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第二十六話 これまでか…!
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俺は“神様の試練”とかいう言葉が大嫌いだ。
神の存在など信じていないが、ふざけんなよと思う。だが、実際に神のいるこの世界においてこのようなことが起き得るのは、試練か悪意のどちらかであろう。
落ちた剣先は、キレイに刃筋を立ててチョーダに刺さり、ミスズの手首ほどしかない胴体は、いとも簡単に両断されてしまった。
「ちょ! おぉい!」
「アカンてアカンて!」
叫んだミスズは、反対側の壁に駆け寄って頭を抱えた。
「……んん?」
「…なんも起こらんやん?」
「あの本が間違っていたのか、これがチョーダじゃなかったのか?」
ふたつに分かれた蛇の死体は、ぴくりとも動かない。
そうなると気が大きくなるのがミスズの悪い癖である。
「エーリカが売ってるような本やし、しょうもな!」
「エーリカ憎けりゃ本まで憎いって? コラコラ、それ…」
俺が口から出した言葉を途中で止めたのは、そのとき視界の隅で、チョーダの恐ろしさの片鱗を見たからだ。これはもう、不確定名は返上してもいいだろう。
こいつは、間違いなくチョーダだ。
胴体に刻まれたふたつの断面が、ふたつの口に変化した。
要するに、死んだと思っていたチョーダが、ふたつの顔を持って再び動き出したのだ。
「これはもしかして…! ミ…!」
やばいぞと注意する暇もなく、ミスズは赤い石をばら撒いた。
バ・バ・バ・バ・バン!
適当に撒いたはずの赤い石は、俺たちの前後で幾つかの爆発を産み、正確にチョーダを巻き込んだ。
だが、その正確さが仇となった。幾つかの肉片に分かれたチョーダは、それぞれに頭と尾を得て動き出した。高校のときにやったプラナリアの切断実験に似ているが、あれより遥かに再生速度が早い。
「ミスズさん、気をつけろ! こいつ、切れたら切れただけ増えるやばいヤツだ!」
「そんなん見たらわかるわ! けど…!」
気をつけてどうすればいいのか! そう言いたいのだろう。
プラナリアなら、ある程度小さな肉片にするか、すり潰せば再生できなくなる。
“バケモノ”と呼ばれてはいるが、生物である以上、チョーダもそうではないのか?
「ふんっ!」
鎌首を上げて襲い掛かってきたチョーダの首に、予備の片手剣を振り下ろす。
首は足元に転がり、身体の方の断面からは、再び首が生えた。
「くそ、キリがないな…」
「おっちゃん! どうしよう?」
「ミスズさんは爆発の巻き添えにならないよう、気をつけて赤い石を使ってくれ!」
前後からチョーダに襲われているので、既に前衛と後衛の区別はなくなっている。つまり、前進も後退もできなくなっているのだ。
「むっ…?」
先ほど足元に叩き落したチョーダの首から、首が生えていた。
「やはりな」
それを確認した俺は、その首を素早く踏み潰した。
やはりプラナリアと同じように、首に近いところで切ると首が生えてしまい、二進も三進も行かなくなるようだ。
“蛇”でいられない程度に細切れにすれば、倒すことはできるようだが、それが難しい。魔法か魔法石でミンチにするのが最良だが、爆発に巻き込まれるのが怖い。
その躊躇が隙を生んだ。
「きゃあっ!」
ミスズらしくない叫びを背後に聞いた。
「どうしたミススさん!」
「…アカン、踏んでもうた…ウナボリ…」
背後からミスズの苦痛に満ちた声が聞こえてくる。
なんという迂闊。イキタスが危険すぎて、それ以降ウナボリをすっかり忘れていた。
「くそっ…!」
俺が悔やんだと同時に、俺の前面に展開していたチョーダが、示し合わせたように一斉に襲い掛かってきた。
おそらく背後でも同じことが起こっているだろう。
「これまでか…!」
覚悟した俺は振り返り、ミスズを抱き上げて強行突破しようと。
…しようとした。
しかし、俺たちの回りに透明なドームができていた。
そこに貼り付くように、チョーダが空中で腹を見せて止まっている。
「…おっちゃん、なんなんこれ?」
「ミスズさんじゃないのか? じゃあ…」
そのとき俺は気がついた。
俺とミスズしかいなかったはずの空間に、どこから現れたのか、簡素な白い服を纏った少女がいることに。
少女はミスズと同じくらいの背格好だが、髪は金色のショートカットで、黒のロングヘアであるミスズと好対照である。
『間に合って良かった…』
少女はふわりと髪を靡かせながら振り返り、青い目を細めて笑んだ。
「お、お前はあのときの…!」
そうだ。あっちの世界で気を失う瞬間に現れたあの少女だ。
「どないなってんのや? これ…」
未だ状況を掴めていないミスズが、俺の胸でうろたえ声を上げる。
「ミスズさん、あの子だ。あの子が助けに来てくれたぞ!」
「えっ? どこ? どこにおるんや?」
周囲をキョロキョロ見回すミスズ。
目の前の金髪少女が見えていないかのようだ。
「なんだって?」
慌てて少女を見やると、彼女は悲しそうな顔でかぶりを振った。
ミスズには見えていない?
