萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部

戸ケ苫 嵐

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第十四話 異世界のリアルを感じて、俺は息を飲んだ

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「ちょ、まっ!」
 無言で剣を振るエーリカ。格闘ゲームのキャンセル技のように、剣の戻りが見えない。かわした直後に同じ方向から次の攻撃が来る。

 剣を抜く暇もない。
「なんでそうなるんだ!」
 無理な姿勢から抜いた剣は、見事に往なされて床に転がる。

 エーリカはゆっくりと木剣を俺の目の前に突きつけた。
「…参った」
 両手を挙げて降参し、床に座り込んだ俺に、ミスズが飛びついてきた。

「大丈夫かおっちゃん!」
 エーリカを睨む。
「ほら見てみい、やっぱコイツ、アカン女や! いきなり来るんはずっこいやろが!」

「…いや、ずるくはないぞ、ミスズさん。バケモンは襲ってくる前に予告してはくれないってことだ」
 ミスズの頭を撫でて落ち着かせたあと、エーリカに向いて問いかける。
「そうだろう?」

「はい。シオン様は四級…というところでしょうか。それで宜しければ登録いたします。不服であれば再試験を行いますが…?」
 エーリカの右手が、すうっと左腰に向かう。

 さっきはそれに気付かなかったが、気付いたからといって、どうにかなるものでもない。初撃はかわせても、その後は同じ展開になること必至だ。
「いや、それで構わない。…エーリカさんは強いんだな」

 登録係が試験官を兼任するのだから、これほど正確な評価もない。
「恐れ入ります。シオン様も、いずれ強くなられるでしょう」
「そ、そうか。ありがとう、心に留め置いて励みとしよう」
 エーリカはすっと眼を細めた。
 元相棒も、あちらの世界ではなかなかできる女だったが、戦いが日常のこの世界はレベルが違う。木剣で真剣、腰が入っていなかったとは言え両手剣をしのぐなど、よほどの実力差がなければ無理だ。

「シオン様、老婆心ながら申し上げます。両手剣は強い武器ですが、洞窟探検の際は、狭い通路ばかりでございます。そのような場所に限って、素早いバケモノが居るものです。そういったわけで、取り回しのよい片手剣もお持ちいただいたほうがようございます」

「そうだな。忠告ありがとう」
「なんやぁこの女! めっちゃ上から来るやん?」
「ミスズさん、よしよし」

 俺は、腕を振り回して暴れるミスズの胴に腕を回し、背中を撫でて落ち着かせる。
「それでは、登録料として五百アプリ申し受けます」
「五百! 採集の方は百やったやんけ! 五倍はボリすぎやろ!」

「狩猟と採集では危険度が違いますので。それと、登録料と申しましたが、供託金に近いものですので、生きて退会された際はお返しいたします」
 気になる文言に引っかかる。

「…生きて?」
「お亡くなりになっての退会は、互助会主催のお葬式を挙げさせていただきますので、その費用といたします」

 そう言ってエーリカが示した先のボードには、黒地に金色で名前らしき文字が書かれた、蒲鉾板位の大きさの板がたくさん貼り付けられている。
「あれが互助会在籍中に亡くなった会員の名前なのか?」

「はい。あの中にも、わたくしが登録した方々がいらっしゃいます」
 ふっと遠い目をするエーリカ。
 異世界のリアルを感じて、俺は息を飲んだ。

「…あの札の仲間入りしないように、せいぜい頑張るよ」
「…互助会入っとかな、後々危ないみたいやし。まぁしゃあないな」
 俺の顔を窺ったミスズは、黄色を五個、渋々カウンターに置いた。

「依頼に関しての注意点を申し上げます。四級免許の方は、四級以下の依頼しか受けられません。そして、入れる範囲は洞窟は浅層のみ、地上は地図の緑色の部分。地図は互助会規約解説書に掲載されております」

「もしも探検の範囲外に出てしまった場合はどうなる?」
「罰則などはございませんが、万一の場合、故意、過失問わず救助が出ることはありませんので、その場合はご自分でなんとかなさるか、諦めて餌か肥料になられるか…」

