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第五十一話 火炎系の魔術は、防護法術では防げない
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『私は、やる気を保たせるためにやっているような気がします』
「やる気? なんの?」
『なんと申しますか、“魔女を倒してやる”という、思いみたいな…』
「ふむむ…?」
「その意見聞いたら、ますます分からんくなったわ。学級会でもおったなぁ、お前はもう黙っとれみたいなコト言うヤツ」
『全く出ないというわけではなく、時々思い出したように出てきます。そのため、常に気を張って、最高の状態を保たないといけません』
「あぁ、そういう…」
俺の考えとほぼ同じだが、微妙に違う気がする。
つまり、魔女の目的が、“俺たちを疲れさせようとしているから”なのか、“最高の状態で対峙しようとしているから”なのか。
「んはは、アリアはん若っかいなぁ。真っ白な灰にとか、完全燃焼しようみたいな話か? そんなんマンガやん!」
「…マンガとは?」
俺が考え込み、ミスズが腹を抱え、アリアが耳慣れぬ言葉に気を取られた刹那、それは起こった。
ゴオアッ!
『破魔魂聖!』
俺たちの周囲からいくつもの火柱が上がるのと、アリアの破魔魂聖が展開されるのが、ほぼ同時だった。
「なんや! バケモンか?」
『いえ、魔力反応はありますが、気配はありません!』
周囲には古ぼけた武器や何かの骨が転がっているだけで、バケモノの姿は見えない。恐らく、俺たちが通りかかったら発動するように仕掛けられた罠だ。
ミスズの罠探知に引っかからなかったのは、それが一見罠とは思えないようなものだったからなのか、とても小さいものだったからなのか。
「…まさか」
罠に見えないほど小さく纏まって、発動条件を設定できる魔法の道具。
それではまるで、ミスズの魔法石ではないか。
じっとしていても仕方がないので前進したが、そこら辺り火の海で、どこまで行けば消えるのか分からない。おまけに炎のために見通しが悪く、回廊がどう続いているのかすら分からない。
「ミスズさん、どっちに行ったら火から逃げられる?」
「流石にウチの地図にも火は映らんわ」
それもそうか。今までゆるゆる攻撃だったのに、いきなり殺しにかかってきた感じだ。これはちょっとヤバいかも知れない。
「アリアはん、破魔魂聖が切れかかってるんちゃう?」
ミスズが外套の頸元をパタパタさせながら言った。
「確かに暑いな。破魔魂聖は…効いているみたいだが?」
半透明のドームの向こうで炎が揺らいで、顔に熱を感じる。
『困りました、アンチンヅメですね』
「なんだそれは?」
『火炎系の魔術は、防護法術では防げないのです。直撃は防げても、熱は純粋な熱ですから。防護法術を張った相手を火炎系で炙ることを、アンチンヅメと称します。要するに…』
「要するに?」
『危機的状況です』
「やばいでおっちゃん。周りがまっかっかで、地図が分からん!」
敵はこのまま火炎攻撃を継続するだろうから、防護法術が解けてしまえば一瞬で焼け死んでしまうだろう。確かに危機的状態だ。
前後左右と上は炎となれば、考えうる逃げ場はひとつしかない。
「アリア、右腕に強化と硬化の法術を頼む!」
『はい! 強力殺! 豪金剛!』
見た目にはたいした変化はないが、俺自身は右腕が硬く強くなっていることを感じた。
「うおおりゃあ!」
石のブロックが整然と並んだ床を、俺は思い切り殴った。
ドゴン!
石が砕け、ブロックがずれる。
ずれたブロックを掴み出すと、小さな穴ができた。
「ミスズさん、ここに爆裂石を。そしたらアリアは下に防護法術を張ってくれ」
「そうか、何するつもりか分かったで、おっちゃん!」
『分かりました!』
「眼と耳を閉じろ!」
バガーン!
俺とミスズの足元から広がる爆発。
爆発は防護法術によって完全に防げるため、周囲の熱源を吹き飛ばせればよし、あわよくば下に爆圧が向かえば、床を打ち抜いて、階下に逃げられるかも知れない。
そう考えてのことだったが、思い通りに爆圧は階下に抜けた。
「うわ! 落ちる!」
だが誤算があった。階下の天井は非常に高く、内部は薄暗いため、床までどれくらいあるのか分からない。蠱龍の蘇生は間に合わないだろうし、アリアの防護法術でも、ミスズの風バイクでも、高所からの落下ダメージは完全には防げまい。
『広い部屋ってこういうことか…!』
重症程度なら治せるし、ミスズが死んでも死にたてなら蘇生できる。だが、俺が死んだら同時にアリアも死ぬ。それは俺たちの旅の終わりを意味する。
こんなところで変則ツーマンセルの欠点が露呈した。
だとしても!
