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『黄金卿』編
第十四話 撃ち抜く風
しおりを挟むその声を、心のどこかで待ち望んでいた気がする。どうしようもない現実よりも、どうにでもできる希望に縋るのは、人間の在り方として正しいのでは?
そう思うのは、言い訳だろう。
儚い終わりなんて嫌だ。俺は生きたい。
醜くてもいい。構わない。
「だったら立って。キミはまだ、やれるよ」
彼女の声に、俺は眼を開けた。
上下に真っ二つに斬られた飢餓。
「……まだ立つか」
「グルルァァァァァァ!!」
斬られながらも、奴は進む。
アストラルは顔色一つ変えず、槍を構える。左手を伸ばし、一直線に剛槍を持つ。
「ドーラにやられた傷、まだ治りきってないんだけどなぁ」
飢餓が動く。そのスピードは、確かに常軌を逸していた。人間なら間違いなく奴に喰われるのだろう。だが、今回に関しては、相手が悪かった。
「グルルァァァァァァ!!」
タックルの姿勢で突っ込んできた『飢餓』の口元に一閃。
「遅い」
「グガ」
ただ突き刺し、殺した。
貫かれた肉体から赤い球体が零れ落ちる。ビー玉程度の大きさだ。
それを取り、飲み込んだ。
そして、俺の前に立つ、最強の少女。
「どうして……ここが?」
槍を球体に戻し、こちらを見るアストラル。小さな微笑みと一緒に、手を伸ばす。
腹部を抑える俺を見て、屈んだ。
「色々あってね。『天下蒼天』が教えてくれたんだ。それより、大丈夫?」
伸ばした手を腹部に当てた。すると、微かな光を放たれる。段々と痛みが引いていった。
「内臓と骨が逝ってる事を除けば、な。助かったよ」
漸く立てるぐらいまで回復した。ゆっくりと立ち上がり、ちょっと歩いてベンチに座る。
「暫く安静にしててね。で」
彼女も隣に座る。エディアはただ黙り込んでいた。口を開いた彼女に、謎の戦慄を覚えた。
「い、言いたい事は解るぞ?」
表情は笑っているが、明らかに怒っている。笑顔の裏に隠れるドスの入った怒りを隠しきれてないですよ。
「ふーん、何?」
「何でこんな時間に、こんな場所で『飢餓』に襲われてたんだって、だろ?」
「まぁ、そうだね。じゃあ、聞かせてもらいましょうか」
少し距離を離す。チラリと周りを見る。逃げ切る準備をしなくちゃ。
「……この青いのが気になって」
地面を指差して言った。指先の地面は青い紋様が張り巡らされている。
その言葉に彼女は言葉を失って、少し悩んでから口を開いた。
「まさか、見えてる?」
「はい」
首を縦に振る。彼女は神妙そうな表情を浮かべた。さっきまでの笑顔は何処へ行ったのか。
「まじ? 『地脈』が見えるって」
「これ何なんだよ」
「『地脈』。一言で言うのなら『禊孔』かな」
「けい、こう?」
「そう、『禊孔』。私たちの身体には、命力が流れているの。赤血球が酸素を運ぶ様に。命力を全身に流れさせる器官がある。それが『禊孔』。さっきの『飢餓』で言ったら赤い球だ」
「うん」
彼女の説明を、脳細胞全て使って頭に叩き込む。さっきの『赤い球』が『禊孔』。
俺の身体にも……
「その『禊孔』の土地版。土地の命力の流れそのもの、が地脈」
「普段からこんな色じゃ無い……よな。だって今までこんな色になった事見てないし」
「うん。今みたいに色が付いてるのが異常なの」
地脈は青く光り、微かにうねりをあげている。それは心臓の鼓動のようで、命そのものを感じさせた。
「普段、私たちも地脈は可視化されてない。それが青く光っているのは、特殊な結界が発動したと考えていい」
「特殊な……結界?」
「と言っても、悪いものじゃない。土地の保護機能を覚させただけだ。悪影響は無いよ」
ますます薄気味悪くなってきた。余計に正体がわからなくなってきた気がする。
「普通の人の眼には『地脈』は見えない。『禊孔』が開いてないからね」
「……まった、それは俺も同じだろ?」
「……そこなんだ」
「?」
彼女は眼を逸らした。地脈を見るわけでも無く、ただ気まずそうに自分の手のひらを見つめている。
「今、キミは『禊孔』が開いている。それは今、治療の為に私が開けたものだ」
「まさか。その前から見えていた事が?」
こく、と彼女は頷いた。言いたい事がわかった。解ってしまった。だけど、どうしようもない。気付いたらこうなっていたのだから。
「確かに、キミは命力に触れていた。イスカトルとの戦闘時、炎弾として眼にしている。だけど、それはあくまでも具現化されたモノだ。コレとは訳が違う」
「……」
俺は言葉を失った。今の俺は、何なんだ?
