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52:有栖が夢から覚めたとき
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「侮辱されてるのは先輩のほうなんですよ!!」
私は白石先輩に詰め寄り、その両腕を掴んで睨み上げた。
「目を覚ましてください! 一色さんは先輩の敵です! 神さまを味方につけて、いいように先輩の心を操ってる!」
「……何を言ってるんだ?」
神さまという突拍子もない単語に怒りも忘れたらしく、白石先輩は眉をひそめた。
「信じられないでしょうけど聞いてください! この世界は乙女ゲームの世界で、一色乃亜はヒロインなんです!」
私は昨日の夜、大福から全てを聞いた。
初めはもちろん信じられなかった。
でも、攻略対象キャラだという黒瀬くんや白石先輩が二次元からそのまま飛び出してきたような魅力を備えたイケメンであることや、悠理ちゃんが黒瀬くんに怪我をさせた日の放課後、喫茶店で「私はモブだから! 彼の運命の相手は別にいるから!」と叫んだことを思い出すと、認めざるをえなかった。
黒瀬くんと悠理ちゃんの恋は一色乃亜の都合で成就しなかった。
私はその運命を覆す。
黒瀬くんや白石先輩の目を覚まさせる。
そのためにここにいる。
そのためなら、なんだってしてみせる!
「乃亜の傍には人の心を自由に操れる神さまがいる、先輩はその影響を受けているんです! いいえ、先輩だけじゃない、黒瀬くんも緑地くんも、赤嶺先輩も、みんなです! でなきゃおかしいと思いませんか、この状況! お茶会に招くほど可愛がってる後輩たちや、幼いころから先輩に仕えていた赤嶺先輩と一人の女性を取り合ってるんですよ!? ゲームならそれでいいかもしれないけれど、現実でそれをやるなんて狂ってる! 乃亜は愛されるための努力もしないで、皆を一方的に支配したんです!」
私は白石先輩の腕を激しく揺さぶった。
悔しさと怒りで涙が溢れてくる。
「乃亜は先輩や黒瀬くんたちをとことん下に見て、馬鹿にしてる! 私は乃亜を許せない! 先輩はそれでいいんですか!? 乃亜に支配されたままでいいんですか!?」
滲む視界で白石先輩を見上げる。
「先輩は支配される側じゃない、支配する側でしょう!? 井田先輩を徹底的に打ち負かし、私を心底痺れさせた先輩はどこに行ってしまったんですか!? 白石有栖は決して誰にも屈しない! たとえ相手が王さまだろうが神さまだろうが冷たく笑って踏みにじる! 私が好きになった先輩はそういう人なんです! いつだって自分を貫き通す、世界で一番格好良い人なんです!!」
どうか届いて。祈りながら叫んだ。
「お願いです、先輩! どうか正気に戻ってくださ――」
「……ふ」
屋上に明るい笑い声が弾けた。
声の主は白石先輩。
おかしそうに腹を腕で押さえ、口元に手をやり、笑っている。
「…………先輩?」
目をぱちくりさせる。
その拍子に、目尻にたまっていた涙が零れた。
「……中村さんの中の僕のイメージってどうなってるの。王さまだろうが神さまだろうが冷たく笑って踏みにじるって……僕は邪神か何か?」
白石先輩が笑いを収め、長い人差し指で私の目元を拭った。
突然の行為に心臓がどきりと鳴る。
「は、はい。邪神っぽいイメージです……」
「酷いなあ」
口ではそう言いながらも、白石先輩は笑っている。
憑き物が落ちたような表情を見て、私は悟った。
「……洗脳が解けたんですか?」
「うん。おかげさまで」
白石先輩はご褒美のように、私の頭を優しく撫でてくれた。
その感触と、私だけに向けられた笑顔で、これまでの全てが報われた。
