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05:現実は厳しい
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高校入学を控えた春休み。
あやめは真新しいセーラー服を眺めては、これから始まるであろうバラ色の高校生活を夢見て浮かれていた。
愛読している少女漫画雑誌『月刊カノン』のヒロインは全て高校生。
他雑誌でも大抵はそうだった。
女子高生――これはただの名称ではない。
一種の特権、華々しいステータスだ。
女子高生=モテ期。
人生で一度のボーナスタイム突入、フィーバー!
いま思い返すと「お前は何を言っているんだ」と真顔で問い返すか鼻で笑いたくなってしまうが、当時のあやめは漫画やアニメの影響により、そう信じて疑わなかったのである。
少女漫画では入学早々、素敵な男子との恋が始まる。
早ければ扉絵をめくってたった二ページ、通学路で出会った瞬間に恋に落ちたりもする。
ヒロインが特に変わった行動をしなくとも、出会いは向こうからやってくる。
すぐ傍にいるクラスメイトと親密になるも良し、他校の生徒と放課後や休日デートを楽しむも良し、教師と秘密の愛を育むも良し。
ただ道を歩いているだけで美少年と出会うのは、もはや少女漫画の王道だろう。
彼と出会い頭に衝突してしまい、ヒロインは「ごめんなさい」としおらしく謝ってみせる。
パターンその1だと美少年は「こっちこそごめんね。どこも怪我はしてない?」と優しく微笑み、転んだヒロインの手を引いて立ち上がらせてくれて、ああ、なんて素敵な人なんだろう……と、ヒロインは胸を高鳴らせる。
パターンその2だと美少年から「いってえな! どこ見て歩いてんだブス!」と憎まれ口を叩かれ、ヒロインは「なんてやな奴!」と反感を覚えるが、交流を深めていくうちに彼の魅力に気づき、徐々にお互い惹かれ合っていく。
いいではないか。実に素晴らしいではないか。
ビバ女子高生!
――なんて、高校に入って一年も経ったいまだからこそ思う。
都合よく妄想していた過去の自分を張り倒したい。それはもう、全力で。
(少女漫画はしょせん二次元。乙女の夢と欲望が詰まった世界だ。現実にそんなことがあるわけないんだよな……)
電線に並ぶカラスを見上げ、遠い目をする。
いや、一度だけあやめの身にも、少女漫画じみた出来事が起きたことがある。
あれは高校一年の春のこと。
通学路で、あやめは突然わき道から走ってきた男子とぶつかった。
漫画ならこういう場合、ヒロインは「きゃっ」と可愛らしく悲鳴をあげ、尻餅をつくのがお約束だが――あろうことか、激突の末、吹っ飛んで尻餅をついたのは男子のほうだった。
あやめの鍛え抜かれた胸筋に弾かれてしまったらしい。
胸が緩衝材になるには……認めたくはないが、少々サイズが足りなかったようだ。
「すみません、大丈夫ですか?」
心配しながら、あやめは彼の助けになるべく手を伸ばした。
このとき、少し――ほんの少しだけ、恋の始まりを期待していたことは認めよう。
しかし、彼は「大丈夫です」と爽やかに微笑むでもなく、唖然としたような顔でこちらを見上げ、一言。
「うわ、デケエ女」
心底ドン引きしたような呟きを聞いて、あやめはぴしりと凍りついた。
そもそも前方不注意で、いきなり飛び出してきたのは男子のほうである。
感謝も謝罪もなく開口一番、地味に気にしていることを面と向かって言い放ってきた時点で印象は最悪。脳裏で密かに思い描いた彼との素敵な恋は、一瞬で無に帰した。
「どうした?」
彼の後を追う形で、新しい男子が姿を現した。
友達らしく、男子は立ち上がり、二人で話し始めた。
「いや、このデカい女が道塞いでてさぁ」
遠慮なく親指で指してくる男子。
「何、お前、吹っ飛ばされたん? だっせえ」
「うるせーな、悪いのは向こうなんだって。超迷惑」
友達の前で恥をかかされたとでも思っているのか、男子は睨みつけてきた。
血管がまとめてきれそうだった。
あやめの脳内ではこの失礼極まりない男子を豪快に投げ飛ばすイメージが鮮明に描かれている。
「大丈夫そうなので失礼しますね」
怒りに任せて実行してしまう前に、あやめはその場を辞した。
次に彼と偶然街で会ったときは、舌打ちされる始末だった。
少女漫画じみた出来事が発生したところで、そこから劇的な恋へと発展していく可能性は限りなく低いという残酷にも悲しい事実は、この一件が教えてくれた。
あやめは真新しいセーラー服を眺めては、これから始まるであろうバラ色の高校生活を夢見て浮かれていた。
愛読している少女漫画雑誌『月刊カノン』のヒロインは全て高校生。
他雑誌でも大抵はそうだった。
女子高生――これはただの名称ではない。
一種の特権、華々しいステータスだ。
女子高生=モテ期。
人生で一度のボーナスタイム突入、フィーバー!