手を握る、手を広げる。グーパー、グーパーって。感覚は確かにある。目だって何もおかしくはない。一体、オカシイのは。
「……ま、気にしても仕方ないや! 少し歩こう。気分も晴れるんじゃない?」
「あ、ああ」
言われるがまま、俺たちは立ち上がって進んだ。
「ただ一つ、覚えておいて」
「ん?」
公園を出て、家に着く。
止まりかけていた呼吸が回復した。
地脈はうねり、ただ静かに時を待つ。
次の一言に、俺は眼を見開いた。
「地脈が可視化されたって事は、キミも他人事では無くなったと言うこと。それに、彼岸市はもうすぐ戦場になる」
──1時間前。
「どうしましょうかね……取り敢えず私は地主と連絡を取ります。地脈の範囲と発動タイミングの打ち合わせを」
「俺は調整中だ。新調した右腕が未だに馴染まん」
「なら、私は今のうちに『飢餓』を掃討しておくよ。イスカトルみたいなのが戦闘中に動いたらそれこそ負けだし」
山の麓、ラセツの隠れ家に3人の調律師が集結していた。
協会からの派遣……『天下蒼天』
土地の守護者……『賞金稼ぎ』
若き追求者……『守護者の子』
知る者が聞けば戦慄する3人が、ここに集まっている。ただ1人、『黄金卿』を討つために。
「イスカトルが人を喰う? は、それはねぇな。こっちは協定結んでンだ。アイツが人を襲えば俺が出るぞって」
鼻で笑い飛ばす彼に、地雷を踏まれたのか彼女は言い返す。
「その協定、意味をなしてないっぽいけど?」
「あぁ?」
2人とも、表情は笑ってはいるが、命力の流れを戦闘用に変えている。喧嘩腰で話す彼らに、『天下蒼天』は苦笑いを浮かべた。
「ちょ、ちょっと……お二人さん?」
「最初にここ来た時、人が一人襲われていましたけど!? それについては如何?」
「知るか。そっちが先に手出したんだろ。仮にそれが事実だとして、襲われる方にも原因はあるだろ」
「いやいや、人が『飢餓』相手に出来ることなんて無いでしょ。調律師ならまだしも、本当にただの人間だよ? 『禊孔』も開いてない」
「だからそれこそ有り得ねえって」
ラセツの言葉に、反論が躊躇われた。
「何で、言いきれる?」
机に乗る。槍を突きつけた。
切先がラセツの喉に触れる。浅く、浅く、血の出ない程薄く斬られた。
「お、おい!」
静止に入る『天下蒼天』。アストラルは睨みつけた。ラセツはチラリと彼を見て、首を横に振る。
「……はぁ。もう止めませんけど、殺し合いだけはしないでくださいね」
一歩下がった。ポケットからタバコを取り出す。指先をパチン! と鳴らし、火をつけた。
(ああ。クレイバード、久しぶりですよこんなのは)
ストレスが溜まる。胃薬を持ってくればよかった。
「で、答えろ。『賞金稼ぎ』!」
「俺はイスカトルに発信器を着けてる……ほら」
ポケットから小さな機械を取り出した。
その機械には眼が埋め込まれている。脈打つそれを気味悪く感じそうになった。
「コイツは俺の『木蓮』で作った発信器『真偽の目』だ。コイツ自身が自我を持ち、人を襲うと判断すれば俺に警報が行く」
「……」
「察しの良い『守護者の子なら分かると思うが、こいつは鳴っていない」
彼女の地雷を的確に踏み抜いた。槍は距離を短くする。次挑発すれば喉だけでは済まない。それにもかかわらず、ラセツは平然としていた。
「誤作動を起こしただけじゃないの? もしくは不良品か。私は確かにこの目で見た。戦った」
ピキ、と音がした、ような。
調律師であり、職人である『賞金稼ぎ』の地雷を踏み抜いたのは、アストラル。
「へぇ? 手前、俺の『木蓮』にケチをつけるか……いい度胸してんなぁクソガキ」
机をバン! と叩き、彼女の槍よりも長い槍を造り出し、アストラルに突きつける。対する彼女も、
「それはこっちの台詞。私の本気を見せてやる、老害」
怯む事なく、槍を握る手に力を入れた。
もうバチバチだった。『天下蒼天』は事態に呆れ、眼を手で覆っている。
今にも手が出そうだ。どちらかがやれば、戦闘不能者が出てしまう。最悪、相打ちになったら一人でやらなければならない。
それはまずい。けれど、どうしようもない。
そう思っていると、
「「「!!」」」
3人が、一斉に同じ方向を向いた。
二人は槍を落とし、一人はタバコを落とした。その方向からのある流れに気を取られたのだ。
「地脈が……起動してやがる!?」
「バカな。地主との連絡はまだ着いていないのに……」
「……マズイ」
地脈の起動が何を意味するのか、知らない彼らではなかった。最早、喧嘩どころでは無い。さすがはプロと言ったところか。
「私は地主の救出を。『賞金稼ぎ』、協力を」
「ああ。位置さえ掴めればそこまで飛ばしてやる。それが終わり次第、『黄金卿』の監視へ向かう」
「地脈の起動で呼ばれた『飢餓』の殲滅をするよ。『天下蒼天』、命力のポイントを示して」
それぞれのやるべき事を瞬時に理解・共有した。『天下蒼天』はテーブルの上にあったペンを握り、幾つかの場所に印をつける。
「今感じるのは、この3か所です。特に……移動しているもの……今、公園に着きました。コレを最優先に潰してください」
「了解」
「ついでにコレを持ってけ」
ラセツから手渡されたものは、ボタンだった。相変わらず、見た目はグロテスクだ。
「押せばオマエとオマエに触れてる奴が俺の下にテレポートする」
「……ありがとう、ラセツ」
「死ぬなよ。まだケリはついてない」
「うん」
「では、行きます。健闘を!」
全員は走り出した。
そして、彼女は嗤う。
終焉の旅人。虚空の覇者。
調律師は彼女をそう呼ぶ。
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それが、今、ここに。
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