 おいおい、怖いからそこで溜めるな。
「いずれかをご決断ください。それから、依頼に失敗すると強制的に一級下げられてしまい、三十日間再試験はできません。その他詳しくは…」

「互助会規約解説書やろ? はよ出してや」
「互助会規約解説書、二十アプリでございます」
「まだカネ取るんかい!」

「こちらも、ご主人を洞窟探検で亡くされた…」
「未亡人の方々の生活費な! 分かってるわ!」
 ミスズは橙を二個、ばしんとカウンターに叩きつけた。

「そちらは少しだけカラーページもございますので、ご満足いただけるかと」
 俺たちが互助会を出る際、そう言ってエーリカは頭を下げた。
「ムキー! やっぱりあの女好かんわ!」

 地団駄踏みながら大通りを歩くミスズ。
「この大魔術師ミスズ様を子供扱いするかね?」
「まぁ言ってやるな。向こうも仕事なんだし」

「はぁあ? おっちゃんもおっちゃんやぞ! ちょっと綺麗な女やからて、デレデレしくさって!」
「デレデレなどしていないぞ。綺麗な人だとは思うが、関係ない。彼女の強さに敬意を表しただけだ」

 言葉を切って、俺はミスズに向き直った。
「それに、敬意ならミスズさんにも表しているつもりだが?」
 動きが止まり、大きな眼をきょろんと丸くするミスズ。ぽっと顔を赤くする。

「さ、さよか? …うへへへへぃ」
 ニヤけそうになる顔を両手で包み、気持ち悪い声を漏らしながら、ミスズはくねくねした。それをチョロ可愛いなと思った俺も、同じくらいチョロいのかも知れない。

 武器屋への道すがら、歩きながら洞窟解説書をミスズに読み聞かせることにしたが、当のミスズは未だに、幾分ご機嫌斜めだ。
「持っていくもの。武器と防具」
「当たり前やな。何しにいくつもりやねん。遠足か」

「松明などの灯かり」
「赤い石があるから要らんわ。松明なんぞ消えるし煙出るし、最悪や」

「火を通さなくていい食べ物。臭いがもれないように注意」
「洞窟なんちゅう空気の悪いとこで、メシ食う馬鹿が居るかいな」

「ところで、採集依頼というのは、あらかじめ依頼品を集めておいて受けてもいいのか? そうすれば失敗することもないが…」
「そんな悠長なコトしとれるか。依頼は早いもん勝ちやぞ」

「…ミスズさん、俺に当たるなよ」
「むーん」
 その後、エーリカの忠告通り、武器屋に寄って片手剣を買った。

 宝石どころか四角い穴も空いていない安物だったが、エーリカの言いなりになるのが気に入らなかったのか、ずっとミスズの機嫌は良くなかった。
 機嫌悪くなりついでに、防具の店にも寄った。
スーツと革靴で剣を振り回すわけにはいかないので、革の鎧と革の長靴を買った。

「…まぁ、裸の上に鎧を着るわけにはいかんから、結局スーツの上に着ることになるのか」
「なんか言うたか?」
「いや、なんでもない」

 革靴は下取りしてもらったが、あちらの世界の技術で仕立てられた、こちらの世界にとってはオーパーツとも言える品なので、結構高く売れた。
 ちなみに、どこで買ったものかとしつこく問い詰められたので、首都の最新流行だと答えて逃げた。首都の名前を知らないので、更に問われたら危ないところだった。

「必要なモンや言うても、えらい散財や。ウチらの滅亡まであと三十日分、あと三十日分しかないねん!」
 三十日分というのは借家の家賃のことであろう。

 赤い石は売れているようだが、現金もとい現アプリはまだ手元に入っていない。
 俺が来てからミスズの貯金は減る一方なのだ。
「洞窟で稼がんと、おまんまの食い上げやで、おっちゃん!」
「お、おー!」
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