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46:言いたい/言えない言葉
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メゾンドカラフルから徒歩五分、住宅街の一角に真新しい公園がある。
遊具はブランコに滑り台、鉄棒、動物を模した乗り物。
後は広場とベンチ。その程度の小さな公園だ。
午後八時半過ぎという時間帯のせいか、私が到着したときから園内には誰もいない。
時折、公園の前を歩く人はいても、みんな通り過ぎていく。
「…………」
夜の公園で一人、私はブランコの傍に立っている。
緊張はそれほどしていない。
相手に恋人がいて、きっぱりフラれるとわかっている以上、ドキドキしたって全くの無意味だ。
ふと苦笑が口元を掠めた。
ほんの数日前までは乃亜に闘志を燃やし、絶対負けない、なんて思ってたのに、現在はこの体たらく。全く情けない。
でも、しょうがないよね。何せ戦う暇すら与えてもらえなかったんだもの。
まさか転校初日で二人が付き合い始めるとは。
悲しいし、少しだけ悔しくもあるけれど、現実を認めなきゃいけない。
拓馬は乃亜を選んだんだ。私じゃなかった。
私じゃダメだった。
目頭が熱くなり、私は急いで空を見上げた。
空は分厚い雲に阻まれて、星一つ見えない。
拓馬と見た夏の星空を思い出す。
八月十三日。乃亜と出会った夏祭りから十日後のこと。
今日はペルセウス座流星群が見れるんだって、と夕食中に拓馬が言った。
一緒に見る? と誘われて、私は即座に頷いた。
日付が変わる頃、私たちはアパートの屋上にビニールシートを広げ、仰向けに寝転がって空を見た。
天体観測の途中、私が冷やしたラムネの瓶を持ってくると、拓馬は「お前ってほんと気が利くなあ」なんて笑ってた。
ビールみたいに瓶をぶつけて乾杯した。
あの日飲んだラムネは信じられないくらい美味しかった。
天気が微妙だったこともあって、肝心の流れ星は数回しか見ることができなかったけど、そんなの全然構わなかった。
ぼうっと空を見上げてる無防備な横顔を見て、このまま時間が止まればいいのに、なんて密かに願っていたことを、拓馬は知らないだろう。
足音が聞こえた。公園の砂利を踏む音が、こちらへ向かってくる。
私は夜空から音の聞こえた方向へと視線を転じた。
「話って、何」
拓馬が立っていた。長袖のパーカーにジーンズという姿で。
彼我の距離は二メートルもない。
でも、手を伸ばしても届かない距離だ。
「ごめんね。わざわざ呼び出して」
「……別にいいけど」
拓馬の表情は特にない。怒ってもいないし、笑ってもいない。
ふと、ペンキの臭いを感じた。遊具の塗料の臭いだ。
場所選びに失敗した。
遊具の傍ではなく、広場で待っていれば良かった。
けれど、ロマンチックさを求めて何になるというのか。
場所がロマンチックであればあるほど、惨めになるだけだ。
「あのね。拓馬。私」
切り出すには一拍の間が必要だった。
息を吸って、拓馬の目をまっすぐに見つめて、言う。
「あなたのことがずっと好きだった。アパートで初めて出会ったときから、ずっと……ずっと好きでした」
脳裏に拓馬との思い出が次々蘇る。
いまでもその全てを鮮やかに思い出せる。
「――――」
私はさらに口を開きかけて、閉じた。
本当は胸に滾る熱い想いの全てをぶつけたい。
どんなに拓馬のことが好きだったか伝えたい。
叶うことなら乃亜と別れて、と叫びたい。
私を選んで、と。
泣いて喚いて、縋りつきたい。
でも、それがどんなに拓馬を困らせるかわかるから、言えるわけがない――。
「……ごめんね、急に。変なこと言い出して。拓馬には素敵な彼女がいるのにね」
私は右手で前髪を弄りながら顔を伏せた。
泣いてしまいそうで、これ以上拓馬の顔を直視していることができなかった。
震える左手を強く握る。
借り物競争のとき、夏祭りのとき、いつだって拓馬が繋いでくれたのはこの手だった。
あの幸せな温もりは、きっとこの先どれだけ時が流れても忘れない。
「……いま私が言ったことは、全部忘れて。伝えなきゃ後悔すると思って言わせてもらっただけだから。本当に、拓馬と一色さんの仲を邪魔するつもりなんてないの。もう拓馬には近づかないようにするし、連絡先も消すね。もう……必要ないだろうし」
有栖のお茶会のLIMEグループも抜けさせてもらおう。
断ち切るんだ。拓馬に関する全てを。
どんなに苦しくても辛くても、そのほうがお互いのためになる。
私は涙の衝動を振り切って顔を上げ、笑顔を作った。
「聞いてくれてありがとう。それじゃ」
頭を下げ、涙が零れる前に立ち去ろうとした、そのときだった。
ほとんど反射的、といった動作で、左手首を掴まれた。
驚いて振り返れば、拓馬が私の手を掴んでいる。
「…………?」
何故引き留めるんだろう。私は大いに困惑していた。
もう近づかない、それで終わりのはずなのに。
「おれは」
