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06:行きたい
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…………え?
呆気に取られて真紘さんを見つめたけれど、真紘さんの微笑は揺るがない。
「自慢になるけど、うちは金持ちで余裕がある。戸川さんが望むなら私立の大学にだって行かせられる。部屋も余ってるし、家事はお手伝いさんがしてくれる。中野家より遥かに快適に過ごせると思うんだけど、どうかな?」
――突然何を言いだすんですか。そんなの無理に決まってます。
私は困惑しながらも、ルーズリーフにそう書いた。
「質問の答えになってないな」
真紘さんは優しく微笑んだまま、私の返答をはねつけた。
「おれが聞いてるのは戸川さんの意思だよ。無理かどうかはどうでもいい。戸川さんの複雑な事情も、君を取り巻く大人の都合も何もかも関係ない。聞きたいのはこれだけだ。戸川さんはどうしたい?」
私は、どうしたいか?
そんなこと、考えたこともない。
ううん、どうしたいかなんて、考えるだけ無駄だと諦めてた。
だって、私は大人のすねをかじらないと生きていけない無力な高校生だもの。
家では家事をこなして、学校では良い成績をキープして、愛想良く笑って、できるだけ波風立てずに毎日をやり過ごす。
心から甘えられる両親《ひと》がいない私には、それ以外の選択肢なんかなかった。
「……あのさ」
と、横から悠紀くんが言った。
「父さんも亜紀も説得したし、受け入れる準備は整ってる。戸川さんさえ良かったら、うちに来て。戸川さんが幸せだと思えるよう、最大限の努力はする」
悠紀くんの眼差しは真剣そのものだけれど、私はただただ困惑することしかできない。
――どうして? 私たち、ほとんど他人だよ? ただ橋の上で一度会っただけ。それだけの、知り合いとも言えない間柄なのに、それなのに、なんでそんなこと言ってくれるの。
「自殺は誤解だったけど、先に俺を気にかけてくれたのは戸川さんだろ。親切を返そうとするのは、そんなにおかしいことか?」
悠紀くんの声のトーンは機械のように一定だ。
まるで感情がないように聞こえる。
でも、真実は真逆だ。
一度会っただけの他人を家に迎え入れようとするお人よしなんて、見たことも聞いたこともない。
たとえ地球上を探し回ったって、そんな天井知らずの優しい人、そうそういない。
いるわけがない。
だから。
あの土砂降りの雨の中、悠紀くんと出会えたのはきっと、奇跡のような幸運なのだろう――。
目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとした。
――悠紀くんの家に行きたい。
ぽたりと、頬を伝った熱い雫がテーブルに落ちる。
中野家で虐げられるストレスはとっくに限界を超えていた。
毎日なんとか誤魔化して生きてきたけれど、もうあの人たちの顔色を窺うのは嫌だ。
このままでは、私はあの家で窒息してしまう。
――迷惑かけないようにするから、お願いします。
私はシャーペンを置いて、深々と頭を下げた。
「頭なんて下げなくていいよ。良かった、戸川さんの気持ちが知れて」
顔を上げると、真紘さんは穏やかに笑っていた。
悠紀くんもどこかほっとしているような気がする――表情筋はピクリとも動いてないから、私の推測だけど。
――でも、大丈夫でしょうか? おばさんやおじさんがなんて言うか
「大丈夫大丈夫。その辺は心配しないで。交渉は大人に任せなさい」
真紘さんはウィンクしてスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。
「もしもし、真紘です。……はい。戸川さん、うちに来ることになったので。……はい。よろしくお願いします」
少し話した後に電話を切って、真紘さんは私に向き直った。
「よし。これで戸川さんは今日からおれの妹だ。親しみを込めて、紬ちゃんって呼んでいいかな?」
真紘さんはにっこり笑った。
……この笑顔を前にして、NOと答えられる人がいたら以下略。
呆気に取られて真紘さんを見つめたけれど、真紘さんの微笑は揺るがない。
「自慢になるけど、うちは金持ちで余裕がある。戸川さんが望むなら私立の大学にだって行かせられる。部屋も余ってるし、家事はお手伝いさんがしてくれる。中野家より遥かに快適に過ごせると思うんだけど、どうかな?」
――突然何を言いだすんですか。そんなの無理に決まってます。
私は困惑しながらも、ルーズリーフにそう書いた。
「質問の答えになってないな」
真紘さんは優しく微笑んだまま、私の返答をはねつけた。
「おれが聞いてるのは戸川さんの意思だよ。無理かどうかはどうでもいい。戸川さんの複雑な事情も、君を取り巻く大人の都合も何もかも関係ない。聞きたいのはこれだけだ。戸川さんはどうしたい?」
私は、どうしたいか?
そんなこと、考えたこともない。
ううん、どうしたいかなんて、考えるだけ無駄だと諦めてた。
だって、私は大人のすねをかじらないと生きていけない無力な高校生だもの。
家では家事をこなして、学校では良い成績をキープして、愛想良く笑って、できるだけ波風立てずに毎日をやり過ごす。
心から甘えられる両親《ひと》がいない私には、それ以外の選択肢なんかなかった。
「……あのさ」
と、横から悠紀くんが言った。
「父さんも亜紀も説得したし、受け入れる準備は整ってる。戸川さんさえ良かったら、うちに来て。戸川さんが幸せだと思えるよう、最大限の努力はする」
悠紀くんの眼差しは真剣そのものだけれど、私はただただ困惑することしかできない。
――どうして? 私たち、ほとんど他人だよ? ただ橋の上で一度会っただけ。それだけの、知り合いとも言えない間柄なのに、それなのに、なんでそんなこと言ってくれるの。
「自殺は誤解だったけど、先に俺を気にかけてくれたのは戸川さんだろ。親切を返そうとするのは、そんなにおかしいことか?」
悠紀くんの声のトーンは機械のように一定だ。
まるで感情がないように聞こえる。
でも、真実は真逆だ。
一度会っただけの他人を家に迎え入れようとするお人よしなんて、見たことも聞いたこともない。
たとえ地球上を探し回ったって、そんな天井知らずの優しい人、そうそういない。
いるわけがない。
だから。
あの土砂降りの雨の中、悠紀くんと出会えたのはきっと、奇跡のような幸運なのだろう――。
目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとした。
――悠紀くんの家に行きたい。
ぽたりと、頬を伝った熱い雫がテーブルに落ちる。
中野家で虐げられるストレスはとっくに限界を超えていた。
毎日なんとか誤魔化して生きてきたけれど、もうあの人たちの顔色を窺うのは嫌だ。
このままでは、私はあの家で窒息してしまう。
――迷惑かけないようにするから、お願いします。
私はシャーペンを置いて、深々と頭を下げた。
「頭なんて下げなくていいよ。良かった、戸川さんの気持ちが知れて」
顔を上げると、真紘さんは穏やかに笑っていた。
悠紀くんもどこかほっとしているような気がする――表情筋はピクリとも動いてないから、私の推測だけど。
――でも、大丈夫でしょうか? おばさんやおじさんがなんて言うか
「大丈夫大丈夫。その辺は心配しないで。交渉は大人に任せなさい」
真紘さんはウィンクしてスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。
「もしもし、真紘です。……はい。戸川さん、うちに来ることになったので。……はい。よろしくお願いします」
少し話した後に電話を切って、真紘さんは私に向き直った。
「よし。これで戸川さんは今日からおれの妹だ。親しみを込めて、紬ちゃんって呼んでいいかな?」
真紘さんはにっこり笑った。
……この笑顔を前にして、NOと答えられる人がいたら以下略。
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