「なんだか夢を見ていたような気分だね。しかもどうやらそれはとびきりの悪夢だったらしい。四股かける女なんて最悪以外の何物でもないのに、陸たちと取り合ってるとか……何の冗談なんだか」
くすくすくす――白石先輩の笑みは私の背筋をひやりとさせた。
「それで? 乙女ゲームの世界だとか神さまだとか、興味深いことを言っていたけれど、説明を求めてもいいかな?」
「はい。実は――」
私は手短に事情を話した。
「……ふうん。乙女ゲームの世界……問題は乃亜の傍にいる神さまか」
白石先輩は顎に手を当て、考えるような素振りを見せた。
「あの、信じるんですか? 自分で言うのもなんですが、物凄く荒唐無稽な話だと思うんですけど……私も現実を受け入れるまで時間がかかったんですけど」
「まあ確かに荒唐無稽な話だとは思うけれど。いまのいままで乃亜が好きだと思い込まされてて、周りに洗脳されてる人間がいるんだから信じるしかないでしょう?」
白石先輩は肩を竦め、続いて、何でもないことのように言い放った。
「まずは陸と幸太の洗脳を解こう」
「ええっ!? できるんですか!?」
「できるよ。陸が僕に逆らうなんてありえないし、幸太は単純だからね。神さまとかいうふざけた存在と対決する前に、あの二人にはさっさと正気に戻ってもらおう」
「……はあ」
私は頷くしかない。白石先輩ってやっぱり凄い。
「黒瀬くんは?」
「残念だけど拓馬は後回しだ。大福の話によると拓馬は野々原さんへの恋心を消すために何度も洗脳を繰り返され、誰より強く支配されているそうだからね。僕が無理やり洗脳を解こうとすると、最悪、心が壊れてしまいかねない」
私は腕を掴み、震えを抑えた。
大丈夫。黒瀬くんはきっと正気に戻る。
悠理ちゃんと素敵なハッピーエンドを迎えるんだ。
それ以外の結末なんて認められるものか。
「だから拓馬のことはちゃんと神さまにお願いして、正式な手順を踏んで洗脳を解いてもらおうね」
白石先輩は『お願い』を強調し、笑った。
私は反射的に身体を震わせた。
白石先輩の笑みは、そういうものだった。
「……白石先輩、実は滅茶苦茶怒ってます?」
「当然、怒り狂ってるよ?」
白石先輩はにこにこしている。
怒りのメーターはとうに振り切れているらしい。
「僕は仲間に手を出されるのが一番嫌いなんだ。というわけで、神さまと乃亜には報いを受けてもらおう。存分にね」
「……倍返しですか?」
尋ねると、白石先輩は穏やかに言った。
「まさか。これだけ好き勝手にやってくれたんだから、最低でも十倍だよ。表面だけ謝罪されても意味がないし、骨の髄まで後悔させないとね」
さよなら神さま。一色さん。
私は彼女たちの末路を思い、心の中で合掌した。
私は白石先輩に詰め寄り、その両腕を掴んで睨み上げた。
「目を覚ましてください! 一色さんは先輩の敵です! 神さまを味方につけて、いいように先輩の心を操ってる!」
「……何を言ってるんだ?」
神さまという突拍子もない単語に怒りも忘れたらしく、白石先輩は眉をひそめた。
「信じられないでしょうけど聞いてください! この世界は乙女ゲームの世界で、一色乃亜はヒロインなんです!」
私は昨日の夜、大福から全てを聞いた。
初めはもちろん信じられなかった。
でも、攻略対象キャラだという黒瀬くんや白石先輩が二次元からそのまま飛び出してきたような魅力を備えたイケメンであることや、悠理ちゃんが黒瀬くんに怪我をさせた日の放課後、喫茶店で「私はモブだから! 彼の運命の相手は別にいるから!」と叫んだことを思い出すと、認めざるをえなかった。
黒瀬くんと悠理ちゃんの恋は一色乃亜の都合で成就しなかった。
私はその運命を覆す。
黒瀬くんや白石先輩の目を覚まさせる。
そのためにここにいる。
そのためなら、なんだってしてみせる!
