萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部

戸ケ苫 嵐

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第十三話 ウチの霊感ヤマカン第六感

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 洞窟探検に向かう前に、例の解説本を買うため、互助会に寄る。
 この前の若い娘に赤い石を十袋渡し、恐る恐る売れ行きを聞く(?)と、右肩上がりである(!)という。安堵したミスズは、にっこり笑って受け取りにサインした。

 すでに言葉が分かるようになったうえ、なぜか文字まで読めるようになった俺には、ふたりのやり取りも、娘の名札から名前がニイナだということも分かった。
 ニイナは、碁盤の目の形にたくさんの凹みがついたトレーを使って、いっぺんに数えている。全部の凹みに石が入れば百個ということになるようだ。

「え? もう赤い石専用の道具を作ったのか?」
 疑問が、つい口からまろび出てしまった。
「あはは。これは、本当はディーズの種を数えるためのものですよ。使えるだろうなと思ったら、やっぱり使えましたね」

 笑いながら、それでもちゃんと数を数えながら、ニイナは答えた。
 ディーズとは、街の外の畑で栽培されている穀物のひとつだ。
 複数の品種をいっぺんに栽培すると、品質がだんだん落ちてくるため、時々純粋種を栽培している村から新しい種を取り寄せるらしい。

「はい、一万個きっかりあります。間違いないです。…多いぶんには問題なかったんですけどね」
「ああ、気が利かなくて。すまん」

「……」
一瞬ぽかんとなったニイナは、慌てて身振り手振りを交えて否定した。
「冗談ですよ!」

「そうか、冗談に気付けずにすまない。すまないついでに、その数える道具は売っているのか? 売っているなら購いたいのだが」
「これですか? 売ってはいませんが…」

 ニイナは道具をヒラヒラさせたあと、決心したように続けた。
「ではこうしましょう。数えなくてもいいですから、あるだけ納入してくださいな。ここで数えて、その数の分だけアプリを払います。その方がおふたりも楽でしょう?」

 今後どんどん数が増えるだろうから、自分で数えてもう一度ここで数えるような二度手間になるより、そうして貰えればありがたい。
「それはありがたいことだ。それでお願いするよ」
 ニイナはこくこくと頷いた。 
 
 続いて物品販売の窓口に向かうと、そちらにはメイド服のような服を着た女が立っていた。胸の名札には“エーリカ”とある。
 俺の元相棒に似た雰囲気を纏った、曰くありげな若い女である。

「始めてお目にかかる方ですね。わたくしエーリカと申します。以後、お見知りおきを…」
 慇懃なエーリカの挨拶に、なぜかムッとなるミスズ。
「どうしたんだミスズさん? この人と、なにか因縁でもあるのか?」

 ミスズの様子に気付き、声を潜めて問いかけた。
「うんにゃ、顔を見たことがあるだけや。話すんは初めてやけど、ウチの霊感ヤマカン第六感が、この女アカンて言うてる!」
「そんな大雑把な…」

 ぷいとそっぽを向くミスズ。
 なお、ヒソヒソ会話は日本語で行われたので、エーリカには聞かれていないはずだ。
「バケモン解説本とか言うのん、買いに来た」

 カウンターに肘を衝いて、むすっと注文するミスズ。
「洞窟解説本でございますね。二百アプリいただきます」

「二百!」
 目の前に置かれたガイドブックをペラペラめくって叫ぶ。
「こんな不細工な本が、なんでそんなに高いん?」

 二百アプリは、日本円で約二万円にあたる。
「待て待てミスズさん、これ結構凄いぞ」
「なにが凄いんや?」

 解説本は、基本は印刷だが、内容を直した跡があったり、紙を貼り付けてあったりと、普通の印刷物ではありえない装丁になっている。
「見なよ。絵も字も、誰かが一冊ずつ書き直したんだよ。これだけのページ数だから、高いのは当然だろうな」

