萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部

戸ケ苫 嵐

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第五話 呪文を唱えてドーン

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「ギフト、とか言っていたのはなんだ? 神から与えられた才能とか?」
「おっちゃん知ってるん? あっちでも神様出てきたん?」

 身を乗り出しぎみで、ただでさえ大きな眼を丸くするミスズ。
「いや、魔法のような大それたモノじゃないが、世の中には、神から与えられたとしか思えないような才能があるのだとさ。自分の子供に特別な才能があると思いたい、親バカの戯言かと思っているのだが…」

 勿論、実際に眼にしたものではなく、ネットニュースかウィスパーで囁かれているのを見ただけだ。
「おっちゃん、意外とえげつないこと言いよんな」

「とにかく、あっちで言うギフトは、なんか他の人とちょっと違う程度の、足が速いとか、勉強できるとか、絵が上手いとか。“はいはい凄いね”という感じのもので、結局は普通の才能の地続きだし、大概が気のせいみたいなものだからな。気にしなくていい」

 向こうの世界のギフト話は心底どうでもよかったので、俺は手を横に振って打ち切りを表明した。
「せやったらまぁええけど、こっちの世界のギフトは、おっちゃんの言い方でいうたら、“なんやそれ!”って腰抜かすくらいのヤツや。なにしろホンマの神様に、凄い力貰えるんやからな」

 言葉を切ったミスズは、骨に残った魚の肉をきれいに浚えて、骨を焚き火に投げ込んだ。
「ウチがダンプに撥ねられたとき、金色の光に包まれてこっち来た言うたけど、ビューンて飛んでる間に神様が出てきて、お前は可哀想やから、“宵越”の能力やるわって言わはったんよ」

 両手の人差し指を使って、神様とのランデブーを表現するミスズ。
「せやから、金色の光のことも覚えてたんや」

 金色の光を帯びて飛んでいるミスズに併走しながら、神様が仰々しく話しかけるのを想像すると、ちょっと笑いたくなった。

「“宵越”というのは、“宵越しの金は持たねえ”の、宵越か?」
「その宵越やね。どういうのんかは後で説明したるけど、最初は意味が分からんで困ったわ。神様も説明してくれへんし…」
 神様不親切すぎる。言葉の意味自体、子供には難しかっただろうに。

「俺は神様を見ていないし、ギフトとやらも貰っていないな。ただ女の声が聞こえただけで…」
 言いかけて俺は、ふと動きを止めたが、ミスズはそれに気付いたようだ。
「…おっちゃん? どないしてん?」

「いや、その女がなんと言ったのか、分かったような気がしたが、気のせいだったようだ」
「なんやそれ? わけが分からんな」
 そう言ってミスズは、ねじ切れそうなほど首を傾げた。

 まぁ、俺にも分からないのだから、ミスズに分からないのは当然だ。
 一瞬思い出しそうになったのに、すっと消えていったような、そんな気持ちの悪さを感じた。

「話の腰を折ったな、すまん。なんだったか、…ああ、“宵越”の話だったな。それはどういう力なんだ?」
「順番に話してくな。魔法力は、もちろん魔法を使う力のことやね。ほんでから魔法力ってな、例えるなら財布の中のゼニみたいなもんやねん」

「…んん? どういうことだ?」
「財布の中にゼニがポコポコ湧いてくるみたいに、魔法力が増えてくるってこっちゃ」
 俺のインターネットの説明も大概だが、この子はこの子で、例えが下手なようだ。

「財布の中の金は、勝手に増えやしないが…」
「細かいことはエエねん。ここに増えてくるんや」
 コンコンとコメカミあたりを突付くミスズ。

「ドタマん中に!」
「ああ、頭の中にな」

「財布の中にゼニがようさん入っとったら、高いモン買えるやろ? それと同じで、魔法力が多いと、でっかい魔法使えるんや」
 両手で“大きい”を表す。

「魔法はどうやって覚えるんだ? 俺にも使えるのか?」
「覚える?」
 わかりやすく考え込む。
「覚えたりは…せーへんな」

 これはどうも、俺が持っている“魔法の概念”とは異なるようだ。
「覚えない? ちょっと待ってくれ。よくは知らんが、魔法というのは、本などを読んで覚えて、呪文を唱えてドーン。…というヤツではないのか?」

「ウチ、本なんか持ってへんし、呪文も唱えんで?」
 手を広げて、手ぶらを強調する。
「食堂でご飯食べるとき、作り方とか知らんでも注文できるやん? そういう感じなんやって」

「食堂って…」
 そんな言葉、久しぶりに聞いたぞと言いかけたが、話の腰を折りそうなのでやめた。

「ウチがやってるのは、財布持って食堂に行って、注文するみたいに魔法を買って、それをぶっ放してるだけなんよ。魔法の店行ったら、買える魔法が出てきよるから、“じゃ、コレにしよ”って選んで、何倍の強さにするか選んで、飛ばす方向選んで、お金払って“行けっ!”てするだけなんや。財布の中身より安いモンなら買えるし、高いモンは買えん。簡単な話や」

 そう言ってミスズは、両手を広げた。
「確かに、話としては至極簡単だが…」
 簡単で済めば、それこそ簡単なのである。
 俺が抱いていた“魔法”のイメージとの乖離に、頭を掻くしかなかった。

「けどなぁ、魔法屋行って注文してゼニ払ってる間、全然周りが見えんくなるさかい、誰かに護ってもらわんとあかん」
「それが俺か」

「そゆことや。それとな、財布の大きさには限界っちゅーのがあって、財布の大きさよりゼニは増えんくなるねん。増えんくなったら勿体無いやろ? せやから、財布パンパンになる前に、どしどし使うんや」

