたのである。怪物ではあるが、やつれているためか不思議と怖くない。
「あれはここで死んだ人たちの怨念だけが溜まり、具現化した者。もっとも、人々には見えません。ただ、人や機械に悪影響を及ぼすことも多々ある。さて、次の電車が来る前に行きましょう。」
 車掌は発射の合図をし、列車は再び走り始める。再び暗いトンネルを走り始めてから、青年は車掌に問いかける。
「さっきの光景は僕を脅すために見せたのか?」
「まあそうですね。ある意味では。最も、あれは亡くなった方の魂そのものではありません。魂は然るべきところに行きますからご安心を。さて、次の駅に着きます。」
トンネルを出て、再び田舎の山中を走る列車。これまでとはうって変わって、頻繁に駅に着く列車。次に着いた駅は、田舎の木造駅舎の小さな駅であった。しかし、その見た目とは違い、ホームには溢れんばかりの人がいた。ここにきてようやく車掌が車掌らしいアナウンスをする。
「次は、想人、想人。お出口は、右側です。」
 列車が停まり、ドアが開く。ホームにいた人々がぞろぞろと列車に乗り込み、さっきまで二人しかいなかった列車はあっという間に満員電車と化す。空いていた青年の右隣の席に座った者の顔を見た青年は、驚きの余り目を見張った。
「・・・先生、なぜ?・・・」
それは、高校の時、彼の面倒をよく見てくれた情報科の先生であった。
「いやあ、立派になったなあ。何かあればいつでも相談に乗るからな。うん。お母さんも、良い息子さんをお持ちになって。」
 そう言った先生の視線の先には、頷く青年の母親の姿、その後ろには父親、青年の正面にはかつての友人がいた。そして車内を見渡すと通学路の売店のおばさん、取引先の人、バイト仲間、小学校の担任の先生・・・、およそ彼と関わった人が大勢乗っていたのである。外を見ると、まだ乗り切れない人がホームにごった返していた。車掌が再び青年へ語りかける。
「貴方に救われた人、あなたを気にかける人、あなたを助けた人、あなたに助けられた人、彼らが集まる駅、それが想人駅、想う人の駅。それではごゆっくりとご歓談を。終わり次第、そちらのコックを引いて扉を閉めてください。そうしたら発車します。」
 そう言うと車掌は姿を消してしまった。それから何時間もの間、青年に語り掛けてくる人は後を絶たなかった。話が終わった人は前の扉から出ていき、後ろの扉から別の人が入る。中には、青年が拾って交番に届けた財布の持ち主だとか、青年が作り直した柵に救われた人といった些細な関わりの人も混じっていた。
 いったい何時間経っただろうか。最後に残ったのは、青年の母親であった。
「たくさんの人に世話になって、あんたも立派になったねぇ。しっかりやるんよ。あとご飯しっかり食べること。じゃあね。」
 母親はそれだけ言い残し、車両を後にする。ついでとばかりに、車両から出る直前に車掌の言っていたコックを引いてから出ていったので、青年は後を追うこともできなくなってしまった。相変わらずさっぱりしていて、長々と話し込んだ父親とは大違いであった。
 扉が閉まり、電動機が唸りを上げ、車両が走り始める。列車は再びトンネルに入り、しばらく走ったのちにトンネルを抜けるが、依然、車掌は現れない。列車はそのまま高架に入り、走り続ける。高架を走り始めてしばらくしてから、あの車掌のアナウンスが入った。が、車掌は現れない。
『次は、黄泉比良坂、黄泉比良坂。二番線到着、お出口は、左側です。黄泉線はお乗り換えです。』
 アナウンスが終わってから、再び音もなく車掌が現れる。青年は車掌を見て、口を開く。
「よもつひらさか?ヨミ?なんだそれは?というか、乗り換えってなんだ?」
「あなたはもう少しこの国の言い伝えや文化を勉強された方が良いですね。黄泉線は幽霊列車の走る路線。黄泉の国、あるいは極楽浄土、あるいは地獄、あるいは天国と呼ばれる場所へ向かいます。どこへ行くかはあなた次第。いずれにせよ片道切符ですけどね。この駅は私たちの世界において一つの境目。この駅の向こうに私は行けません。貴方はここで選ぶことができます。ここで何の痛みも感じずにあの世に行くか、この列車に乗ったまま現世へ戻るか。」
「・・・。」
「ちなみにこの列車の行き先は、あなたがここで乗り換えるならこの駅。そして乗り換えないならば綾瀬駅、あなたが千代田線に乗って向かう予定だった場所です。黄泉比良坂駅での停車時間は先ほどと同じくあなたがコックを引いて扉を閉めるまでです。それでは。」
 再び消える車掌。列車は減速し、高架上の駅へと向かう。確かに、さっきまで一本か二本しかなかった線路は四本に増え、この駅は一番線から三番線まである。青年の乗る列車は二番線に到着し、ホームを挟んだ向こう側には一番線に停まる蒸気機関車とその客車が見える。黄泉線の線路は空へ向かって伸びる二本の線路がちょうどこの駅のところで輪を作っている作りであり、ホームは一つしかない。扉が開き、ホームの向こうの列車が見える。それは普通の蒸気機関車と客車であり、幽霊列車と聞いてイメージされる物々しさはない。
「ここで何の痛みも感じずにあの世に行くか、この列車に乗ったまま現世へ戻るか、か。ここまでくると夢ではないだろうな。」
 扉を閉めるコックは、扉の隣に設置されている。扉の向こうには、幽霊列車が停まっている。
「よし!」
決心した青年は席を立つ。向かうべき場所へ行くために。
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