ミスズには見えないということなのか? なぜ?
疑問は尽きないが、考えている暇はない。
「お前は回生術が使えるのか?」
問いかけると、金髪の少女は頭を縦に振った。
「失われた身体の部位を再生できるのか?」
金髪の少女は、再び頭を縦に振った。
「よし、頼むぞ!」金髪の少女に言ったあと、胸に抱いたミスズに問う。「…ミスズさん、赤い石を貰うぞ!」
「わ、ちょ、うひゃっ…」
くすぐったがるミスズに構わず、腰に下げた石袋を探り、掴めるだけの石を掴み出した。無作為だから緑や青の石も混じっているが、選り分けている暇はない。
「おらぁ!」
石を握り込んだ拳を突き上げると、俺の拳はバリア的なものを難なく通り抜けた。
魔法で張ったと思しきこの壁は、風バイクと同様に、内側からは通り抜けられる構造のようだ。
俺の腕に、増殖したチョーダが襲い掛かってきた。とんでもない数のチョーダが、一斉に俺の腕に噛み付く。
「おっちゃんアカン! 毒があるかも知れんのに!」
「大丈夫だミスズさん、耳を塞いで目を閉じろ!」
バァン!
轟音。
目を閉じていてさえ眩しい閃光と、洞窟を揺るがす振動。
そして激痛。
「ぐあぁ…!」
バリアから出た俺の腕は、握り込んだ石ごと吹き飛んだ。
チョーダに毒があろうがなかろうが、噛まれた部分ごと吹き飛べば、何の問題もない。
「お、おっちゃんごめん! ウチがあかんたれなばっかりに…」
俺の腕を見たミスズが、涙声で叫ぶように言った。
「だ、大丈夫だ、すぐ治る」
ミスズに告げると、俺は傷を見ないように残った腕で彼女を掻き抱いた。
そして肘から先がほぼ失われた腕を、金髪少女の眼前に突きつけた。
「…頼む…」
少女は頷くと、すぐに両の掌から発した青い光で、俺の腕を治療し始めた。
まず、痛みはすぐに消えた。
少女は両掌を筒の形にして俺の腕を包み込むと、失われた指先に向かってゆっくりスライドさせた。すると俺の腕は、3Dプリンターの早送りのように、秒速一センチ程度の速さで再生していった。
「…おぉ…」
一分も掛からず、俺の腕は完全に再生された。
多少の違和感はあるが、傷ひとつない新品の腕だ。
ただ、服は再生されないので、片側だけ七分袖の省エネスーツのような、おかしな見た目になってしまったが。
「…ありがとう」
礼を言うと、金髪の少女は照れたように笑った。
「ほらミスズさん、治ったぞ、ぐっぱぐっぱ」
顔を上げたミスズの目前に腕を突き出して、にぎにぎして見せた。
「…ホンマや…」
俺の腕を掴むと、ミスズはとうとう声を上げて泣き始めた。
「おっちゃん、良かった、良かったぁあ…」
「ほら、キミの傷も治さなくてはな」
ミスズが抱いていた石の袋から、青い石を取り出してミスズに渡す。
「もぉ、おっちゃんがアホなことするさかい、痛いの忘れてたぁ~」
ミスズは泣きじゃくりながら、青い石で脚を治した。
俺は彼女の涙を、再生したばかりの指先で拭ってやった。
そのミスズ越しに、金髪少女がこちらを見ていた。
「…どういうことか、教えてくれ」
神の存在など信じていないが、ふざけんなよと思う。だが、実際に神のいるこの世界においてこのようなことが起き得るのは、試練か悪意のどちらかであろう。
落ちた剣先は、キレイに刃筋を立ててチョーダに刺さり、ミスズの手首ほどしかない胴体は、いとも簡単に両断されてしまった。
「ちょ! おぉい!」
「アカンてアカンて!」
叫んだミスズは、反対側の壁に駆け寄って頭を抱えた。
「……んん?」
「…なんも起こらんやん?」
「あの本が間違っていたのか、これがチョーダじゃなかったのか?」
ふたつに分かれた蛇の死体は、ぴくりとも動かない。
そうなると気が大きくなるのがミスズの悪い癖である。
「エーリカが売ってるような本やし、しょうもな!」
「エーリカ憎けりゃ本まで憎いって? コラコラ、それ…」