拓馬は何かを言いかけて、言葉を切った。
もどかしげにその唇が上下する。
遊具はブランコに滑り台、鉄棒、動物を模した乗り物。
後は広場とベンチ。その程度の小さな公園だ。
午後八時半過ぎという時間帯のせいか、私が到着したときから園内には誰もいない。
時折、公園の前を歩く人はいても、みんな通り過ぎていく。
「…………」
夜の公園で一人、私はブランコの傍に立っている。
緊張はそれほどしていない。
相手に恋人がいて、きっぱりフラれるとわかっている以上、ドキドキしたって全くの無意味だ。
ふと苦笑が口元を掠めた。
ほんの数日前までは乃亜に闘志を燃やし、絶対負けない、なんて思ってたのに、現在はこの体たらく。全く情けない。
でも、しょうがないよね。何せ戦う暇すら与えてもらえなかったんだもの。
まさか転校初日で二人が付き合い始めるとは。
悲しいし、少しだけ悔しくもあるけれど、現実を認めなきゃいけない。
拓馬は乃亜を選んだんだ。私じゃなかった。
私じゃダメだった。
目頭が熱くなり、私は急いで空を見上げた。
空は分厚い雲に阻まれて、星一つ見えない。
拓馬と見た夏の星空を思い出す。
八月十三日。乃亜と出会った夏祭りから十日後のこと。
今日はペルセウス座流星群が見れるんだって、と夕食中に拓馬が言った。
一緒に見る? と誘われて、私は即座に頷いた。
日付が変わる頃、私たちはアパートの屋上にビニールシートを広げ、仰向けに寝転がって空を見た。
天体観測の途中、私が冷やしたラムネの瓶を持ってくると、拓馬は「お前ってほんと気が利くなあ」なんて笑ってた。
ビールみたいに瓶をぶつけて乾杯した。
あの日飲んだラムネは信じられないくらい美味しかった。
天気が微妙だったこともあって、肝心の流れ星は数回しか見ることができなかったけど、そんなの全然構わなかった。
ぼうっと空を見上げてる無防備な横顔を見て、このまま時間が止まればいいのに、なんて密かに願っていたことを、拓馬は知らないだろう。
足音が聞こえた。公園の砂利を踏む音が、こちらへ向かってくる。
私は夜空から音の聞こえた方向へと視線を転じた。
「話って、何」
拓馬が立っていた。長袖のパーカーにジーンズという姿で。
彼我の距離は二メートルもない。
でも、手を伸ばしても届かない距離だ。
「ごめんね。わざわざ呼び出して」
「……別にいいけど」
拓馬の表情は特にない。怒ってもいないし、笑ってもいない。
ふと、ペンキの臭いを感じた。遊具の塗料の臭いだ。
場所選びに失敗した。
遊具の傍ではなく、広場で待っていれば良かった。
けれど、ロマンチックさを求めて何になるというのか。
場所がロマンチックであればあるほど、惨めになるだけだ。
「あのね。拓馬。私」
切り出すには一拍の間が必要だった。
息を吸って、拓馬の目をまっすぐに見つめて、言う。
「あなたのことがずっと好きだった。アパートで初めて出会ったときから、ずっと……ずっと好きでした」
脳裏に拓馬との思い出が次々蘇る。
いまでもその全てを鮮やかに思い出せる。
「――――」
私はさらに口を開きかけて、閉じた。
本当は胸に滾る熱い想いの全てをぶつけたい。
どんなに拓馬のことが好きだったか伝えたい。
叶うことなら乃亜と別れて、と叫びたい。
私を選んで、と。
泣いて喚いて、縋りつきたい。
でも、それがどんなに拓馬を困らせるかわかるから、言えるわけがない――。
「……ごめんね、急に。変なこと言い出して。拓馬には素敵な彼女がいるのにね」
私は右手で前髪を弄りながら顔を伏せた。
泣いてしまいそうで、これ以上拓馬の顔を直視していることができなかった。
震える左手を強く握る。
借り物競争のとき、夏祭りのとき、いつだって拓馬が繋いでくれたのはこの手だった。
あの幸せな温もりは、きっとこの先どれだけ時が流れても忘れない。
「……いま私が言ったことは、全部忘れて。伝えなきゃ後悔すると思って言わせてもらっただけだから。本当に、拓馬と一色さんの仲を邪魔するつもりなんてないの。もう拓馬には近づかないようにするし、連絡先も消すね。もう……必要ないだろうし」
有栖のお茶会のLIMEグループも抜けさせてもらおう。
断ち切るんだ。拓馬に関する全てを。
どんなに苦しくても辛くても、そのほうがお互いのためになる。
私は涙の衝動を振り切って顔を上げ、笑顔を作った。
「聞いてくれてありがとう。それじゃ」
頭を下げ、涙が零れる前に立ち去ろうとした、そのときだった。
ほとんど反射的、といった動作で、左手首を掴まれた。
驚いて振り返れば、拓馬が私の手を掴んでいる。
「…………?」
何故引き留めるんだろう。私は大いに困惑していた。
もう近づかない、それで終わりのはずなのに。
「おれは」
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もどかしげにその唇が上下する。
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