萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部

戸ケ苫 嵐

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第五十五話 なんだよ、遺言みたいなこと言うなよ

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 肩に刺さったままだった日暈剣を引き抜き、ミスズを包む破魔魂聖を切り裂いて中に転がり込む。
『破魔魂聖!』

ダアアアァァァン!

 アリアが破魔魂聖を張りなおしたと同時に、魔女の雷撃が打った。タイミングが良すぎる感もあるが、俺の気のせいだろうか。
 ミスズはまだ魔法屋に行ったままで、今までより格段に時間がかかっている。

 その間俺もサボっていたわけじゃなく、日暈剣を振りながらカタパルト用の雷魔石をばら撒いていた。後はミスズの魔法にタイミングを合わせて、自分の足に風魔石を叩き込むだけである。

 だが、その肝心のミスズが戻らない。行ってから一分も経っていないだろうに、その十倍にも感じる。
「ミスズさん、早く戻ってきてくれ…」 

「おまっとさーん! 特大のヤツ、買うて来たで!」
 長い買い物から帰ってきたミスズが、カッと音がしそうな勢いで眼を見開き、右手を突き上げて叫んだ。

 俺も、今まで振っていた日暈剣から、重くて硬い剣に持ち替えた。
 日暈剣は短くて振りやすいし、動死体に特効なので都合がいいが、魔女に直接攻撃をかけるなら、重くて硬い剣のほうがいい。

 顔をしかめながらミスズは、右手で里芋部を持っていた杖を、左手に移し、逆に持った。
 つまり、里芋部を左手に握り込み、菜箸部を前腕に沿わせる形になっている。空いた右手には、持てるだけの雷魔石を掴んでいた。

「エエ加減に、大人しゅうせぇや!」
 叫びと共に両方の腕を一直線に伸ばすと、左手の杖から出た光が、ローブの肩から背中にかけて配されていた装飾を通って、右手へと至る。

 ピリピリという張り詰めた音と共に、外套全体が輝き始めた。
「あれが奥の手…。自分の身体を杖にするのか…!」
『あの外套も、褒賞級の品なのでしょうか?』

 ミスズが外套に穴が空くのを恐れていた理由が分かった。あれは外套というよりも“着る杖”で、ただの装飾と思われていた金糸は、魔法力強化の回路だったのだ。
「…よっしゃあ、行くでおっちゃん!」

「ミスズさん! あの、魔女の前に転がっているアレクスの鎧を撃て!」
「あの白いヤツやな! なんか分からんけど、分かったで!」
「いいぞ! アリア、攻撃力と防御上昇頼む!」

『分かりました! 強力殺! 豪金剛!』
 足元から硬質化の輝きが巻き起こると同時に、俺は自らの足に風魔石を叩き込んだ。後はミスズが”ぶっ飛ばす”のを待つだけだ。

 剣の柄を強く握り締めると、宝石が振動して刀身が涼やかな音を立てた。
「ウチが回向したるさかい、大人しゅう往生せぇや!」
 ミスズが発動したのは炎魔法のはずだった。

 なのに、あまりの高温のため、光が赤くない。
 白に近い黄色の光が背中を通り、右手に握られた雷魔石を過ぎると、白を超えた水色の光線となった。

『極大の炎魔法を、雷魔石で鋭く尖らせた、ということなのですか?』
「よく分からんが、そういうことだろうな!」

 色々試したと言っていたが、これが成果ってことか。彼女自身、原理は分かっていないと思われるが、色々試してみた結果なのだろう。
「流石だな、篤と見させて貰ったぜ! 行くぞォ!」

チュオン!

 暗闇を切り裂いた青白いビームは、正確にアレクスの鎧を狙い撃った。
 当初、魔法抵抗力の高いアレクスの鎧に当たったビームは、岩に裂かれる激流のように拡散し、周囲の動死体を蒸発させた。

 しかし次第に鎧は魔法抵抗力を失い、それと同時にビームは拡散の角度が狭くなり、収束していった。おかげで鎧より魔女側の半球形の空間は、余すところなくビームの掃射を浴び、その範囲の動死体はきれいに消滅した。

 魔女に最も近いところを固めた動死体は、彼女を討伐に向かった、名のある戦士たちのものである。彼らは総じて魔法抵抗力の高い鎧を身に着けていたが、抵抗力をはるかに超える魔力の奔流が、鎧を溶かし、溶けた金属の飛沫が、魔女の側面を守っていた動死体の塊をも吹き飛ばした。

 おまけに、超高温の炎ビームは、射線から遠く離れていた蠱龍を一気に乾燥させ、可哀想な蠱龍は、見る間に色を失って転がった。

 ミスズの奥の手は、すべての動死体を焼き焦がし、魔女を孤立させた。今や防御法術を使えない魔女を護るものは何もない。
 その玉座に向けて、雷魔石によって加速された俺が突き込む。

