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51:責任は重大だ
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責任は重大だ。
私の双肩には親友の恋の行方と、黒瀬くんたちの命運がかかっている。
大福と深夜まで話し込んだ九月十七日、火曜日。
私は特別校舎の屋上に続く扉を見つめ、深呼吸を繰り返した。
朝、同じ美術部の先輩に伝言を頼んでおいた。
先輩がちゃんと伝えていてくれたなら、白石先輩はこの先で待っているはずだ。
私たちが普段使っている教室棟の屋上ではなく、特別校舎の屋上を待ち合わせ場所にしたのは万が一にも邪魔が入らないようにするためだった。
白石先輩のファンは多い。
二人きりで話しているところを目撃されたら厄介なことになる。
一色さんは教室で黒瀬くんと仲良くお手製のお弁当を食べているはずだから、心配いらない。
――見ていてね、大福くん。
きっとあなたの信頼に応えてみせると、校舎の外にいるはずの大福に呼びかける。
彼は神さまが作り出した存在、ある意味神さまの一部なので、神さまと行動を共にしている一色さんに近づきすぎると感知されてしまう。彼が私の家の近くで待ち伏せしていたのはそういう理由かららしい。
一週間前、九月十日の夜、悠理ちゃんは黒瀬くんに告白し、一色さんたちの悪意によって失恋させられた。
そのことで大福が猛抗議した結果、彼は一色さんのアパートで監禁された。
隙を見て脱走した後、彼は駆けずり回って味方になってくれそうな人物を探した。
そこで白羽の矢が立ったのが私。
皆が一色さんに好意を抱く中、唯一私は彼女を嫌悪していた。
私はそんな自分が誇らしい。
神さまの洗脳よりも友情が勝ったのだから。
良し、行こう。
三度目の深呼吸を終えて、私は唇を結び、屋上の扉を開けた。
青空に薄く雲が浮かんでいる。
風の吹く屋上に一人立ち、陽に透ける淡い茶色の髪をそよがせる白石先輩の姿は、それだけで一枚の絵になった。
ただじっと見惚れることができれば、どれだけ幸せだろう。
でも私は彼を賛美するためではなく、彼の目の曇りを拭い去るためにここに来た。
「こんにちは、白石先輩」
「こんにちは。どうしたの? 突然呼び出して。井田がまた何かやったかな」
「いえ、井田先輩は関係ありません。おかげさまで、井田先輩とはあれから一度も顔を合わせていませんから」
私は言いながら、白石先輩に歩み寄った。
「それなら良かったけど。僕を呼び出した理由は?」
白石先輩が小鳥のように首を傾げる。
その仕草すらも優美。
枝毛一つ見当たらない髪がさらりと揺れた。
「質問したいことがあるんです。私と同じクラスの一色さんと先輩が付き合っているというのは本当でしょうか」
「うん、そうだよ。日曜日には乃亜を招いてお茶会を開いたんだ。拓馬や陸も乃亜のことが好きだから、誰が乃亜の隣に座るかで揉めてね。乃亜は困ったように笑ってたよ。乃亜の困り顔って可愛いんだ。もっと困らせたくなる」
重症だ。
知ってはいたけれど、改めて洗脳された本人の口から聞くとダメージが大きい。
白石先輩が素敵な笑顔で言うからなおさら、頭がくらくらした。
「……一色さんが四股かけていると知っていて好きなんですか」
「乃亜が一人に決められないって泣くんだもの。しょうがないでしょう? だから皆で抜け駆け禁止っていう協定を作って――」
「わかりました、もういいです」
聞くに堪えず、私は遮った。
白石先輩はきょとんとしている。
何が私の癇に障ったのかわからない、という顔だ。
「先輩」
私はにっこり笑った
これからが勝負。
悠理ちゃん、大福くん、私に勇気を貸して。
「私、井田先輩から助けてくれた先輩のこと、心から尊敬してました。でも、その感情はいま綺麗に消えました。先輩ってその程度の人だったんですね。見損ないました」
「……何だって?」
空気が凍って、亀裂が走る。
常に微笑んでいる先輩の顔から表情が消えた。
怯むな。私は自分に言い聞かせ、毅然と胸を張った。
「常識で考えてみてください。ただ一人の人を全力で愛し、愛されるのが恋ですよね? でも先輩が夢中になっているのは四股をかけている女性です。つまり先輩は、普通の人に比べて四分の一しか愛を注がれていない現状に満足してるってことですよね。つまり、その程度のつまらない人だったってことでしょう?」
「乃亜は特別な子なんだ。四股なんて下品な表現は止めてくれないかな。乃亜はただ同時に四人の男を愛してしまっただけだよ」
「言い方を変えたって事実は変わりません。一色さんのどこがどう特別なんですか。四人の男性に同時に手を出す特別最低な女性だという意味なら同意しますけれど」
「いい加減にしろ。乃亜を侮辱するな」
口調が変わった。先輩が発散している敵意は尋常ではなく、その目を見ているだけで殺されそうな心地になる。
全身が粟立った。
殴られるかもしれない。
でもそんなの、ここに来たときから覚悟している。
こうなったらとことんやってやる!