俺が口から出した言葉を途中で止めたのは、そのとき視界の隅で、チョーダの恐ろしさの片鱗を見たからだ。これはもう、不確定名は返上してもいいだろう。
こいつは、間違いなくチョーダだ。
胴体に刻まれたふたつの断面が、ふたつの口に変化した。
要するに、死んだと思っていたチョーダが、ふたつの顔を持って再び動き出したのだ。
「これはもしかして…! ミ…!」
やばいぞと注意する暇もなく、ミスズは赤い石をばら撒いた。
バ・バ・バ・バ・バン!
適当に撒いたはずの赤い石は、俺たちの前後で幾つかの爆発を産み、正確にチョーダを巻き込んだ。
だが、その正確さが仇となった。幾つかの肉片に分かれたチョーダは、それぞれに頭と尾を得て動き出した。高校のときにやったプラナリアの切断実験に似ているが、あれより遥かに再生速度が早い。
「ミスズさん、気をつけろ! こいつ、切れたら切れただけ増えるやばいヤツだ!」
「そんなん見たらわかるわ! けど…!」
気をつけてどうすればいいのか! そう言いたいのだろう。
プラナリアなら、ある程度小さな肉片にするか、すり潰せば再生できなくなる。
“バケモノ”と呼ばれてはいるが、生物である以上、チョーダもそうではないのか?
「ふんっ!」
鎌首を上げて襲い掛かってきたチョーダの首に、予備の片手剣を振り下ろす。
首は足元に転がり、身体の方の断面からは、再び首が生えた。
「くそ、キリがないな…」
「おっちゃん! どうしよう?」
「ミスズさんは爆発の巻き添えにならないよう、気をつけて赤い石を使ってくれ!」
前後からチョーダに襲われているので、既に前衛と後衛の区別はなくなっている。つまり、前進も後退もできなくなっているのだ。
「むっ…?」
先ほど足元に叩き落したチョーダの首から、首が生えていた。
「やはりな」
それを確認した俺は、その首を素早く踏み潰した。
やはりプラナリアと同じように、首に近いところで切ると首が生えてしまい、二進も三進も行かなくなるようだ。
“蛇”でいられない程度に細切れにすれば、倒すことはできるようだが、それが難しい。魔法か魔法石でミンチにするのが最良だが、爆発に巻き込まれるのが怖い。
その躊躇が隙を生んだ。
「きゃあっ!」
ミスズらしくない叫びを背後に聞いた。
「どうしたミススさん!」
「…アカン、踏んでもうた…ウナボリ…」
背後からミスズの苦痛に満ちた声が聞こえてくる。
なんという迂闊。イキタスが危険すぎて、それ以降ウナボリをすっかり忘れていた。
「くそっ…!」
俺が悔やんだと同時に、俺の前面に展開していたチョーダが、示し合わせたように一斉に襲い掛かってきた。
おそらく背後でも同じことが起こっているだろう。
「これまでか…!」
覚悟した俺は振り返り、ミスズを抱き上げて強行突破しようと。
…しようとした。
しかし、俺たちの回りに透明なドームができていた。
そこに貼り付くように、チョーダが空中で腹を見せて止まっている。
「…おっちゃん、なんなんこれ?」
「ミスズさんじゃないのか? じゃあ…」
そのとき俺は気がついた。
俺とミスズしかいなかったはずの空間に、どこから現れたのか、簡素な白い服を纏った少女がいることに。
少女はミスズと同じくらいの背格好だが、髪は金色のショートカットで、黒のロングヘアであるミスズと好対照である。
『間に合って良かった…』
少女はふわりと髪を靡かせながら振り返り、青い目を細めて笑んだ。
「お、お前はあのときの…!」
そうだ。あっちの世界で気を失う瞬間に現れたあの少女だ。
「どないなってんのや? これ…」
未だ状況を掴めていないミスズが、俺の胸でうろたえ声を上げる。
「ミスズさん、あの子だ。あの子が助けに来てくれたぞ!」
「えっ? どこ? どこにおるんや?」
周囲をキョロキョロ見回すミスズ。
目の前の金髪少女が見えていないかのようだ。
「なんだって?」
慌てて少女を見やると、彼女は悲しそうな顔でかぶりを振った。
ミスズには見えていない?
