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73:ラグナ・コラプト
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「イグナ……というと、失踪した先代の火の大精霊と同じ名だな」
『まさしくそうだ。私は無念のまま消滅した二柱の友の仇を討ち、水の大精霊と共にイリスフレーナから去った、かつての火の大精霊だ』
ルーク様とアンネッタ様は目を剥いた。
――イグナはイリスフレーナを守護する四大精霊のうちの一柱だったの!?
私も大きな衝撃を受け、しばらくは何も言えなかった。
「……あなたは、先代の火の大精霊さまだったのですか。当時とはお姿が全く違うため気づきませんでしたわ……」
「先代の国王は病死したと聞いたが」
いち早く冷静さを取り戻してルーク様が言った。
『ふん。二柱の大精霊を邪霊に落とした報いとして、残った二柱の大精霊に国王が殺されたなど、口が裂けても言えまいよ。事実を公表すれば精霊と人間の間で戦争が起きる。向かう先は国の破滅だ』
「……それでは、先代国王の死の真相は隠蔽されたということなの?」
私は息を呑んで問いかけた。
『その通りだ。自我を奪われて発狂し、暴走の末に討たれたミルヒトーレとアグラカンの嘆きと怒りを引き受け、私たちがカイエンを殺した。それで終わりだと思っていたが、カイエンの遺した災いの種――《ラグナ・コラプト》はまだ残っていた』
《ラグナ・コラプト》とは、いわば《絶対服従》の呪い。
元々は悪魔や魔物への対抗手段として開発された古代呪術の一種だった。
カイエンはこの呪術を悪用し、精霊と共存するのではなく、一方的に支配しようとした。
この呪いを施された精霊は術者の命令に対し、一切の拒絶や反抗ができなくなる。
当然、自らの意志で解除することも不可能。
解放されるには精霊自身が死ぬか、術者が死ぬか、専用の解呪儀式が必要だと、イグナは語った。
『《ラグナ・コラプト》の発動条件は大きくわけて三つある。まずは対象の真名を知ること。次に、真名を呪符に刻むこと。最後に長い呪文を詠唱することだ。精霊も術者も傷つけることなく平和的な手段で《ラグナ・コラプト》を解くには真名が刻まれた呪符を大聖女が浄化するしかない』
「待ってください。大聖女限定ですか? わたくしでは駄目なのですか?」
アンネッタ様は自身の胸を押さえて言った。
『無理だな。大聖女と聖女では大きな力の差がある。現に、お前は聖女でありながらオルゴールに悪魔が憑いていることを見抜けず、自分の衰弱をすべて悪魔王の仕業だと思い込んでいたではないか』
痛いところを突かれたように、アンネッタ様は黙り込んだ。
『《聖域》にいる風と地の大精霊に対してもそうだ。二柱の大精霊には赤黒い鎖――紛うことなく《ラグナ・コラプト》がかかっていた。だが、お前には見抜けなかっただろう?」
「……はい。風の大精霊さまも地の大精霊さまも、いつも穏やかに笑っておられて、わたくしたちのために尽くしてくださっていました。それだけに、恐ろしい呪いがかかっているなんて、夢にも思いませんでしたわ……」
アンネッタ様は俯いたものの、すぐに毅然と顔を上げた。
「確かに、《ラグナ・コラプト》は大聖女にしか見抜けない呪いなのでしょう。しかし、それはあくまで外から見た場合の話です。精霊と契約している者が異変に気づかないわけがありません。精霊と契約すれば胸の《契約紋》を通して命が繋がりますからね。それなのに、ハルン公爵は一大事を報告していない――十中八九、黒幕はハルン公爵ですわ。リーリエ様に《聖域》に行かれては悪事を見抜かれてしまう危険性があるため、低級精霊をマーサに憑依させて操り、間接的に殺めようとした……それが事件の真相でしょう」
アンネッタ様は深いため息をつき、肩を落とした。
「お兄さまとリーリエ様が結婚することが国のため、などとあれだけ熱く語っておられたのに。いざとなれば国よりも保身が先に立つのですね……」
美しいその顔には怒りと失望が滲み出ていた。
『まさしくそうだ。私は無念のまま消滅した二柱の友の仇を討ち、水の大精霊と共にイリスフレーナから去った、かつての火の大精霊だ』
ルーク様とアンネッタ様は目を剥いた。
――イグナはイリスフレーナを守護する四大精霊のうちの一柱だったの!?
