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62:そんなこと思ってない
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「ちょっと来て」
漣里くんが私を連れて行ったのは、自習室として生徒に開放されている部屋だった。
本棚と机のセットがあるだけの小さな部屋。
文化祭準備期間中ということもあり、中には誰もいない。
漣里くんもそれを見越してここに来たのだろう。
彼は私を部屋に連れ込むと、電気をつけて扉を閉めた。
生徒たちの声が少しだけ遠くなる。
「座って」
立ち尽くしていると、漣里くんに促された。
とりあえず、一番近い机に腰掛ける。
漣里くんも隣の椅子を引いて座った。
「真白」
彼が私の名前を呼ぶ。その声だけはいつも通りだった。
顔をあげれば、いつもとは全く違う惨状が嫌でも目に飛び込んでくるのに。
「こっち見て。手当てもしてもらったし、もう大丈夫だから。痛くない」
「嘘だ」
私は反射的に言って、顔を上げた。
彼の頬を覆うガーゼに手を添える。
怪我に障ることのないように、壊れ物を扱うような手つきで、そっと。
「痛かったでしょう?」
泣きそうになりながら問う。
「……まあ、多少は」
「……ごめんね。漣里くんのクラスの子が教えてくれたときに、もっと早く駆けつけられれば良かった」
ぽつ、と流した涙が胸の上に落ちる。
「そんなこと――」
「私、漣里くんが反撃しなかったって聞いて、約束を守ってくれたんだって嬉しかったけど、でも、あんなこと言うんじゃなかったって、後悔してるのも本当なの」
私は漣里くんの肩に顔を埋めた。
「こんな酷い目に遭うくらいなら、殴り返してでもいいから無事でいて欲しかったって……」
大粒の涙がぽろぽろと零れる。
暴力を振るっては駄目だという自分の言葉が間違っていたとは思えないし、思いたくないのに――それでも、漣里くんの痛々しい姿を見るくらいなら、あんな卑劣な奴ら暴力で叩きのめして何が悪いの、なんて恐ろしいことを考える自分がいるのも本当だった。
「違う。殴り返したらあいつらと同じクズに成り下がるだけだ。真白は間違ってなんかない。後悔なんてしないでくれ」
漣里くんは私を抱きしめた。
「真白はできるだけのことをしてくれた。息を切らして、全力で駆けつけてくれた。凄く嬉しかった」
「でも……」
私の弱々しい反論を、漣里くんはかぶりを振って止め、さらに強く抱きしめてきた。
「俺は真白に感謝してる。前にあいつらを殴ったときは、ただ空しくなっただけだった。でも、いまは自分が誇らしい。あれだけ殴られたのに一発もやり返さなかった。それなのに、真白が後悔したら全部台無しだ。真白はいまの俺を見て恥ずかしい、情けないって思うのか?」
「そんなこと思ってない!」
私は弾かれたように、勢いよく顔を上げた。
涙を零したまま、必死で訴える。
漣里くんが私を連れて行ったのは、自習室として生徒に開放されている部屋だった。
本棚と机のセットがあるだけの小さな部屋。
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漣里くんもそれを見越してここに来たのだろう。
彼は私を部屋に連れ込むと、電気をつけて扉を閉めた。
生徒たちの声が少しだけ遠くなる。
「座って」
立ち尽くしていると、漣里くんに促された。
とりあえず、一番近い机に腰掛ける。
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顔をあげれば、いつもとは全く違う惨状が嫌でも目に飛び込んでくるのに。
「こっち見て。手当てもしてもらったし、もう大丈夫だから。痛くない」
「嘘だ」
私は反射的に言って、顔を上げた。
彼の頬を覆うガーゼに手を添える。
怪我に障ることのないように、壊れ物を扱うような手つきで、そっと。
「痛かったでしょう?」
泣きそうになりながら問う。
「……まあ、多少は」
「……ごめんね。漣里くんのクラスの子が教えてくれたときに、もっと早く駆けつけられれば良かった」
ぽつ、と流した涙が胸の上に落ちる。
「そんなこと――」
「私、漣里くんが反撃しなかったって聞いて、約束を守ってくれたんだって嬉しかったけど、でも、あんなこと言うんじゃなかったって、後悔してるのも本当なの」
私は漣里くんの肩に顔を埋めた。
「こんな酷い目に遭うくらいなら、殴り返してでもいいから無事でいて欲しかったって……」
大粒の涙がぽろぽろと零れる。
暴力を振るっては駄目だという自分の言葉が間違っていたとは思えないし、思いたくないのに――それでも、漣里くんの痛々しい姿を見るくらいなら、あんな卑劣な奴ら暴力で叩きのめして何が悪いの、なんて恐ろしいことを考える自分がいるのも本当だった。
「違う。殴り返したらあいつらと同じクズに成り下がるだけだ。真白は間違ってなんかない。後悔なんてしないでくれ」
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「でも……」
私の弱々しい反論を、漣里くんはかぶりを振って止め、さらに強く抱きしめてきた。
「俺は真白に感謝してる。前にあいつらを殴ったときは、ただ空しくなっただけだった。でも、いまは自分が誇らしい。あれだけ殴られたのに一発もやり返さなかった。それなのに、真白が後悔したら全部台無しだ。真白はいまの俺を見て恥ずかしい、情けないって思うのか?」
「そんなこと思ってない!」
私は弾かれたように、勢いよく顔を上げた。
涙を零したまま、必死で訴える。
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