少し不思議な日向くんと、一つ屋根の下で

星名柚花

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76:ある雨の日の放課後に(14)

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「……あの、鏡。壊して」
 亜紀くんは理由も聞かず、速やかに動いた。

 壁にかかっていた鏡を取り外し、私たちから少し離れた床に置く。
 そして足を振り上げ、思いっきり鏡に叩きつけた。

 鏡に大きな亀裂が入り、破片がいくつか飛び散る。

「これでいいのか? もっと粉々にする?」
 亜紀くんは鏡に身体を向けたまま、首だけ動かして私の腕の中にいる悠紀くんを見た。

「……大丈夫。それで、いいって、言ってる……」
 悠紀くんは目を閉じて、深く息を吐いた。
 顔色が悪い。真っ青だ。

「悠紀くん……」
「……ちょっと、疲れただけだから……そんな顔しなくても大丈夫」
 悠紀くんは私を安心させるように、目を開けて微かに笑った。

「うん。うん……」
 私は泣きながら笑って、悠紀くんの頬に手を添えた。
 私の手の感触を確かめるように、悠紀くんは目を閉じて私の手に絆創膏が貼られた自分のそれを重ねた。

 苦しそうな表情が和らいだように見えたのは、私の思い込みだろうか?

「何? 何の騒ぎ?」
 階段にギャラリーが集まってきている。
 雨に濡れた集団が階段を駆け下り、鏡を割る奇行に及んだのだから、注目されるのも当然だった。

「保健室行くぞ。開いてればいいけど」
 遠巻きに私たちを見ているギャラリーを無視して、亜紀くんは悠紀くんを抱え上げようとした。

「ちょっと待って……」
「何だよ」
 弱々しい声で制止され、悠紀くんの身体に腕を回した状態で亜紀くんが眉根を寄せる。

「……お姫様抱っこは止めて」
「いまそんなこと言ってる場合か!? ったく。死にそうなくせしてよく体裁を気にする余裕があるな。実は元気だろ」
 亜紀くんはぶつぶつ言いながら弟を背負った。

 横から背負うのをサポートしていると、ギャラリーが声をかけてきた。

「ねえ、なんの騒ぎなの? どうして鏡が割れてるの?」
「悠紀くんはどうしたの? 大丈夫?」
 階段を下りてきたのは久実先輩と麻友先輩、それから見知らぬ二人の生徒と田中先輩だった。

「悠紀は大丈夫です。鏡はちょっと手が当たって、割ってしまいました」
 亜紀くんは無理のある言い訳をした。

 多少手が当たったところであの位置まで鏡が吹っ飛ぶわけがないし、床に落ちた衝撃で割れるにしては割れ方がおかしい。

「先輩たちを使う形になって申し訳ないんですが、あの鏡、片付けておいてもらえませんか? この通り、悠紀の具合が悪いので。早く保健室に連れて行ってやりたいんです」
 先輩たちは顔を見合わせた後、頷いた。

「ええ。わかったわ」
「任せとけ。先生には適当にごまかしておく」
 先輩たちは怪しさ満点の私たちを質問攻めにすることなく笑った。

 普通ではありえない反応だ。

 これも全て、亜紀くんが非常事態に備え、周囲の人間と強固な絆を築き上げてきたからこそだった。

「ありがとうございます」
 弟を背負ったまま、亜紀くんは頭を下げた。
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