私も大きな衝撃を受け、しばらくは何も言えなかった。
「……あなたは、先代の火の大精霊さまだったのですか。当時とはお姿が全く違うため気づきませんでしたわ……」
「先代の国王は病死したと聞いたが」
いち早く冷静さを取り戻してルーク様が言った。
『ふん。二柱の大精霊を邪霊に落とした報いとして、残った二柱の大精霊に国王が殺されたなど、口が裂けても言えまいよ。事実を公表すれば精霊と人間の間で戦争が起きる。向かう先は国の破滅だ』
「……それでは、先代国王の死の真相は隠蔽されたということなの?」
私は息を呑んで問いかけた。
『その通りだ。自我を奪われて発狂し、暴走の末に討たれたミルヒトーレとアグラカンの嘆きと怒りを引き受け、私たちがカイエンを殺した。それで終わりだと思っていたが、カイエンの遺した災いの種――《ラグナ・コラプト》はまだ残っていた』
《ラグナ・コラプト》とは、いわば《絶対服従》の呪い。
元々は悪魔や魔物への対抗手段として開発された古代呪術の一種だった。
カイエンはこの呪術を悪用し、精霊と共存するのではなく、一方的に支配しようとした。
この呪いを施された精霊は術者の命令に対し、一切の拒絶や反抗ができなくなる。
当然、自らの意志で解除することも不可能。
解放されるには精霊自身が死ぬか、術者が死ぬか、専用の解呪儀式が必要だと、イグナは語った。
『《ラグナ・コラプト》の発動条件は大きくわけて三つある。まずは対象の真名を知ること。次に、真名を呪符に刻むこと。最後に長い呪文を詠唱することだ。精霊も術者も傷つけることなく平和的な手段で《ラグナ・コラプト》を解くには真名が刻まれた呪符を大聖女が浄化するしかない』
「待ってください。大聖女限定ですか? わたくしでは駄目なのですか?」
アンネッタ様は自身の胸を押さえて言った。
『無理だな。大聖女と聖女では大きな力の差がある。現に、お前は聖女でありながらオルゴールに悪魔が憑いていることを見抜けず、自分の衰弱をすべて悪魔王の仕業だと思い込んでいたではないか』
痛いところを突かれたように、アンネッタ様は黙り込んだ。
『《聖域》にいる風と地の大精霊に対してもそうだ。二柱の大精霊には赤黒い鎖――紛うことなく《ラグナ・コラプト》がかかっていた。だが、お前には見抜けなかっただろう?」
「……はい。風の大精霊さまも地の大精霊さまも、いつも穏やかに笑っておられて、わたくしたちのために尽くしてくださっていました。それだけに、恐ろしい呪いがかかっているなんて、夢にも思いませんでしたわ……」
アンネッタ様は俯いたものの、すぐに毅然と顔を上げた。
「確かに、《ラグナ・コラプト》は大聖女にしか見抜けない呪いなのでしょう。しかし、それはあくまで外から見た場合の話です。精霊と契約している者が異変に気づかないわけがありません。精霊と契約すれば胸の《契約紋》を通して命が繋がりますからね。それなのに、ハルン公爵は一大事を報告していない――十中八九、黒幕はハルン公爵ですわ。リーリエ様に《聖域》に行かれては悪事を見抜かれてしまう危険性があるため、低級精霊をマーサに憑依させて操り、間接的に殺めようとした……それが事件の真相でしょう」
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美しいその顔には怒りと失望が滲み出ていた。
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