ミスズには見えないということなのか? なぜ?
疑問は尽きないが、考えている暇はない。
「お前は回生術が使えるのか?」
問いかけると、金髪の少女は頭を縦に振った。
「失われた身体の部位を再生できるのか?」
金髪の少女は、再び頭を縦に振った。
「よし、頼むぞ!」金髪の少女に言ったあと、胸に抱いたミスズに問う。「…ミスズさん、赤い石を貰うぞ!」
「わ、ちょ、うひゃっ…」
くすぐったがるミスズに構わず、腰に下げた石袋を探り、掴めるだけの石を掴み出した。無作為だから緑や青の石も混じっているが、選り分けている暇はない。
「おらぁ!」
石を握り込んだ拳を突き上げると、俺の拳はバリア的なものを難なく通り抜けた。
魔法で張ったと思しきこの壁は、風バイクと同様に、内側からは通り抜けられる構造のようだ。
俺の腕に、増殖したチョーダが襲い掛かってきた。とんでもない数のチョーダが、一斉に俺の腕に噛み付く。
「おっちゃんアカン! 毒があるかも知れんのに!」
「大丈夫だミスズさん、耳を塞いで目を閉じろ!」
バァン!
轟音。
目を閉じていてさえ眩しい閃光と、洞窟を揺るがす振動。
そして激痛。
「ぐあぁ…!」
バリアから出た俺の腕は、握り込んだ石ごと吹き飛んだ。
チョーダに毒があろうがなかろうが、噛まれた部分ごと吹き飛べば、何の問題もない。
「お、おっちゃんごめん! ウチがあかんたれなばっかりに…」
俺の腕を見たミスズが、涙声で叫ぶように言った。
「だ、大丈夫だ、すぐ治る」
ミスズに告げると、俺は傷を見ないように残った腕で彼女を掻き抱いた。
そして肘から先がほぼ失われた腕を、金髪少女の眼前に突きつけた。
「…頼む…」
少女は頷くと、すぐに両の掌から発した青い光で、俺の腕を治療し始めた。
まず、痛みはすぐに消えた。
少女は両掌を筒の形にして俺の腕を包み込むと、失われた指先に向かってゆっくりスライドさせた。すると俺の腕は、3Dプリンターの早送りのように、秒速一センチ程度の速さで再生していった。
「…おぉ…」
一分も掛からず、俺の腕は完全に再生された。
多少の違和感はあるが、傷ひとつない新品の腕だ。
ただ、服は再生されないので、片側だけ七分袖の省エネスーツのような、おかしな見た目になってしまったが。
「…ありがとう」
礼を言うと、金髪の少女は照れたように笑った。
「ほらミスズさん、治ったぞ、ぐっぱぐっぱ」
顔を上げたミスズの目前に腕を突き出して、にぎにぎして見せた。
「…ホンマや…」
俺の腕を掴むと、ミスズはとうとう声を上げて泣き始めた。
「おっちゃん、良かった、良かったぁあ…」
「ほら、キミの傷も治さなくてはな」
ミスズが抱いていた石の袋から、青い石を取り出してミスズに渡す。
「もぉ、おっちゃんがアホなことするさかい、痛いの忘れてたぁ~」
ミスズは泣きじゃくりながら、青い石で脚を治した。
俺は彼女の涙を、再生したばかりの指先で拭ってやった。
そのミスズ越しに、金髪少女がこちらを見ていた。
「…どういうことか、教えてくれ」
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