私のピアノは君を呼ぶ

星名柚花

文字の大きさ
17 / 31

17:カフェ『陽だまり』にて(1)

しおりを挟む
 家計を助けるべく夏休みはバイトに打ち込もうと思っていた私にとって、真渕先輩の誘いは渡りに船だった。

 声をかけられたその日の夕方、私は早速先輩のお父さんが経営しているカフェ『陽だまり』に足を運び、面接がてら詳しく条件を聞いた。

 時給は高い。制服も可愛い。
 シフトは自由。
 おまけに美味しいまかないつき。
 もはや断る理由などなく、私は夏休み初日から『陽だまり』で働き始めた。

「行ってきまーす」
 8月上旬の朝、私は今日もきっちり9時45分に家を出た。

 ……暑いなぁ。
 まだ自転車を漕ぎ始めたばかりだというのに、早くもため息が漏れる。

 今日の最高気温は37度。
 朝のお天気お姉さんの「熱中症には気を付けて」という言葉はもう五日連続で聞いている。

 一体日本はどうなってしまうのか。
 私がおばあちゃんになる頃には夏の平均気温が40度を突破してしまうんじゃないだろうか――そんな恐ろしい想像をしながら、サラリーマンの横を通り過ぎ、ばっちりメイクを決めた若い女性とすれ違い、街路樹が植えられた大通りを走る。

 日よけの帽子を被っていても、蒸すような暑さはいかんともしがたい。
 二十分ほど漕いでいる間に、帽子の下にはじんわり汗を掻いていた。

 やがてお洒落な雰囲気のカフェ『陽だまり』に着き、私は所定の位置に自転車を停めた。

『陽だまり』は繁華街から一本外れた細い通り、図書館の近くにある。
 帽子を丸めて鞄に入れ、裏口からお店に入り、先輩のお父さんである店長に挨拶してから更衣室へ向かう。

 着ていたTシャツとキュロットを脱ぎ、制服に袖を通す。
 上は灰色のストライプの半袖シャツ。
 下は黒のラップキュロット、その上に店のロゴマークが入った腰下の紺色エプロンを締める。

 シャツの襟元には黒いリボンをつける。
 ボタンでパチっと留めるだけの簡単なお仕事です。

 ちなみに男子はスカーフタイだ。
 こちらも首に巻いてループに通し、引っ張るだけの簡単スタイル。

 紺色の靴下を履き、ロッカーの下側から黒のパンプスを出して、履いてきたサンダルをロッカーに入れる。
 セミロングの髪は出掛けるときに後ろで一つに括ってきたから、これ以上何かする必要はない。

 一応ロッカーの内側についている鏡で髪型をチェックし、最後に更衣室の壁にかけられた全身鏡で全身をチェックする。
 くるりと一周回ってみて、オッケーと頷き、更衣室の外に出てタイムカードを押す。

 打刻時間は10時16分。
 始業時間まで14分ある。

 ギリギリまで更衣室にこもってゆっくりしてもいいんだけれど、私は気にすることなくカウンターの中に入った。

「おはようございます」
「おはよう」
 さっきも挨拶したというのに、店長は再び笑顔で挨拶してくれた。

 店長は今年で五十になる陽気なおじさん。
 開店前に呑気にコーヒーを飲んでいたり、掃除中に鼻歌を歌っていたりもする。
 顔は先輩によく似ていて、先輩が年を重ねたらこんな感じになるんだろうなと思う。

「ひなちゃんおっはよーう。あれ、でもまだ早くない? もうちょい休んでていいのに」
 床のモップ掛けをしていた駆先輩――もう下の名前で呼ぶようになった――がカウンターを振り返った。

 すらりと伸びる長い手足で格好良い制服をばっちり着こなしている彼は、この店の看板娘ならぬ看板息子だ。

『陽だまり』で二週間働いて、その姿に見慣れているはずの私でさえ、たまにドキッとする瞬間があるんだから、初見の女性客が骨抜きになるのもわかる。

 こんなイケメンに「いらっしゃいませ」なんて微笑まれたら……そりゃあもう、落ちますよね。

 事実として、愛嬌たっぷりのイケメン目当てに足繁く通う女性客は、それはそれは多い。
 駆先輩は女性の常連客との会話を心底楽しんでいるようだし、カフェスタッフは彼にとって天職だと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話

頼瑠 ユウ
青春
高校一年生の上条悠斗は、同級生にして幼馴染の一ノ瀬綾乃が別のクラスのイケメンに告白された事を知り、自身も彼女に想いを伝える為に告白をする。 綾乃とは家が隣同士で、彼女の家庭の事情もあり家族ぐるみで幼い頃から仲が良かった。 だが、悠斗は小学校卒業を前に友人達に綾乃との仲を揶揄われ、「もっと女の子らしい子が好きだ」と言ってしまい、それが切っ掛けで彼女とは疎遠になってしまっていた。 中学の三年間は拒絶されるのが怖くて、悠斗は綾乃から逃げ続けた。 とうとう高校生となり、綾乃は誰にでも分け隔てなく優しく、身体つきも女性らしくなり『学年一の美少女』と謳われる程となっている。 高嶺の花。 そんな彼女に悠斗は不釣り合いだと振られる事を覚悟していた。 だがその結果は思わぬ方向へ。実は彼女もずっと悠斗が好きで、両想いだった。 しかも、綾乃は悠斗の気を惹く為に、品行方正で才色兼備である事に努め、胸の大きさも複数のパッドで盛りに盛っていた事が発覚する。 それでも構わず、恋人となった二人は今まで出来なかった事を少しずつ取り戻していく。 他愛の無い会話や一緒にお弁当を食べたり、宿題をしたり、ゲームで遊び、デートをして互いが好きだという事を改めて自覚していく。 存分にイチャイチャし、時には異性と意識して葛藤する事もあった。 両家の家族にも交際を認められ、幸せな日々を過ごしていた。 拙いながらも愛を育んでいく中で、いつしか学校では綾乃の良からぬ噂が広まっていく。 そして綾乃に振られたイケメンは彼女の弱みを握り、自分と付き合う様に脅してきた。 それでも悠斗と綾乃は屈せずに、将来を誓う。 イケメンの企てに、友人達や家族の助けを得て立ち向かう。 付き合う前から好感度が限界突破な二人には、いかなる障害も些細な事だった。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...