「だが、使っても増えて、いつかは元に戻るとは言え、無駄遣いをしたら、いざというときに困るのではないか?」
「うんにゃ。使えば使うほど財布が大きなるから、今度魔法力が増えたときにいっぱい入るようになるし、無駄にはならんで」

「なるほど。身体も使えば強くなる。みたいなものか」
「せやせや」
 ニコニコしながら頷いたミスズは、俺の目の前に人差し指を突き出した。
「ほい。ここでお待ちかねの、ギフトの話や」

「お、おお」
 俺は、話に引き込まれるに従い崩れていった姿勢を正した。
「よし、続きを頼む」 

「ウチのギフトは“宵越”やって言うたやろ? これな、平たく言うたら魔法力を石にする力やねん。これ使うたら、増えすぎてドタマからこぼれる魔法力を、石にして残すことができるんや。…ちょい見とってな」

 俺の目の前でこぶしを握り、前に突き出すミスズ。眼を閉じて、その手に力を込めると、蛍のような光が集まってきた。
「おお、なんか凄いな」

「驚くんはこっからやで」
 手を開くと、無色透明の、クリスタルガラスのような石が転がり出た。
「…こーいうことが出来んねん」
 
「手品、ではないよな。…触ってもいいか?」
「勿論ええで」
 ミスズが、俺の手のひらに石を転がした。

 その石は、ちゃんと重みも硬さもあり、きれいにカッティングされた宝石のそれのように煌めいた。完全に透明なわけではなく、光に翳すと、中心部付近には何かの構造が濁りのように透けて見える。

「シャンデリアに付いているガラス球みたいだ。こんな緻密なものを、ミスズさんが作ったのか?」
 言葉を切って、石をミスズに返した。
「魔法を使う力を物質化させる能力か…。凄いものだな、それ自体が魔法のようだ」

 一見何もないところから物質を生み出すなんて、“古き良き”というか、アメコミなんかに出てくる“ザ・魔法”という感じだ。 

「凄いやろ?」
 得意そうにミスズが答える。
「ドタマにパンパンの財布があるとするやん? それをぎゅーって絞ったろって考えたら、この石がコロンて出てくるんや。もちろん、その分財布の中身が減るんやけどな。逆に、財布がパンパンのときに、この石をデコにパーンて押し込んだら、いっときだけ財布が大きなるわけや。ほんで、普通は買えんような魔法も買えたりすんねん」

「それは、便利というか、面白いシステムだな」
 思わず、胡坐を組んだ膝を打つ。
「んっはは。他にな、こーいうのんもできるで」

 気をよくしたミスズが、先ほどと同じように、ただしかなり短い時間、ほんの一瞬こぶしを握って開いた。
今度は色とりどりの、美しくカッティングされた宝石が転がり出た。
 無色透明のものより、かなりサイズが小さい。

「…これは?」
 透かしてみると、やはり中心部に濁りのようなものがある。
「これも魔法石やけど、こっちは魔法力に戻せん代わりに、そのまま魔法になるねん。頭の中の魔法屋行って、魔法選んで“これ包んで”ってしたら、こんな感じの石ができるんよ」

 そう言ってミスズは、赤い石を弾き飛ばした。
 それは少し離れた所に転がり、炎を上げて燃え始めた。

「なんと、テイクアウトもできるのか…」
 “年甲斐もなく”と思いながらも、胸の奥のワクワクを抑えられない。
「…ああ! もしかしたら、さっきの爆発はこれなのか?」

「ピンポーン。おっちゃん冴えてるやん。この赤いのを爆発せぇって思いながら一個川に放り込むだけで、ドッカーンてなって魚が獲れるんや。そこで燃えてんのは、燃えろって思うたから燃えたんや」

「色による違いはあるのか?」
「モチのロンや。赤はドッカーンて言うたけど、青は水が出たり傷が治ったりするし、黄色は毒を入れたり抜いたりする。緑は風に乗る。茶色はセメントみたいなんが出てきて、すぐに固まる」

「ううむ。制約があるとはいえ、魔法というのは、呆れるくらい便利なものだな」
「言うても、こっちの魔法石は大きいのは作れんのやで?」

「なるほど、大きいのが作れるのなら、俺の存在意義はなくなるな」
「…それがなぁ、難しいところなんやけど、大きいの作れたら、おっちゃんが用なしになるかっちゃーと、そうでもないねん。三回分の魔法力も、石にしたら一回分にしかならんねん。だいぶ減ってまうねん。おっちゃんがおったら三回使えるのに、おらんかったら一回になるってことやで? めっちゃ損げやん?」

 ミスズは分数を習っていないようなので、簡単に教えた。
「三回分が一回分になるから三分の一か。よっしゃ、分かったで!」
「理解が早くて助かる」

「こー見えてウチ、向こうじゃ成績は良かってん」
 親指で自分を指し、得意げなミスズ。
「話戻すけど、寝てる間に財布パンパンなったら嫌やから、いっぱい石にしときたいとこやけど、やりすぎたらいざって時にスッテンテンてことになるやん? それが難しいとこやねん」

「そうだな。せっかく作った石を使うのは損だしな」
「お、おっちゃんも分かってきたやん。そやねん。勿体無いねん。けどまぁ、これからはおっちゃんが居るし、バンバン石が作れるな」

「あ、ああ。できる限りのことはする」
「頼りにしてまっせぇ!」
 芝居がかった言い方をして、ミスズは笑った。

 その笑い声を聞きながら、俺はあることに気付き、戦慄した。
 魔法は覚える必要はなく、魔法力があるだけ、大きな魔法が使える。
 そして、魔法力は石にしておいて、必要なときに戻せば、事実上、上限はないも同然だ。
 つまり、すべての魔法が使えるうえ、威力に限界はないということなのだろうか?
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