 理解を示した俺に、エーリカはにっこり微笑んで答えた。
「さいでございます。ラウヌア程度の街では小部数しか捌けませんので、内容は全国版から必要な分だけ流用しております。また、洞窟情報は頻繁に更新されますので、版木印刷ですとすぐに内容が古くなってしまいます。そのため、最新の内容を記載しますと、こういうちぐはぐな造りになってしまうのです」

「うんうん、分かるぐふっ…」
 ミスズがわき腹に肘鉄を入れてきた。なんだか分からないが、さっきから機嫌が悪い。
「そのため、当方で販売しております書籍はすべて、ご主人を洞窟探検で亡くされた未亡人の方々が、内職として訂正したものであり、生活費の一部となっております」

 言葉を切って、ミスズに顔を向けるエーリカ。
「それでも高いと申されますか?」
「むぐ。…も、もーされまへんわ…」

 俺が見たことのないような複雑な顔をしつつ、おずおずと黄色を二個、カウンターに置くミスズ。
「ご理解いただき恐れ入ります。さらに本書は、洞窟という最悪の環境での使用を考えて、防水処理されております」

「なるほど、それは親切だ。益々お値打ち価格だということが分かったよ」
 ミスズが素早く俺の方を向き、“裏切り者”と言わんばかりの顔で視線を送ってきた。
「恐れ入ります。ただし、墨が染み込みませんので、加筆などできなくなっております。ご注意ください」

「分かった」
 軽く頭を下げた後、俺は言葉をつないだ。
「…あと、狩猟免許を貰いたいんだが、誰に言えばいい?」

「こちらで構いません。…試験を開始しますが、宜しいですか?」
「試験? 互助会に入るには、試験が必要なのか?」

「せやで。ウチのは採集免許やから、洞窟には入れんけど、ツレが狩猟免許持っとったら洞窟探検でけるんや。分かってると思うけど、ウチはひとりじゃ戦えんから、狩猟免許はおっちゃんに取ってもらわなならんねやで?」

「はい。ミスズ様の説明は、大意は合っておりますが、少し補足を」
 姿勢を正して咳払いをひとつ。

「当方はあらゆる方面から依頼を受け、それを会員の方に割り振って手数料を頂いております。その依頼には難易がありますので、会員の方に依頼をこなす能力があるかが問われます。その目安のために実力を知っておく必要があるのです」

「確かに。そういうことなら、会員の実力を把握するのは重要だな」
「はい。ミスズ様の採集免許は、優れた品を何度か納入すれば取れますが、狩猟免許を取るには、一定の戦闘力を示さねばなりません。お分かりいただけましたか?」

「そういうことか。了解した」
「それではこちらに署名と、指先紋様の登録をお願いします」
 指先文様とは指紋のことか。

「指も…指先文様の登録が必要なのか?」
「はい。会員が遭難されますと、救助隊を出すことになりますが、発見された際に口が利ける状況とは限りません。ご存知かも知れませんが、指先文様は個々異なります。これは非常に都合が宜しくございますので、本人か判別するために用います」

 指紋で個人識別できることは、広く知られているわけではないにしろ、認知されているのか。
「シオン・ウエクサ様、でございますね。本来はウエクサ様とお呼びするところですが、発音し難うございますので、シオン様とお呼びして宜しいですか?」

 欧米人には日本人の名前が発音し辛いというが、これもそういうことか。名前で呼ばれるのは正直抵抗があるが、彼らは“変な名前”とは思っていないだろうし、事務処理に支障が出るくらいなら、俺が我慢すればいい。

 そう言えばミスズも名前で呼ばれているが、彼女の姓も発音し難かったのだろうか?
「あぁ、シオンで構わない。…で、試験官は?」
「シオン様の目の前におります」

 カウンター越しに、エーリカの斬撃。
「うおっち!」
 俺は辛うじて身をよじり、背中に背負った剣で受けた。“ゴン”という鈍い音が響く。

「…ゴン?」
 訝しんでエーリカの手元を見ると、握っているのは木剣である。
 横っ飛びしてカウンターを離れたが、カウンターをギリギリの低い軌道で飛び越えて、エーリカが追いすがる。
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