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77:お幸せに!(1)
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「仮面と目が合った後は大変だったみたいだね」
保健室には鍵がかかっていため、私は一人皆と別れ、職員室に行って鍵を借りた。
先生方は雨に濡れた私を心配し、保健室のタオルを自由に使っていいから身体を拭きなさいと言ってくれた。
その言葉に甘えて、私たちは空いていたベッドに悠紀くんを横たえた後、棚にあった清潔なタオルで各々身体を拭いた。
気温はそこそこ高いため、多少雨に濡れたところで風邪を引く心配はないだろう。
いまは自分のことより悠紀くんのことが心配だ。
悠紀くんは青い顔で目を閉じている。
私は心配で堪らず、ベッドの傍のスツールに座り、彼の右手を両手で包み込むようにして握っていた。
ベッドの左側に座る神谷さんは膝の上で手を組み、ただ黙って悠紀くんを見下ろしていた。
彼女の艶やかな黒髪が水気を含んでしっとりしている。
制服のリボンも、スカートも、濡れたせいで普段より色が濃くなっていた。
「瞬きすると、悠紀はたった独りで階段の踊り場に立ってた。そこがあまりにもこの学校とそっくりだから、一瞬、運んでた段ボールや塚原のほうが消えたのかと思ったほどだ。でも、一切の音がせず、自分以外の生物の気配がしなかったから、鏡の中の異界にいるんだと認識した」
保坂くんは悠紀くんの額に手を当て、まるでその目で見てきたかのように悠紀くんの過去を語る。
微かに消毒液や薬品の匂いがする静かな保健室で、私たちは黙って保坂くんの話に耳を傾けていた。
「鏡が脱出の鍵になるのはわかってたから、悠紀は急いで黒い仮面の浮かぶ鏡に触ろうとした。でもその瞬間、黒い仮面は耳を劈くようなけたたましい笑い声を上げた。同時に、自分を取り囲む壁や天井が溶かした飴細工みたいにぐにゃりと伸びた。みるみるうちに空間が広がり、出鱈目に壁や天井が増殖し、階段は曲がりくねり、四方八方、どこまでも無制限に伸びていった。まさに天変地異としか言いようのない事象に伴って、そこにあったはずの鏡は遥か彼方へと消えた」
笑い事ではないというのに、保坂くんは薄笑いを浮かべている。
それが気に入らないらしく、私の傍に立っている亜紀くんはもの言いたげな目で保坂くんを見ていた。
「悠紀は行方不明になった鏡を探して、無限に広がる迷宮と化した異界の学校を走り回った。走りながら、徐々に体力が奪われていくことに気づいて戦慄した。あの異界には、存在する者の生命力を奪い取る謎の力があったんだ。疲労と激しい衰弱により、とうとう悠紀は座り込んだ。脱出を諦めかけたそのとき、唐突に、空間を食い破るようにして巨大な白い蛇が現れた」
山神さま、本当に助けに行ってくれたんだ。
私は山神さまに深く感謝しながら、悠紀くんの右手を包む両手に力を込めた。
「蛇は『この馬鹿者。階段には近づくなと言ったのに。まあいい、説教は後だ。恋人がお前を心配しているぞ』と言って、悠紀の身体を優しく咬み、ほとんど宙づりにして通常空間へ運んだ。その後はおれたちの知る通りだな。戸川さんの前で、蛇は咬んでいた悠紀を床に落とした」
なるほど、だから悠紀くんは中空から現れたのだ。
鏡を壊し、これで良いかと尋ねた亜紀くんに「大丈夫。それで、いいって、言ってる」と答えたのは、そこにいた山神さまの言葉を伝えたから。
しかし山神さま、恋人って。何か誤解してません?
保健室には鍵がかかっていため、私は一人皆と別れ、職員室に行って鍵を借りた。
先生方は雨に濡れた私を心配し、保健室のタオルを自由に使っていいから身体を拭きなさいと言ってくれた。
その言葉に甘えて、私たちは空いていたベッドに悠紀くんを横たえた後、棚にあった清潔なタオルで各々身体を拭いた。
気温はそこそこ高いため、多少雨に濡れたところで風邪を引く心配はないだろう。
いまは自分のことより悠紀くんのことが心配だ。
悠紀くんは青い顔で目を閉じている。
私は心配で堪らず、ベッドの傍のスツールに座り、彼の右手を両手で包み込むようにして握っていた。
ベッドの左側に座る神谷さんは膝の上で手を組み、ただ黙って悠紀くんを見下ろしていた。
彼女の艶やかな黒髪が水気を含んでしっとりしている。
制服のリボンも、スカートも、濡れたせいで普段より色が濃くなっていた。
「瞬きすると、悠紀はたった独りで階段の踊り場に立ってた。そこがあまりにもこの学校とそっくりだから、一瞬、運んでた段ボールや塚原のほうが消えたのかと思ったほどだ。でも、一切の音がせず、自分以外の生物の気配がしなかったから、鏡の中の異界にいるんだと認識した」
保坂くんは悠紀くんの額に手を当て、まるでその目で見てきたかのように悠紀くんの過去を語る。
微かに消毒液や薬品の匂いがする静かな保健室で、私たちは黙って保坂くんの話に耳を傾けていた。
「鏡が脱出の鍵になるのはわかってたから、悠紀は急いで黒い仮面の浮かぶ鏡に触ろうとした。でもその瞬間、黒い仮面は耳を劈くようなけたたましい笑い声を上げた。同時に、自分を取り囲む壁や天井が溶かした飴細工みたいにぐにゃりと伸びた。みるみるうちに空間が広がり、出鱈目に壁や天井が増殖し、階段は曲がりくねり、四方八方、どこまでも無制限に伸びていった。まさに天変地異としか言いようのない事象に伴って、そこにあったはずの鏡は遥か彼方へと消えた」
笑い事ではないというのに、保坂くんは薄笑いを浮かべている。
それが気に入らないらしく、私の傍に立っている亜紀くんはもの言いたげな目で保坂くんを見ていた。
「悠紀は行方不明になった鏡を探して、無限に広がる迷宮と化した異界の学校を走り回った。走りながら、徐々に体力が奪われていくことに気づいて戦慄した。あの異界には、存在する者の生命力を奪い取る謎の力があったんだ。疲労と激しい衰弱により、とうとう悠紀は座り込んだ。脱出を諦めかけたそのとき、唐突に、空間を食い破るようにして巨大な白い蛇が現れた」
山神さま、本当に助けに行ってくれたんだ。
私は山神さまに深く感謝しながら、悠紀くんの右手を包む両手に力を込めた。
「蛇は『この馬鹿者。階段には近づくなと言ったのに。まあいい、説教は後だ。恋人がお前を心配しているぞ』と言って、悠紀の身体を優しく咬み、ほとんど宙づりにして通常空間へ運んだ。その後はおれたちの知る通りだな。戸川さんの前で、蛇は咬んでいた悠紀を床に落とした」
なるほど、だから悠紀くんは中空から現れたのだ。
鏡を壊し、これで良いかと尋ねた亜紀くんに「大丈夫。それで、いいって、言ってる」と答えたのは、そこにいた山神さまの言葉を伝えたから。
しかし山神さま、恋人って。何か誤解してません?
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