「死んでいられるかよ!」
俺の叫びに呼応したのか、腰に挿した予備の剣の柄が光り出した。予備の剣とは、ラウヌアの街で買って、ずっと使っていた剣である。
「えっ…!」
見ると、光っているのは柄ではなく、柄にはまったアプリであった。
アプリから出た光は、空中に三つの円を描いた。
その間も俺たちは、底知れない深淵に向けて落ち続けていた。このまま着地したら、確実に無事では済まない。
「なんだか分からんが、俺たちを助けろ!」
依然として殆ど何も見えないが、身体のそばを通り抜けていく空気の速さから、落下速度が緩やかになったことが分かった。
それと同時に、三つ出ていた円形の光がひとつになっている。
「…なんや分からんけど、文字みたいなんが書いたぁるな?」
ふわふわと泳いで、光のそばに来るミスズ。
「アリア! これはなんだ?」
『光の中心に文字のようなものが出ていますが、かなり古いもののようです。申し訳ありませんが、私には読めません』
論理的に考えれば、光が三つ出ているところに、俺は“助けろ”と言った。三つの中に偶然、落下速度を緩める効果のものがあり、それを選んだことになった。光は選んだひとつになり、効果が発生した。
…ということなのか?
となれば、ミスズのように魔力を石にできる魔法使いが他にもいると考えるより、あそこに転がっていた武器の柄にも、アプリが仕掛けられていたと考えたほうが現実的だろう。
どうやら魔女は、アプリの使い方を知っているようだな。
「アプリとは、やはり何かのアプリだったのか…」
「なに言うてんの? アプリはアプリに決まってるやん?」
「いや、そうではなくて…」
そこまで言ったとき、俺たちは階下に落着した。
ふわふわと泳ぐような姿勢で浮いていたせいで、ゆっくりであるものの、脚の裏以外の場所で着地したため、多少のダメージはある。
「あたたたたた。なんや、ここえらい天井高いなぁ」
天井の穴を見上げて文句を言うミスズ。
はるか上空にさっきの炎が見える。何メートル落ちたかは分からないが、赤い石と防護法術とアプリのお陰で軟着陸できた。中途半端に低かったら、成す術もなく落下死していただろう。
「んはは、おっちゃんのてんごが役立ったやん。んで、アプリって…」
「話は後だミスズさん! ここが目的地だ!」
ここは地中にできた空間であり、太陽光はまったく射さないが、壁面や床のそこここに篝火が置かれているため、地中ではあるが互いの顔はよく見える。
『破魔魂聖!』
ビシャアア!
アリアによって半透明の防護法術が展開された直後、鞭のような雷撃が叩きつけられた。恐らくここが迷宮の最下層で、先ほどの攻撃は魔女の先制攻撃であろう。
「…ヒューッ。助かったぜ、アリア」
『どういたしまして』
「また雪隠詰めになる可能性があるから、長引くと面倒だな」
「よっしゃ。いっちょ、でかいのぶち込んだるわ!」
ぺろりと唇をなめるミスズ。口を閉じると動きが止まった。
「お、魔法屋に行ったな…」
ちらとミスズを見やって、魔女との間に立つと、意を汲んだアリアが俺の前に防御法術を展開させた。俺は俺で、青い石を使って蠱龍を蘇生させる。動き出した蠱龍は、事態を察知しているのか、すぐに飛び立った。
「やる気? なんの?」
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「ふむむ…?」
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「…マンガとは?」
俺が考え込み、ミスズが腹を抱え、アリアが耳慣れぬ言葉に気を取られた刹那、それは起こった。
ゴオアッ!
『破魔魂聖!』
俺たちの周囲からいくつもの火柱が上がるのと、アリアの破魔魂聖が展開されるのが、ほぼ同時だった。
「なんや! バケモンか?」
『いえ、魔力反応はありますが、気配はありません!』
周囲には古ぼけた武器や何かの骨が転がっているだけで、バケモノの姿は見えない。恐らく、俺たちが通りかかったら発動するように仕掛けられた罠だ。
ミスズの罠探知に引っかからなかったのは、それが一見罠とは思えないようなものだったからなのか、とても小さいものだったからなのか。
「…まさか」
罠に見えないほど小さく纏まって、発動条件を設定できる魔法の道具。
それではまるで、ミスズの魔法石ではないか。
じっとしていても仕方がないので前進したが、そこら辺り火の海で、どこまで行けば消えるのか分からない。おまけに炎のために見通しが悪く、回廊がどう続いているのかすら分からない。
「ミスズさん、どっちに行ったら火から逃げられる?」
「流石にウチの地図にも火は映らんわ」
それもそうか。今までゆるゆる攻撃だったのに、いきなり殺しにかかってきた感じだ。これはちょっとヤバいかも知れない。
「アリアはん、破魔魂聖が切れかかってるんちゃう?」
ミスズが外套の頸元をパタパタさせながら言った。
「確かに暑いな。破魔魂聖は…効いているみたいだが?」
半透明のドームの向こうで炎が揺らいで、顔に熱を感じる。
『困りました、アンチンヅメですね』
「なんだそれは?」
『火炎系の魔術は、防護法術では防げないのです。直撃は防げても、熱は純粋な熱ですから。防護法術を張った相手を火炎系で炙ることを、アンチンヅメと称します。要するに…』
「要するに?」
『危機的状況です』
「やばいでおっちゃん。周りがまっかっかで、地図が分からん!」
敵はこのまま火炎攻撃を継続するだろうから、防護法術が解けてしまえば一瞬で焼け死んでしまうだろう。確かに危機的状態だ。
前後左右と上は炎となれば、考えうる逃げ場はひとつしかない。
「アリア、右腕に強化と硬化の法術を頼む!」
『はい! 強力殺! 豪金剛!』
見た目にはたいした変化はないが、俺自身は右腕が硬く強くなっていることを感じた。
「うおおりゃあ!」
石のブロックが整然と並んだ床を、俺は思い切り殴った。
ドゴン!