「がっ…?」

 自身に何が起こったか、分からぬうちであっただろう。
 小柄な魔女の胴体に、俺の形の穴が空いた。

 魔女の身体は弾けて散った。
 同時に、大神官から預かった重くて硬い剣も砕け、柄から外れた白と黒の宝石も床の上に転がった。

「んはは、やったで……んぐふ…」
 俺が魔女を貫いたのを確認して、ミスズはぱたりと倒れた。
『やりました! やりましたよミスズ様!』

「…うっさいなー、大声出さんでも聞こえるて。あんたはんの声は耳塞いでも聞こえるんやからな…」

『あっ…!』
「うっ…!」
 叫んだのは俺とアリアであった。

 だしぬけに、光の塊が脳にぶつかって弾けたような感覚。眼球内に光が発生したかのように、眼を閉じても眩しさから逃れられない。
 これを感じているのは俺なのか? それともアリアなのか?

 光の中から現れた、魔女とも違う、見知らぬ女の顔と声。
『…そうか、おまえは、…そういうことか。ありがたい。ふははははは…! これはすばらしい。すばらし…』

 女の声とともに光が消え、周囲の風景が戻ってきた。
「…なんだ? 今のは、アリアでは…ないよな?」
『私にも聞こえました。違います。私ではありません』

「そうだ! ミスズさん!」
 仰臥するミスズの元に急いで駆け寄り、傍らに両手を衝いた。 
「…おっちゃん、どないしてん?」

 ミスズの眼からは光が失われている。もう何も見えていないようだ。
「ああ、なんか色々あったが、大丈夫だ。問題ない」
「んはは、ちょっと本気になりすぎてもたけど、よかったわ…」

 ミスズの状態は勝者とは思えぬものだった。
 外套から出た部分の火傷が酷い。恐らく内部も同様だろう。特に雷魔石を握っていた右手は、手首から先が完全に炭化していた。

 しかし法術のエキスパートであるアリアになら治せるはずだ。
「ミスズさん、しっかりしろ! 今…」
『使ってます! 使っているのに! どうして…?』

「…そうか、あかんか」
 そう言ってミスズは、ゆっくりと瞬きをした。
「ウチ、帰ってまうんか。なんか残念な気もするわ…」

『ああああ、なぜ…なぜ…!』
「アリアはん、回復はいらんで。今な、ごっつエエ感じなんや」
「どうしたんだ? ミスズさん?」

「なんか、分かるで。来たときと同じや。帰ってまう気がするわ」
 確かに、ミスズの身体からは、金色の光がこぼれている。

「…アホやなぁウチ。死んでこっち来たんやもん。こっちで死んだら帰れるんが道理やわなぁ。…んはは」

「ミスズさん、しっ…!」
 俺は“死ぬな”と言いかけてグッと堪えた。死ねば帰れるというのなら、それでいいのだろう。別れは辛いが、彼女にとってはそのほうがいいのだ。

「…けど、おっちゃんに会えてよかったわ。ウチが生きてきたん、おっちゃんに会うためやってんな。…それだけでも良かったわ。おおきになぁ…」
 そう言ってミスズは手を。多分俺に触れるために手を上げた。

 だがその手は薄っすらと透き通っていて、俺の手は何の抵抗もなく通り抜けて掴めなかった。その空間には、体温すら感じられなかった。

「ミスズさん、キミは俺に何度も礼を言ったが、礼を言うのは俺のほうなんだぞ?」
 そうだ。俺はこの世界に来た最初の夜から今日までずっと、ミスズの温もりを感じて、その温もりに助けられていたんだ。

「キミが居なかったら、ここまで来られなかったし、魔女も倒せなかった。勇者は俺なんかじゃない。ミスズさん、キミなんだよ…」
「んはは、照れるやん」

 照れ笑いをしていたミスズは、何かを思い出したように真顔になった。
「あ…言うとかんとあかんこと…」
「なんだよ、遺言みたいなこと言うなよ」

「…ごめん。ウチなぁ、おっちゃんに言うてなかったこと、あるんや」
 出掛けに口篭っていた、夫婦の隠し事というやつか。
「なんだ? 許す! 謝らなくていいから言え!」

「…んはは、おっちゃん気ぃ早いなぁ」
 笑顔で言った後、ミスズは真顔になって後を続けた。
「…あんなぁ、ホンマはミスズって、苗字やねん。なんか、言いそびれてもて…」

 ヒュッと音をさせて息を吸ったミスズは、眼を見開いて虚空を見つめた。穏やかな息を吐きながら、最後の言葉をつむいだ。
「ええ、今、こんなんなってんの? …たっかいビル…」

「…ミスズさん…?」
 ミスズの口に耳を寄せる。
「…おっちゃんも、はよ帰…」

 言葉が途切れた。
 持ち物すべてを残して、ミスズは光の粒となった。
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