「乃亜の傍には人の心を自由に操れる神さまがいる、先輩はその影響を受けているんです! いいえ、先輩だけじゃない、黒瀬くんも緑地くんも、赤嶺先輩も、みんなです! でなきゃおかしいと思いませんか、この状況! お茶会に招くほど可愛がってる後輩たちや、幼いころから先輩に仕えていた赤嶺先輩と一人の女性を取り合ってるんですよ!? ゲームならそれでいいかもしれないけれど、現実でそれをやるなんて狂ってる! 乃亜は愛されるための努力もしないで、皆を一方的に支配したんです!」
私は白石先輩の腕を激しく揺さぶった。
悔しさと怒りで涙が溢れてくる。
「乃亜は先輩や黒瀬くんたちをとことん下に見て、馬鹿にしてる! 私は乃亜を許せない! 先輩はそれでいいんですか!? 乃亜に支配されたままでいいんですか!?」
滲む視界で白石先輩を見上げる。
「先輩は支配される側じゃない、支配する側でしょう!? 井田先輩を徹底的に打ち負かし、私を心底痺れさせた先輩はどこに行ってしまったんですか!? 白石有栖は決して誰にも屈しない! たとえ相手が王さまだろうが神さまだろうが冷たく笑って踏みにじる! 私が好きになった先輩はそういう人なんです! いつだって自分を貫き通す、世界で一番格好良い人なんです!!」
どうか届いて。祈りながら叫んだ。
「お願いです、先輩! どうか正気に戻ってくださ――」
「……ふ」
屋上に明るい笑い声が弾けた。
声の主は白石先輩。
おかしそうに腹を腕で押さえ、口元に手をやり、笑っている。
「…………先輩?」
目をぱちくりさせる。
その拍子に、目尻にたまっていた涙が零れた。
「……中村さんの中の僕のイメージってどうなってるの。王さまだろうが神さまだろうが冷たく笑って踏みにじるって……僕は邪神か何か?」
白石先輩が笑いを収め、長い人差し指で私の目元を拭った。
突然の行為に心臓がどきりと鳴る。
「は、はい。邪神っぽいイメージです……」
「酷いなあ」
口ではそう言いながらも、白石先輩は笑っている。
憑き物が落ちたような表情を見て、私は悟った。
「……洗脳が解けたんですか?」
「うん。おかげさまで」
白石先輩はご褒美のように、私の頭を優しく撫でてくれた。
その感触と、私だけに向けられた笑顔で、これまでの全てが報われた。
「なんだか夢を見ていたような気分だね。しかもどうやらそれはとびきりの悪夢だったらしい。四股かける女なんて最悪以外の何物でもないのに、陸たちと取り合ってるとか……何の冗談なんだか」
くすくすくす――白石先輩の笑みは私の背筋をひやりとさせた。
「それで? 乙女ゲームの世界だとか神さまだとか、興味深いことを言っていたけれど、説明を求めてもいいかな?」
「はい。実は――」
私は手短に事情を話した。
「……ふうん。乙女ゲームの世界……問題は乃亜の傍にいる神さまか」
白石先輩は顎に手を当て、考えるような素振りを見せた。
「あの、信じるんですか? 自分で言うのもなんですが、物凄く荒唐無稽な話だと思うんですけど……私も現実を受け入れるまで時間がかかったんですけど」
「まあ確かに荒唐無稽な話だとは思うけれど。いまのいままで乃亜が好きだと思い込まされてて、周りに洗脳されてる人間がいるんだから信じるしかないでしょう?」
白石先輩は肩を竦め、続いて、何でもないことのように言い放った。
「まずは陸と幸太の洗脳を解こう」
「ええっ!? できるんですか!?」
「できるよ。陸が僕に逆らうなんてありえないし、幸太は単純だからね。神さまとかいうふざけた存在と対決する前に、あの二人にはさっさと正気に戻ってもらおう」
「……はあ」
私は頷くしかない。白石先輩ってやっぱり凄い。
「黒瀬くんは?」
「残念だけど拓馬は後回しだ。大福の話によると拓馬は野々原さんへの恋心を消すために何度も洗脳を繰り返され、誰より強く支配されているそうだからね。僕が無理やり洗脳を解こうとすると、最悪、心が壊れてしまいかねない」
私は腕を掴み、震えを抑えた。
大丈夫。黒瀬くんはきっと正気に戻る。
悠理ちゃんと素敵なハッピーエンドを迎えるんだ。
それ以外の結末なんて認められるものか。
「だから拓馬のことはちゃんと神さまにお願いして、正式な手順を踏んで洗脳を解いてもらおうね」
白石先輩は『お願い』を強調し、笑った。
私は反射的に身体を震わせた。
白石先輩の笑みは、そういうものだった。
「……白石先輩、実は滅茶苦茶怒ってます?」
「当然、怒り狂ってるよ?」
白石先輩はにこにこしている。
怒りのメーターはとうに振り切れているらしい。
「僕は仲間に手を出されるのが一番嫌いなんだ。というわけで、神さまと乃亜には報いを受けてもらおう。存分にね」
「……倍返しですか?」
尋ねると、白石先輩は穏やかに言った。
「まさか。これだけ好き勝手にやってくれたんだから、最低でも十倍だよ。表面だけ謝罪されても意味がないし、骨の髄まで後悔させないとね」
さよなら神さま。一色さん。
私は彼女たちの末路を思い、心の中で合掌した。
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