石が砕け、ブロックがずれる。
ずれたブロックを掴み出すと、小さな穴ができた。
「ミスズさん、ここに爆裂石を。そしたらアリアは下に防護法術を張ってくれ」
「そうか、何するつもりか分かったで、おっちゃん!」
『分かりました!』
「眼と耳を閉じろ!」
バガーン!
俺とミスズの足元から広がる爆発。
爆発は防護法術によって完全に防げるため、周囲の熱源を吹き飛ばせればよし、あわよくば下に爆圧が向かえば、床を打ち抜いて、階下に逃げられるかも知れない。
そう考えてのことだったが、思い通りに爆圧は階下に抜けた。
「うわ! 落ちる!」
だが誤算があった。階下の天井は非常に高く、内部は薄暗いため、床までどれくらいあるのか分からない。蠱龍の蘇生は間に合わないだろうし、アリアの防護法術でも、ミスズの風バイクでも、高所からの落下ダメージは完全には防げまい。
『広い部屋ってこういうことか…!』
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こんなところで変則ツーマンセルの欠点が露呈した。
だとしても!
「死んでいられるかよ!」
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「えっ…!」
見ると、光っているのは柄ではなく、柄にはまったアプリであった。
アプリから出た光は、空中に三つの円を描いた。
その間も俺たちは、底知れない深淵に向けて落ち続けていた。このまま着地したら、確実に無事では済まない。
「なんだか分からんが、俺たちを助けろ!」
依然として殆ど何も見えないが、身体のそばを通り抜けていく空気の速さから、落下速度が緩やかになったことが分かった。
それと同時に、三つ出ていた円形の光がひとつになっている。
「…なんや分からんけど、文字みたいなんが書いたぁるな?」
ふわふわと泳いで、光のそばに来るミスズ。
「アリア! これはなんだ?」
『光の中心に文字のようなものが出ていますが、かなり古いもののようです。申し訳ありませんが、私には読めません』
論理的に考えれば、光が三つ出ているところに、俺は“助けろ”と言った。三つの中に偶然、落下速度を緩める効果のものがあり、それを選んだことになった。光は選んだひとつになり、効果が発生した。
…ということなのか?
となれば、ミスズのように魔力を石にできる魔法使いが他にもいると考えるより、あそこに転がっていた武器の柄にも、アプリが仕掛けられていたと考えたほうが現実的だろう。
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「アプリとは、やはり何かのアプリだったのか…」
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「いや、そうではなくて…」
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「あたたたたた。なんや、ここえらい天井高いなぁ」
天井の穴を見上げて文句を言うミスズ。
はるか上空にさっきの炎が見える。何メートル落ちたかは分からないが、赤い石と防護法術とアプリのお陰で軟着陸できた。中途半端に低かったら、成す術もなく落下死していただろう。
「んはは、おっちゃんのてんごが役立ったやん。んで、アプリって…」
「話は後だミスズさん! ここが目的地だ!」
ここは地中にできた空間であり、太陽光はまったく射さないが、壁面や床のそこここに篝火が置かれているため、地中ではあるが互いの顔はよく見える。
『破魔魂聖!』
ビシャアア!
アリアによって半透明の防護法術が展開された直後、鞭のような雷撃が叩きつけられた。恐らくここが迷宮の最下層で、先ほどの攻撃は魔女の先制攻撃であろう。
「…ヒューッ。助かったぜ、アリア」
『どういたしまして』
「また雪隠詰めになる可能性があるから、長引くと面倒だな」
「よっしゃ。いっちょ、でかいのぶち込んだるわ!」
ぺろりと唇をなめるミスズ。口を閉じると動きが止まった。
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