私の双肩には親友の恋の行方と、黒瀬くんたちの命運がかかっている。
大福と深夜まで話し込んだ九月十七日、火曜日。
私は特別校舎の屋上に続く扉を見つめ、深呼吸を繰り返した。
朝、同じ美術部の先輩に伝言を頼んでおいた。
先輩がちゃんと伝えていてくれたなら、白石先輩はこの先で待っているはずだ。
私たちが普段使っている教室棟の屋上ではなく、特別校舎の屋上を待ち合わせ場所にしたのは万が一にも邪魔が入らないようにするためだった。
白石先輩のファンは多い。
二人きりで話しているところを目撃されたら厄介なことになる。
一色さんは教室で黒瀬くんと仲良くお手製のお弁当を食べているはずだから、心配いらない。
――見ていてね、大福くん。
きっとあなたの信頼に応えてみせると、校舎の外にいるはずの大福に呼びかける。
彼は神さまが作り出した存在、ある意味神さまの一部なので、神さまと行動を共にしている一色さんに近づきすぎると感知されてしまう。彼が私の家の近くで待ち伏せしていたのはそういう理由かららしい。
一週間前、九月十日の夜、悠理ちゃんは黒瀬くんに告白し、一色さんたちの悪意によって失恋させられた。
そのことで大福が猛抗議した結果、彼は一色さんのアパートで監禁された。
隙を見て脱走した後、彼は駆けずり回って味方になってくれそうな人物を探した。
そこで白羽の矢が立ったのが私。
皆が一色さんに好意を抱く中、唯一私は彼女を嫌悪していた。
私はそんな自分が誇らしい。
神さまの洗脳よりも友情が勝ったのだから。
良し、行こう。
三度目の深呼吸を終えて、私は唇を結び、屋上の扉を開けた。
青空に薄く雲が浮かんでいる。
風の吹く屋上に一人立ち、陽に透ける淡い茶色の髪をそよがせる白石先輩の姿は、それだけで一枚の絵になった。
ただじっと見惚れることができれば、どれだけ幸せだろう。
でも私は彼を賛美するためではなく、彼の目の曇りを拭い去るためにここに来た。
「こんにちは、白石先輩」
「こんにちは。どうしたの? 突然呼び出して。井田がまた何かやったかな」
「いえ、井田先輩は関係ありません。おかげさまで、井田先輩とはあれから一度も顔を合わせていませんから」
私は言いながら、白石先輩に歩み寄った。
「それなら良かったけど。僕を呼び出した理由は?」
白石先輩が小鳥のように首を傾げる。
その仕草すらも優美。
枝毛一つ見当たらない髪がさらりと揺れた。
「質問したいことがあるんです。私と同じクラスの一色さんと先輩が付き合っているというのは本当でしょうか」
「うん、そうだよ。日曜日には乃亜を招いてお茶会を開いたんだ。拓馬や陸も乃亜のことが好きだから、誰が乃亜の隣に座るかで揉めてね。乃亜は困ったように笑ってたよ。乃亜の困り顔って可愛いんだ。もっと困らせたくなる」
重症だ。
知ってはいたけれど、改めて洗脳された本人の口から聞くとダメージが大きい。
白石先輩が素敵な笑顔で言うからなおさら、頭がくらくらした。
「……一色さんが四股かけていると知っていて好きなんですか」
「乃亜が一人に決められないって泣くんだもの。しょうがないでしょう? だから皆で抜け駆け禁止っていう協定を作って――」
「わかりました、もういいです」
聞くに堪えず、私は遮った。
白石先輩はきょとんとしている。
何が私の癇に障ったのかわからない、という顔だ。
「先輩」
私はにっこり笑った
これからが勝負。
悠理ちゃん、大福くん、私に勇気を貸して。
「私、井田先輩から助けてくれた先輩のこと、心から尊敬してました。でも、その感情はいま綺麗に消えました。先輩ってその程度の人だったんですね。見損ないました」
「……何だって?」
空気が凍って、亀裂が走る。
常に微笑んでいる先輩の顔から表情が消えた。
怯むな。私は自分に言い聞かせ、毅然と胸を張った。
「常識で考えてみてください。ただ一人の人を全力で愛し、愛されるのが恋ですよね? でも先輩が夢中になっているのは四股をかけている女性です。つまり先輩は、普通の人に比べて四分の一しか愛を注がれていない現状に満足してるってことですよね。つまり、その程度のつまらない人だったってことでしょう?」
「乃亜は特別な子なんだ。四股なんて下品な表現は止めてくれないかな。乃亜はただ同時に四人の男を愛してしまっただけだよ」
「言い方を変えたって事実は変わりません。一色さんのどこがどう特別なんですか。四人の男性に同時に手を出す特別最低な女性だという意味なら同意しますけれど」
「いい加減にしろ。乃亜を侮辱するな」
口調が変わった。先輩が発散している敵意は尋常ではなく、その目を見ているだけで殺されそうな心地になる。
全身が粟立った。
殴られるかもしれない。
でもそんなの、ここに来たときから覚悟している。
こうなったらとことんやってやる!
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