いま思い返すと「お前は何を言っているんだ」と真顔で問い返すか鼻で笑いたくなってしまうが、当時のあやめは漫画やアニメの影響により、そう信じて疑わなかったのである。
少女漫画では入学早々、素敵な男子との恋が始まる。
早ければ扉絵をめくってたった二ページ、通学路で出会った瞬間に恋に落ちたりもする。
ヒロインが特に変わった行動をしなくとも、出会いは向こうからやってくる。
すぐ傍にいるクラスメイトと親密になるも良し、他校の生徒と放課後や休日デートを楽しむも良し、教師と秘密の愛を育むも良し。
ただ道を歩いているだけで美少年と出会うのは、もはや少女漫画の王道だろう。
彼と出会い頭に衝突してしまい、ヒロインは「ごめんなさい」としおらしく謝ってみせる。
パターンその1だと美少年は「こっちこそごめんね。どこも怪我はしてない?」と優しく微笑み、転んだヒロインの手を引いて立ち上がらせてくれて、ああ、なんて素敵な人なんだろう……と、ヒロインは胸を高鳴らせる。
パターンその2だと美少年から「いってえな! どこ見て歩いてんだブス!」と憎まれ口を叩かれ、ヒロインは「なんてやな奴!」と反感を覚えるが、交流を深めていくうちに彼の魅力に気づき、徐々にお互い惹かれ合っていく。
いいではないか。実に素晴らしいではないか。
ビバ女子高生!
――なんて、高校に入って一年も経ったいまだからこそ思う。
都合よく妄想していた過去の自分を張り倒したい。それはもう、全力で。
(少女漫画はしょせん二次元。乙女の夢と欲望が詰まった世界だ。現実にそんなことがあるわけないんだよな……)
電線に並ぶカラスを見上げ、遠い目をする。
いや、一度だけあやめの身にも、少女漫画じみた出来事が起きたことがある。
あれは高校一年の春のこと。
通学路で、あやめは突然わき道から走ってきた男子とぶつかった。
漫画ならこういう場合、ヒロインは「きゃっ」と可愛らしく悲鳴をあげ、尻餅をつくのがお約束だが――あろうことか、激突の末、吹っ飛んで尻餅をついたのは男子のほうだった。
あやめの鍛え抜かれた胸筋に弾かれてしまったらしい。
胸が緩衝材になるには……認めたくはないが、少々サイズが足りなかったようだ。
「すみません、大丈夫ですか?」
心配しながら、あやめは彼の助けになるべく手を伸ばした。
このとき、少し――ほんの少しだけ、恋の始まりを期待していたことは認めよう。
しかし、彼は「大丈夫です」と爽やかに微笑むでもなく、唖然としたような顔でこちらを見上げ、一言。
「うわ、デケエ女」
心底ドン引きしたような呟きを聞いて、あやめはぴしりと凍りついた。
そもそも前方不注意で、いきなり飛び出してきたのは男子のほうである。
感謝も謝罪もなく開口一番、地味に気にしていることを面と向かって言い放ってきた時点で印象は最悪。脳裏で密かに思い描いた彼との素敵な恋は、一瞬で無に帰した。
「どうした?」
彼の後を追う形で、新しい男子が姿を現した。
友達らしく、男子は立ち上がり、二人で話し始めた。
「いや、このデカい女が道塞いでてさぁ」
遠慮なく親指で指してくる男子。
「何、お前、吹っ飛ばされたん? だっせえ」
「うるせーな、悪いのは向こうなんだって。超迷惑」
友達の前で恥をかかされたとでも思っているのか、男子は睨みつけてきた。
血管がまとめてきれそうだった。
あやめの脳内ではこの失礼極まりない男子を豪快に投げ飛ばすイメージが鮮明に描かれている。
「大丈夫そうなので失礼しますね」
怒りに任せて実行してしまう前に、あやめはその場を辞した。
次に彼と偶然街で会ったときは、舌打ちされる始末だった。
少女漫画じみた出来事が発生したところで、そこから劇的な恋へと発展していく可能性は限りなく低いという残酷にも悲しい事実は、この一件が教えてくれた。
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